後日談 麗と静乃(1)
URARA:
【翻訳アプリを敬語に設定したのは失敗だったな】
一ノ瀬静乃/えっちゃん:
【そうなんですか?】
URARA:
【だって敬語で喋るキャラだと思われうちゃう】
一ノ瀬静乃/えっちゃん:
【あー】
URARA:
【静乃はもうわかってるからいいけど】
URARA:
【暁人とかに話しかけたらびっくりしない?】
一ノ瀬静乃/えっちゃん:
【そんなことないと思いますけど】
一ノ瀬静乃/えっちゃん:
【だからグループでもスタンプでしか会話しないんですか!?】
URARA:
(「ウム……」と頷くクマのスタンプ)
URARA:
【文章での会話と普段の会話、キャラが違う気がする】
一ノ瀬静乃/えっちゃん:
【そんなことないと思いますけど】
一ノ瀬静乃/えっちゃん:
【どっちもクールでかっこいいですよ】
一ノ瀬静乃/えっちゃん:
【あ】
一ノ瀬静乃/えっちゃん:
【ごめんなさい】
URARA:
【ううん】
URARA:
【でも私は嫌なんだ】
URARA:
【可愛くなりたいな】
URARA:
【静乃みたいに】
そんなLINEのやり取りがあってから、少しあと。
麗は本町の自宅を離れ、石川町のあたりまで来ていた。函館は今年の最高気温を更新している。照りつける日差しに白い肌を灼かれないよう麗は黒い日傘を差し、いつも愛用しているクマのバッグを背負ってアスファルトの上を歩いていた。今日の服はゴス調のブラウスにフレアスカート。髪はアップにまとめている。ただ、ちょっと気合を入れた厚底のハイヒールシューズは失敗だったようだ。歩きにくいったらありゃしない。
ようやく目当ての建物――蔦屋書店を見つけ、足を踏み入れると、冷房の効いた心地よい空気に思わずため息が漏れた。
ぽこん、という通知音。麗がスマホを見ると、静乃から「こっちです!」というメッセージが来ていた。どっちだよ。
周囲をきょろきょろ見回すと、スタバのガラス越しに手を振っている静乃が見えた。麗も口元を緩め、店の中へと入る。
「
「わー。藤崎さんの私服、いいなー」
そう言ってにこにこと笑っている静乃もなかなかおしゃれだ。控えめなVネックのカットソーに、デニムのストレートパンツ。相変わらず髪はモサっとしていてボリュームがあるものの、あまり野暮ったい感じはしない。以前免許証で見た時と同じ黒縁の眼鏡をかけていたが、表情の明るさもあって全然違った印象を受ける。
体格が大柄なので、シンプルな装いでも地味な感じはまったくしない。年齢相応の落ち着きみたいなものも感じさせて、まぁ、やっぱり大人なんだなと思う。
「遠かったでしょ。暑くなかったですか?」
「
そう言いながら、静乃の対面の席にちょこんと腰掛ける。
身長180センチ超えの静乃と、140センチ程度の麗が対面に座ると、いやがおうにも注目を集める。麗はちょっぴり居心地の悪さを感じた。
こうして休みの日に直接会うのは初めてだが、麗と静乃は割と頻繁にやり取りをしていた。
理由はいくつかあるが、まぁ、一番大きいのは密かにボイトレのレッスンをお願いしていることか。おかげで、いろんなしゃべり方を聞かせることになったから、本音を晒すことにほとんど抵抗がなくなっていった。
二番目の理由は静乃自身だ。静乃が彼女だからというわけではない。ただただ単純に、麗にとっての理想を体現しているのが静乃なのだ。
藤崎麗は、可愛いものと雄大なものに憧れている。どちらも自分には欠けているものだ。
幼い頃から笑うのが下手で、いわゆる可愛げのない子供であった。癖の強い喋り方は表情もあいまってやや威圧的であり、自分の意図が伝わらないとすぐに不貞腐れる狭量な態度は雄大さとも程遠い。ゴスロリ衣装も翻訳アプリも、周りを遠ざけるための攻撃的な防衛手段だ。麗はそこも含めて自分の性格が、あまり好きではなかった。
可愛さと雄大さを兼ね備えた存在に、麗はこれまで2度出会ったことがある。
ひとつは、家族で釧路湿原へ旅行に行った時に見つけた野良のエゾヒグマ。
そしてもうひとつが一ノ瀬静乃だ。
これを本人に伝えた時、反応はあまり芳しくはなかった。褒めたのに。
「藤崎さん、どうしました?」
「ん。ごめん」
またしかめっ顔をしていたようだ。麗は両手を自分の頬にあて、表情筋をほぐすようにこねくり回した。
「そんな表情してると、可愛い顔が台無しですからねー」
どうにも、静乃と話しているとこのあたりに意見の相違を感じる。
「
「え、可愛いですよ」
「
その言葉を聞いて、静乃は笑顔のまま数秒硬直する。この間、麗は苦手だ。
だが、静乃は少ししてから特に聞き返すことなく、こう返してきた。
「それ言ったら私だって可愛くないですよ」
「
「藤崎さん」
静乃は麗の言葉を途中で遮り、悠然とした態度で言った。すべてを見通したかのような大人の余裕が漂っていた。
「私の言葉の意味、教えてあげますよ。舐めちゃいけません。私だって『可愛い』を追求してきた女ですからね」
そう言って、彼女が取り出したもの。
それは車のキーだった。
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