最終話 この中にひとり、推しがいる
海老名サービスエリアで遅めのランチを楽しんだのち、あまりもの班を乗せたタクシーはおおよそ予定通りに伊豆へと到着した。
伊豆に入る直前、タクシーの中に貼ってあったカルロスの携帯番号に連絡をとり、彼を回収。運転を代わってもらい、何食わぬ顔で修善寺のホテルへと戻ることができた。ハッピーエンドである。
「浅倉ぁ、堂ヶ島に来なかったけどどうしたんだ? 先生寂しかったぞ……?」
と、山岡教諭に言われたが、全力でスルーした。
その後、笑顔でドローンを縁にプレゼントしたのだが、彼女はめっちゃビビっていた。よく考えたら当たり前である。結局、このドローンは静乃の友達が譲ってくれたものであることを丁寧に伝え、ようやく受け取ってもらうことができた。なんだかんだ言って、今晩のレクリエーションで飛ばせないのが心残りだったのだろう。
ただ、使ったあとはちゃんと静乃の友達に返すように言われてしまった。
「結局、あのドローンはお年玉貯金を崩して買ったものだったんだそうですよ」
「委員長、たまに思い切ったことするな……」
暁人は、ホテルのロビーで静乃の報告を受けた。
それが壊れてしまったのはやはり心苦しい気もするが、受け取らないと言った以上、彼女がドローンをつっかえしてくるのは変わらないだろう。
「橘さん、えるーなじゃなかったのかぁ……。天使みたいな子だったのになぁ……」
「まぁ、まだ確定はしてませんけどね!」
「何言ってんだ一ノ瀬……」
ロコが天井を見上げてぼやき、それに対して静乃が見苦しいことを言い、莉央が突っ込む。ここに来て今更それはないだろうに。
この場にいるのは、暁人と静乃、莉央とロコだけだ。麗はレク係としてこの後のレクリエーションの準備をしている。他の班のメンバーも、レク係を除いたほとんどが集まってきており、ロビーは割と騒がしかった。
夜のレクリエーションはホテルの中庭に集まってみんなでビンゴ大会という、割とぬるーい企画だ。麗は「エンターテイメントが足りない」と憤慨していたが、決まったことにはレク係として一生懸命向き合っており、一応、司会に任命されている。ただ、聞いたところによると数字をランダムで読み上げるプログラムを組んで、本人は楽をする気満々だった。
「いやぁ、藤崎さんは立派だねぇ。レク係の仕事を完璧にこなして」
「本当にな。最初に決まった時はだいぶ不安だったが。それよりおまえは保健係としての仕事したか?」
「看病するよりされることが圧倒的に多かったですねぇ」
暁人と静乃に指摘されると、ロコは顔をしかめ、莉央を指さした。
「なんでボクだけ色々言われるんだよ! 生活係のこいつはどうした!?」
「よくわかんねーけど、アタシはちゃんと生活してたぜ」
「他の人がしてないみたいな言い方すんな! お前よりよっぽど文明的な生活してるんだが!?」
ロコがギャーギャー騒ぎ立て、莉央がそれを涼しい顔で受け流している。この旅行でもう何度も見た光景だった。
「あ、私は今日、乗り物係の仕事を果たしましたよ」
「え、あれってそういうこと?」
このあとのビンゴ大会よりもぬるーい会話を続けていると、ようやく、中庭の方からレク係の声が聞こえる。自由行動のあとでヘロヘロになった高校生に、列を整理する余力が残っているはずもなく、生徒たちは段取り悪くダラダラと中庭に集まっていった。
あまりもの班もその流れに乗り、ダラダラ移動をはじめる。そんな中、静乃は小声でこそっと暁人に耳打ちした。
「浅倉くんも、班長のお仕事お疲れ様です」
「まだ明日もあるけどね……。でもまぁ、なんか確かに、一仕事終えた気分ではあるよ」
それはなぜか。原因は目の前に座っているのだが、追求するほど野暮ではない。
『これよりビンゴ大会を始めます。豪華景品が欲しいかー』
スピーカーから抑揚のない合成音声が響き、生徒たちからは「おー」というのろのろとした声があがる。なんでレク係は麗に司会を任せてしまったのか。
『豪華景品は、1位が食堂の無料券1ヶ月分、2位が、斉藤先生がこの修善寺で打った蕎麦……』
「い、いらねぇ……」
莉央が呟いた通り、商品ラインナップはなんとも盛り上がりに欠けるものばかりだ。高校生が修学旅行のついでに行うビンゴ大会なのだから、仕方ないと言えば仕方がない。
「そうか? ボクはどっちもまぁまぁ欲しいぞ」
もちろん、楽しみにしているやつもいるにはいるが。
