出世観音
船越麻央
観音様お願いします
良く晴れた休日。ウオーキングに出かける。途中に立ち寄る場所がある。急な坂道を上ると見えてくる。それは住宅街にひっそりとたたずんでいる。
道路に面した、目立たない小さな山門をくぐり細い参道を進む。隣りはマンションの建設現場と住宅。すぐに手入れの行き届いた庭と小さくて古いが立派な観音堂が見えてくる。
『出世観音』
知る人ぞ知る、由緒正しき聖域である。少々わかりずらいが、区内屈指の高級住宅地域にそれはある。たしかに独特の雰囲気を持っていると思う。昭和二十年五月の空襲を奇跡的に生き延びた観音堂だ。
いつも通りにお堂の前で手を合わせる。普段は御簾がおろされている観音像。奈良吉野にある金峰山寺の観世音菩薩を模したものだそうだ。
お堂の前には屋根付きのベンチがあり休憩が出来る。
拝み終わってベンチに腰を下ろすとさわやかな風が吹いてくる。
静かだ。本当に静かである。
聞こえるのは鳥のさえずりだけ。
都会の喧騒が噓のようだ。
私は観音様に何を祈ったか。
・立身出世の成就
・病の治癒
・商売繫盛
・良縁成就
・開運成就
何と欲張りな。
もう一度胸に手をあててよく考えてみる。
今更、何が立身出世だ! (それならばなぜ来た⁉)。
ビョーキじゃないです! 私は! (ウソつけ!)。
商売繫盛……これはお願いします(自営業ではないだろ?)。
何を今更、良縁など……(フーン、そうなの?)。
開運成就……これもお願いします(具体的に言え!)。
人間の欲望にはキリがない。
あれもこれもと虫が良すぎる。
観音様には、お門違いだ、いい加減にしろと𠮟られそう。
私は本当に何を望んでいるのか。
認められたい、称賛されたい。
承認欲求、上昇志向。
ポジティブ思考を持ちたい。
それで自然とこの場所に足が向くのか。
ところで。前に読んだ事がある。
・連合艦隊司令長官。
・オーケストラの指揮者。
・プロ野球の監督。
男と生まれたからには一度はやってみたいと思うこと。
大勢のプロフェッショナルを指一本で動かせる。
しかしさすがにどれもかなわぬ夢だろう。
もっとささやかな夢でよい。
努力すれば何とかなる夢。
少し手を伸ばせば届く。
観音様が渋々叶えてくれる。
その程度の望みなら罰は当たらないだろう。
そんなことを考えながらしばらくベンチに座っていた。
今日も誰も来ない。
やはり地元民しか来ないのか。
気のせいかここにいると雑念が消えていく。
さて、そろそろウオーキングの続きに行かなければ。
現実に戻ろう。
私はひとつ伸びをして立ち上がった。
観音様、今日はこれで失礼いたします。
また寄らせて頂きます。
今後ともよろしくお願いいたします。
『出世観音』
ぜひ一度訪ねてみてください。
了
出世観音 船越麻央 @funakoshimao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます