後日談 ロコと莉央(2)

「おまえ、こういう楽しみ方はしないんじゃなかったのか?」


 そう呟くロコと莉央の間には、ふわっふわのシフォンケーキが置かれている。中央にはソフトクリームがとぐろを巻き、チョコレートソースが親のカタキのようにかけられまくったカロリーモンスターだ。正直、美味しそうだとは思う。思うが、ロコは今までこれを注文したことはなかった。量が多すぎるのだ、2人で楽しむ用であり、陰キャに向けては作られていない。


 このシフォンソフトは、莉央が注文したものだった。運ばれてきたものをスマホで撮影までしている。まるで、普通の女子高生のようだ。


「んー。まぁ、確かに今までしたことはねぇな」

「じゃあなんだって今になって」

「したいと思ったからじゃね? おい、こっち寄れよ」


 半ば強引に莉央はロコの身体を引っ張り、シフォンソフトを中央に2人で記念撮影する。


 まるで、普通の女子高生のようだ。


「おまえ……絵を描けよ絵を。キャラブレしてるぞ」

「何言ってんだ。さすがに溶けるだろ」


 莉央はフォークでシフォンソフトを突つきながら言う。


 その場に居合わせたわけではないが、暁人から聞いた話によると、莉央が鎌倉で急に元気になったのは絵を描くことを勧められたかららしい。それまで修学旅行の楽しみ方がわからず、かといって他の連中と同じような楽しみ方が自分にできるとは思えない。そんな状態の莉央に「好きなことをすればいい」と言ったのが暁人だったのだ。


 それを聞いた時、ロコの心の中ではぐらぐらとドス黒い嫉妬の炎が燃え上がった。

 暁人に対してか? 莉央に対してか? たぶん、どっちもだ。だが、今はその話は良い。


 不可解なのは、そんな莉央が今は普通の女子高生みたいな楽しみ方をしていることだ。彼女は撮影した写真をラインの共有グループに投げ、すると他の班員からスタンプによるリアクションがつく。暁人が涙を流して悔しがるクマのスタンプ、静乃が「全力で楽しめ!!」と指を突きつけるエルナのスタンプ、麗は指を加えてジト目を送るクマのスタンプだった。


 莉央はシフォンソフトを食べながらスマホをテーブルに置き、ノートを広げてスケッチを始める。


「(描くことは描くんだな……)」


 ロコはそんな様子をじっと眺めていた。莉央は、目の前にロコがいることなど忘れたかのようにスケッチを続けている。さっきまで女子高生らしいことをしていたと思ったら、急にただの飛鳥馬莉央に戻ってしまった。多分、この振り幅も含めて、彼女が自由であるという象徴なのだろう。


「……おい、口にチョコソースついてるぞ」

「………」

「まったく……」


 ロコが身を乗り出し紙ナプキンで拭いてやると、莉央は一瞬だけちらっと視線をこちらに向けた。


「ん、悪ぃな」


 それからまた、スケッチに戻ってしまった。


 人間というより、頭のいい野生動物を相手にしているような気分だ。金の毛並みが美しい孤高のオオカミ。ただ、気まぐれなところは少し猫っぽいかなとも思う。

 動物に例えるなら、暁人は愛想のいい芝犬といったところか、静乃は優しい大型犬って感じがする。麗は……クマだ。それもヒグマだ。なんか、石狩川で素手でシャケを獲っている姿が思い浮かぶ。


「……ふふっ」


 自分の想像に思わず笑ってしまうと、莉央は怪訝そうな顔をした。


「気味の悪い奴だなぁ」

「おまえが絵の世界に入ってるから、くだらない想像して遊ぶしかないんだろーが!!」


 そこで、ロコははたと気づいた。いつの間にか、莉央の目の前の皿には何も載っていない。


「あれ、シフォンソフトは?」

「ん? もう食ったぞ」


 莉央は、カラになった皿をフォークで突きながら言う。


「2人で分けるんじゃないのか!?」

「ンなこと言ってねぇだろ。アタシが全部食う」

「じゃあ言えよ! ボクが何も注文してないの見てただろ!」

「ああ、変な奴だなって思った」

「じゃあ言えよぉ!!」


 ロコは莉央の胸ぐらを掴んでがくがくと揺らす。


 とりあえずロコもシフォンソフトを頼んだ。1人ではキツい量だったが、莉央には食わせたくなかったので根性で完食した。




 その後、カラオケに行ってなんだかんだ楽しんだ。莉央は歌うのが下手くそで、そこはロコの方がちょっぴり上手かったので、多少自尊心を回復できた。まぁ、莉央は自分が下手なことなど気にせず気持ちよさそうに歌っていたが。

