第37話 えっちゃんとくーちゃん

 それから2時間かけて、暁人たちは東京へと向かった。


 なんだかんだみんな起こったことを受け入れていて、最終的に達した結論は「静乃が静乃である」という当たり前のことだ。彼女がどんな秘密を抱えていようと、それはそれだった。

 莉央が「一ノ瀬はアタシが描いたファンアートのどれが好きなんだ?」というギリギリセーフかややアウト気味の質問をぶつけ、静乃が「最近だとスト6のやつですね」と答えたことを皮切りに、車内は白羽エルナの配信の話で盛り上がりはじめた。ロコが個人零細Vとしての悩みを語り、麗はボイストレーニングの相談をし、静乃はそれに流暢に答えていた。でも誰も、そこから先へは踏み込まない。


 暁人も、莉央も、ロコも、麗も、そして静乃も。

 みんな白羽エルナのことが好きだったのだ。





「いやいやいやいやいや、えっちゃんまずいって!」


 用賀パーキングエリアに到着し、タクシーから降りてきた水着の集団を見て、”くーちゃん”はそう言った。手には、ピッカピカのドローンの箱を持っている。確かに、かれこれ2時間半以上この格好で車内にいたのでだいぶ感覚が麻痺してしまったが、そういえばだいぶ良くない格好なのだった。ロコは羞恥心を取り戻し、いそいそと車内に戻っていく。


「水着で伊豆からここまで来たの!?」

「うん」

「未成年4人引き連れて?」

「うん」

「変態じゃん……!」


 驚愕している“くーちゃん”は、パンクロッカーのようなファッションをした女性だった。リベットの入ったエナメルジャケットに、口ピアス。黙っていればそれなりに圧のある美人といった風貌だ。だが、今は目の前にそれ以上にパンチの効いた女性=静乃がいるので、ちょっと霞んでしまっている。


「……どう思う?」


 暁人は腕組みをしながら、莉央と麗に尋ねた。


「イメージ通りだな」

あんたごどおもっでらじゃあんな感じだと思ってた


 ”くーちゃん”はだいぶ納得感のある見た目だということで、見解が一致した。


「ドローン、確保です!!」


 静乃が箱に入ったドローンを両手で掲げると、暁人たちは惜しみない拍手を送る。


「結構時間に余裕ありますね。お昼どうします?」

「ロコに聞こう。ロコー?」

「着替えるのが先だろ!? こんな格好じゃどこにも行けないんだが!?」


 タクシーの中から、至極真っ当な叫びが聞こえてくる。


 用賀パーキングエリアはだいぶこじんまりとした場所で人もいなかったため、ここのトイレでさっさと着替えることになった。水着姿で修善寺のホテルに帰ってしまえば、それこそ変態集団の誹りは免れない。カルロスもだいぶ気まずい思いをすることになるだろう。


 とはいえ、暁人は海パンを脱いでパンツを履いてジャージを着るだけだ。さっさと着替え終わって外に出ると、休憩スペースのところで”くーちゃん”がコーヒーを飲んでいた。


「君が浅倉くん?」

「ヒェッ」


 変な声が出た。自分の名前を呼ばないで欲しい。

 静乃は静乃として認識できるが、くーちゃんは“彼女”としてしか認識できない。そんな彼女に名前を呼ばれるのは、だいぶ認知がバグり散らかす危険があった。


「えっちゃんから聞いてんだ。君のこと」

「エッ、アッ、ソッスカ……」

「高校通ってるなんて聞いた時はびっくりしたなー。マジでJKじゃんって思って」

「………」


 そうか。この2人が出会ったのは、静乃が高校に再入学した後のことだ。古い付き合いに見えて、実際は半年くらいしか経っていない。


「えっちゃんどうだった? 修学旅行楽しんでる?」

「……まぁ、それは、間違いなく」

「そうかー。よかったー」


 屈託なく笑うくーちゃん。最推しではないが、暁人も“彼女”のことは好きだ。なのでドキドキした。


「ほら、えっちゃん自分のこと色々秘密にしてるでしょ。だから、なかなか他の子と距離縮めるの怖がっててさ。もともと青春のリベンジするために再入学したのに、それじゃあ本末転倒じゃんね」


 いや、本当にそれはおっしゃる通りだと思う。


「でも、楽しめてるならよかったよ」


 だいぶ、妙な修学旅行にはなってしまったが。それも含めて、静乃は楽しんでいた。そこは胸を張って言えることだろう。


 白羽エルナは、「学校のイベントを全力で楽しまないと損」だと言っていた。その言葉がどういう意味で発せられたものなのか、暁人にはわからない。だが、確かに彼女は最初から楽しむつもりでいた。不器用だが、楽しむための努力を惜しまなかった。まぁ、車内で言った通り、ちょっとだけ失敗してしまったようだが。


「まぁ、学校のイベントはまだまだあります。俺はノセさんと違うクラスですけど……」


 暁人は、休憩所の外を走る高速道路を眺めながら、言った。


「もう友達なので、楽しんで欲しいなとは思ってます」

「頼もしいねぇ……」


 腕を組み、うんうんと頷くくーちゃん。


「そうだ、夏フェスのチケット送ってあげようか。関係者席の」

「それは! 全力で! お断りします!!!」


 関係者になるつもりは断じてないし、なりたくもない!


 暁人は単なる白羽エルナのオタクであり、そして一ノ瀬静乃の友達なのだ!





「で、昼飯どうすんだよ」


 全員でタクシーにあらためて乗り込んだところで、莉央が言った。暁人は後ろの席を振り返る。


「どうしようかなぁ。ロコ先生、ご希望はありますかね」

「さわやかハンバーグ! 御殿場の!」

「無理です。時間ありません。あそこめっちゃ混みます」


 静乃が無慈悲に言い放ち、ロコががっくりと肩を落とした。


「海老名のサービスエリアにしません? 規模が日本一ですし、テレビに出たメロンパンとか、崎陽軒のシュウマイ弁当とか……下り方面だと博多とんこつラーメンのお店とかあったかな? とにかくいろいろありますよ」

「いいね! そこにしよう!」


 顔をぱっと明るくし、頷くロコ。


「さすが、一人旅の常連は知識が違うな」

「人の傷を抉る子は降ろしちゃいますよー」


 莉央が意地の悪いことを言い、静乃が笑顔でやり返す。


『さわやかハンバーグも、今度みんなで食べましょうね』

「もちろん。運転手は任せてください」


 かつては高速バスの運転手だったという静乃は、澱みない動きでタクシーを発進させる。あまりもの班は一路伊豆へ向け、そして道中の海老名サービスエリアに向けて、東名高速を下りはじめた。


 本当なら今頃は、堂ヶ島マリンクルーズで天窓洞を見ているはずの時間だ。狭苦しい車内で一同はモノトーン・フェザーのオリジナル曲『シロクロ・アフタースクール』を熱唱しながら、従来のプランでは多分楽しめなかったであろう、ゴキゲンな時間を過ごしていた。


 海老名のサービスエリアを含め、修善寺に到着するまでの3時間半のドライブは、これまでの3日間で一番楽しい時間になった。

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