暁人としても、斎藤教諭(2組担任、グルメ好き)の手打ち蕎麦にはちょっと興味があったが。
ビンゴカードがそこそこ段取り悪く配られ、ビンゴ大会が始まる。数字がランダムに読み上げられる中、暁人のカードにはまったく掠りもしなかった。
「あっ、リーチだ! リーチ、リーチです!」
カードを掲げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねるロコ。
『リーチの方、おめでとうございます。前の方まで出てきてください』
「えっ、ま、前まで行くのか……?」
振り返り、心細そうな視線を送るロコ。暁人は、真ん中以外なんにも空いていないカードを見せて、肩をすくめた。静乃もどうやらほとんど同じようで、穴が2つ空いているだけだ。
「加納、アタシもリーチだ。行こうぜ」
「げぇっ!」
景品には興味がなさそうだが、満面の笑みを浮かべながら莉央がビンゴカードを掲げている。
「くっ、くそっ! 放せぇ! なんでおまえと行かなきゃいけないんだぁー!」
莉央にで腕を掴まれ引きずられながら、ロコは人混みの向こうへと消えていく。
「当たんないねぇ」
「当たりませんねぇ」
のんびりと会話をかわしながら、時間が過ぎていく。ちらほらビンゴもで始める中、暁人のカードにはほとんど開かない。
さすがにちょっと飽きがきて、下がって壁に背中を預けると、静乃も一緒についてきた。
そういえば、と、暁人は自分のポーチに手を伸ばす。
「そうだ、ノセさん」
「なんですか?」
暁人が取り出したのは、丁寧にハンカチで包んだジップロック。中身は1ヶ月前、すべての始まりとなった日に拾った、0番のアクリルキーホルダーだ。
「これ、えるーなの事務所に送っておいてよ」
「え、私がですか?」
「だって最初から、ノセさんに返してもらう予定だったでしょ」
「まぁ、確かに……そうですね」
そう言いながらも、静乃はハンカチをほどき、ジップロックを開け、中のキーホルダーを取り出した。空に掲げ、ようやく宝物を取り戻したとでも言うような微笑みを、なんの変哲もない安っぽいキーホルダーへ向けている。
「そんなに良さそうなもの?」
「そうなんじゃないですか? なにしろ、白羽エルナの宝物らしいですから」
その言葉を聞けただけで、暁人は返せてよかったと思う。少なくとも、返そう返そうと思っていた自分の考えが、間違いではなかったらしい。
「それに、このアクリルキーホルダーのおかげで、最高の修学旅行になりました」
「それはまぁ……そうかも」
あの日、暁人がこれを拾わなかったら。
少なくとも、彼らの修学旅行は今のような形にはなっていなかっただろう。
静乃はいつまでもキーホルダーを見つめていて、暁人も当分、その光景を飽きずに眺めていた。そんな折、静乃が不意に「あっ」と声をあげる。
「浅倉くん、あれ……!」
「ん?」
静乃に肩を叩かれ、同じように空を見上げる。そこには、高い静音性を発揮しながら浮かんでいるドローンの姿があった。
生徒たちはほとんどがビンゴに夢中で、ドローンの姿には気づいていない。
『さて、ビンゴも10位までが出揃いました。ここで……』
麗の合成音声が、冷静に進行を続ける中、「ひゅるるるるるるる」という音が聞こえてきた。直後、空で何かが弾けて、昼間のような明るさが空を彩る。
プライベート花火だ。レク係もなかなかやる。
一発目を目撃できたのは、暁人と静乃だけだったかもしれない。花火に気づいた生徒たちはいっせいに顔をあげて、花火と、ドローンの姿を視認する。
同時に、それまでビンゴの数字が並んでいた正面のモニターがぱっと切り替わって、間抜け面で空を見上げる五稜館高校の生徒150名近くの写真が表示された。
「えー、なにこれ!」
「やだー、撮り直して!」
そんな悲鳴があがったり、
「うおー、すげー!」
「学年全員の集合写真じゃん!」
なんて、素直に喜んでいる連中もいる。
少なくとも、思い出に残る一枚を撮ろうと目論んだ縁の計画は、うまくいったようだ。
「いやー、良い一枚ですねぇ」
「ほんとにねぇ」
静乃と暁人は、表示された写真を眺めて、呑気に言い合った。
「この中にひとり、浅倉くんの推しがいるわけですか」
「みたいだね。ま、誰でも良いさ。彼女が修学旅行を楽しんだなら」
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