 次はラウンドワンだ、と思ったのだが、調べてみると自転車で30分くらいかかる距離だ。ロコは徒歩で来ていたし、そもそも自転車に乗るのに適した格好ではない。ボウリングに行くことも考えたが他レーンを席巻している陽キャたちを見てクラクラしてしまったので、尻尾を巻いて戻ってきてしまった。


 2人は今、ショッピングモールをぶらついている。莉央は大きく伸びをし、ロコの後ろをついてきていた。


「そういや、どうなったんだろうな。アレ」


 適当に入った小物屋でポーチなどを物色しながら、ロコが言う。


「どれだ?」

「いや、夏休み入ったら、またみんなで伊豆行こうって言ってたじゃんか」

「あー。そんな話もあったな」


 麗が言い出したことだ。羽田でレンタカーを借りて、御殿場でさわやかハンバーグを食べ、一泊してから翌日に伊豆を回る。修学旅行で行けなかったコースの完全再現をする。

 夢みたいな話だと思った。絶対に行こうねとロコも言った気がする。が、夢みたいな話は夢みたいな話だ。帰ってきたら覚めてしまった。


「ボク、そんなお金ないんだよな」


 夏休みのオンシーズン。ホテルの値段もぐんぐん上がる。というか、今から予約って取れるもんか?


「藤崎のことだから、自分で金出す気なんじゃねぇの?」

「………」


 ないとは言えない。というか、一瞬思わなかったわけではない。だが、それは、嫌だ。

 ロコは莉央のその言葉は無視して、手に持っている商品を指した。


「今はこんなポーチだって買えないぞ。貯めなきゃいけないし」

「へー。なんかあんのか?」

「んー……。まぁおまえには言いたくないんだけど……立ち絵直したいんだよな……」


 ロコは一応個人Vtuberをやっている。ぜんぜん数字は伸びないが、静乃からいくつか改善のアドバイスはもらっていた。期末試験も終わって、いよいよ実践に移す時だ。

 ただ、それはそれとして、立ち絵はちゃんとしたい。ロコが今使っているガワは、自分でがんばって描いたものだ。決してクオリティは高くない。というか、むしろ低い。


 なので、プロのイラストレーターに本格的なLive2Dモデルの依頼をしようと思っていたのだ。


 だが、こんなことを言うと、


「アタシがやってやろうか? タダでいいぜ」


 こんなことを言われるような気がしたのだ。ロコはため息をついて、ポーチを棚に戻す。


「なんかボク、もらってばっかりじゃんか」

「そうか? ……まぁそうか」


 こういうとき、莉央は否定しない。今はまぁまぁありがたかった。


「なんかそういうの嫌なんだよな。もらってばかりは不安になるよ」

「へー」


 興味も関心もない莉央の声。まぁ、彼女はそうだろうな。


 だから、一緒にいるとしんどいのだ。不安になる。


 莉央にとって、自分はどういった位置付けの人間なのだろうか。いてもいなくても同じ存在なのではないか。だから、あれほどあっさり「解散するか」と言える。莉央だけじゃない。暁人や静乃にも、自分以外の交友関係があって、麗もまぁ、家族とは仲が良さそうで。

 自分だけだ。こんなにあまりもの班に依存してしまうのは。それを一番明確に突きつけてくるのは莉央だった。


「……いや、ごめん。反応に困ること言って」

「まぁ気にすんな。アタシも気にしねぇから」


 それはどういう意味? 聞こうと思ったが、とても怖くて口に出せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る