後日談 ロコと莉央(3)

 なんだかイヤな空気になってしまった。やっちゃったな、とロコは思う。


 こんな空気のまま、プリクラ撮りに行こうなんて言い出せない。いや、莉央なら言うのかな。だが、莉央がそんなことを言ってきたとして、自分は笑顔で応じられるだろうか。なにかの拍子で爆発してしまわないだろうか。

 三島スカイウォークでのことみたいになったら、もうおしまいだ。多分、あそこにいたのが暁人以外の誰であったとしても、今みたいな関係は維持できない気がする。


「アタシもさ、ねーんだよな。金」


 不意に莉央が、そんなことを言った。


「うん……。うん?」


 頷いてから、ロコは首を傾げた。振り返ると、莉央は頭の後ろで手を組んで天井を見上げていた。


「いや……そんなはずないだろ。おまえは、“ライオネル紳士”なんだから」


 神絵師ライオネル紳士の名前は、ロコも知っている。

 白羽エルナのファンアートをはじめ、とんでもない量のイラストを延々SNSにあげ続けているのだ。同じイラストレーターの相互フォロワーも多く、中にはVtuberのママをやっている者や商業漫画家もいる。


「稼ぐ方法なんかいくらでもあるんじゃないのか」

「なんか絵師サーバーでも言われたな。SKIMAとかやったらって。でも、人に言われて描きたくねーんだよなー」

「いやいや、だったらアドプトでもなんでもいいだろ。SKIMAでもBOOTHでも好きな方で、ていうかおまえならファンボックスに絵をあげるだけだって金になるよ」

「やり方わかんねぇんだよ。調べたんだけど面倒臭くって」


 まぁ、確かに一応銀行口座とかの登録があるから面倒なのは面倒……なのか? 未成年が登録できるものかどうかもわかんないしな。


 いや、ダメだ。調べたらSKIMAは18歳未満禁止、BOOTHやファンボックスはそもそもPixivが18歳未満禁止だった。知らなかった。普通に登録してたぞ。


「うーん……。親のアカウントでやってみるとか……? 親とは仲良いのか?」

「普通なんじゃね? 言ったらまぁやってくれる気がする」


 ロコは手順を調べながら、とりあえずやり方をわかりやすく書き出していく。親が娘の描いた絵を代わりに販売し、小遣いにして渡している、とかならまぁ言い訳も立つ範囲だろう。ただきっと税金とかは大変なことになるんだろうな。だってライオネル紳士だし。


「確かに面倒くさいな……。でも、全然やろうとは思わなかったの?」

「だって別に金稼ぎてーわけじゃねぇし……」


 まぁ、こういう奴だもんな。興味のないことには見向きもしない。時折異常な集中力を見せるが、どうでもいいものは心底どうでもいいというか、意識を傾けることすら面倒くさがるのだ。


 そこでふと、ロコは思った。


 じゃあ、本当に興味がないやつが相手だったら、莉央はどう振る舞うのだろう。


 少なくとも、「じゃあ解散するか」とは、聞かないのではないか。たぶん何も言わずにいなくなる。少なくともロコは、この極端な面倒くさがり屋が「会話をする」というコストをかけるに値すると、認めてもらっていることになるのではないか?


「……ふふっ」


 思わず笑みが漏れた。


「あん? なんだよ」

「いや、めんどくせー奴だなって」

「おまえが言うか?」


 莉央は不機嫌そうに眉をしかめて、思いっきりどついてきた。それが面白くて、ロコはまた笑ってしまった。





 それから数日後。


 莉央からLive2Dモデルが送られてきた。どう見ても「下手くそなエルナ」の域を出なかったロコの自作モデルとは違い、独自の解釈が加えられてエルナとは差別化が図られている。自分が思っていたほど複雑な気持ちにはならず、素直な喜びの方が勝っていたのは我ながら驚いた。ただ、目の下のクマとやや卑屈気味な口元、それからやたらと大きな胸は気に入らなかった。


『いや直さねえけど』


 電話口の向こうで、莉央があっけらかんと言った。いやまぁ、そう言うと思ったけどさ!


「というか、ボク送ってくれなんて言ってないぞ。だいたいなんでわかるんだよボクのモデル! おまえには一回も話してないんだが!?」

『浅倉からマグカップに描いてるやつがそうだって聞いたぞ。あれはだいたい覚えてたから。あとはちょっと適当にアレンジした』

「ば、バケモノ……」


 正直な感想が口をついて出るが、本題はそこではない。いやいや、とかぶりを振る。


「もらってばかりは嫌だって言っただろ! なんでこういうことするんだよ」

『うるせーなー。アタシがそうしたいんだから良いじゃねぇか。いらないなら処分しろよ』

「そそそそそそんなもったいないことできるかぁ!」

『めんどくせー奴……』


 ややうんざり気味の莉央のつぶやき。


『じゃあアレだ。おまえが教えてくれたやり方で、アタシ稼がせてもらうからよ。その礼ってことにしとけよ』

「あんなの、ボクじゃなくたって教えられるよ」


 たぶん、静乃か麗ならもっとスムーズに説明できたはずだ。それだけじゃない。莉央にはディスコードサーバーで繋がっている大量の神絵師がいる。彼女がちょっとその気になって質問すれば、アドバイスには事欠かないだろう。ロコのサポートは、莉央が受けられるあらゆるサポートの下位互換でしかない。対価をもらうようなことではない。


『でも教えてくれたのはおまえだろ』

「う、うう〜……」

『それに18歳未満はSKIMAもBOOTHも登録できねーんじゃねーの? おまえどうやって依頼するつもりだよ』


 おっしゃる通りであった。結局あのあと、家に帰ってから色々調べたのだが、どうしてもロコにはLive2Dの新規モデルを誰かに依頼する方法はないのだということがわかった。そう悩んでいたところに送りつけられた莉央のモデル。あの神絵師ライオネル紳士がママになってくれる。渡りに船であった。


「……ありがとな、マリオ」


 憮然とした表情が、声に滲んでしまった。もっと素直に感謝を伝えたかった。


『おまえ、そのマリオってなんだよ』

「アスマリオだからマリオだよ」

『変なの』

「変なおまえにぴったりだよ」


 電話口の向こうから、快活な笑い声が響いてきた。聞いているこっちが釣られてしまうほど、鬱陶しくて、気持ちのいい笑い声だった。


『じゃあな。使ったら感想聞かせてくれ』

「ああ……。えっ!? あ、ちょ、ちょっと待て! いまなんて言った!?」


 電話はあっさり切れて、当然、問いただしても返事は返ってこない。

 そして、わざわざかけなおして質問するなんて根性のある真似は、ロコにはできない。


 結果、ロコは今聞こえた莉央の自分を呼ぶ声が本物だったのか、あるいは幻聴だったのか、スマホを握りながらしばらく考え込むことになった。


 スマホの裏面には今日貼ったばかりのプリクラの中、引き攣った笑みのロコと満面の笑顔の莉央が、肩を組んで写っていた。

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