エピローグ<1>
翌日。
五陵館高校2年生155名の生徒と8人の教職員が函館空港に到着したのは、午後7時過ぎのことであった。初日から一貫して元気を失わなかった山岡教諭の元気な挨拶ののち、現地解散となる。もちろん家に帰るまでが修学旅行なので、一切気は抜けなかったが。
「うぐッ……! ひぐ……うえっ……!!」
各生徒たちが、仲のいいクラスメイト――すなわち班員たちと共に帰路につく中、あまりもの班はそうもいかない事情があった。
顔面をぐちゃぐちゃにしてしゃくりあげる、加納浩子のせいだった。
「ごれで終わりなんで嫌だああああああ……!」
さっきから汚い泣き声をあげて、同じ言葉を繰り返している。
「あのなぁロコ、確かにあまりもの班は解散になるかもしれないけど……」
「いやだあああああああ」
「だから聞けよ!」
最初はロコのわがままを微笑ましく見守っていた莉央と麗も、さすがにげんなりしてきた様子で「早く終わんないかなぁ」とばかりにスマホを見ていた。
「そうですよ、ロコさん。私たちが友達じゃなくなるわけじゃないんですから」
静乃も中腰になって、ロコと視線を合わせて彼女をあやしている。
「トモ……ダチ……」
初めて都会に降りてきた心優しいバケモノみたいなイントネーションで、ロコがつぶやく。
「また、一緒に遊んでくれる……?」
「ああ。だからここでのバイバイは我慢できるな?」
「うん……我慢する……」
真っ赤に腫らした目元をぬぐい、ロコはようやく頷いた。
「ところでノセさん、何がとは言わないけど……そろそろ急いだ方がいいんじゃないか。何がとは言わないけど……」
暁人の言葉を受けて、静乃がスマホを見る。さっと彼女の顔が青くなった。
「ほ、本当だ! お先に失礼しますっ!!」
きびすを返し、だっと走っていく静乃。また目元から涙が溢れてきたロコが、人外の言葉を発しながら手を振っていた。
おそらく、この1時間半後に始まる白羽エルナの配信は、そうとう慌ただしいものになるだろう。
「なぁ浅倉……ひとつ聞いておきてぇんだが」
去っていく静乃の大きな背中を見送りながら、莉央が言った。どうやら、もう班長ではないらしい。
「ん?」
「浅倉は知ってたのか? 一ノ瀬がアラサーだって」
「え? ああ……いたぁっ!?」
頷こうとしたところで、思いっきり殴られた。
「なんで言わなかったんだよ!? 一番怪しいじゃねぇか!!」
「え? いや、でも……えるーなは女子高生だから17歳くらいで……」
「いや、たまに実年齢疑われてたよ。実際女子高生なのは正しかったんだけどさ……」
ぐすぐすと涙を拭いながら、ロコが言った。
「というか……18歳未満のVtuberを事務所が抱えるのリスキーだしな……。そもそも個人勢としてはじめたの、いつだっけ?」
「5年前……」
「気づけよ! ボクらが中1の時じゃん!
「アタシは悪くねぇだろ! おまえか藤崎が怪しいって言われたらそうなのかもなって……っていうかマリオってなんだよオイ!」
『ちなみに私は割と静乃を疑っていました』
「「「そうなの!?!?」」」
麗の得意げな顔。彼女のスマホには、2日目のポタリーペインティングの時の写真が表示されている。
『私は事情を聞かされたのが最後だったので、「羽友かも」と疑っていただけですが。静乃は私と同じ図柄をマグカップに描いていましたので』
「えっ、餃子を?」
『……何言ってるんですか。あれはエルナのファンマークですよ』
そう言って、麗が突き出したスマホをよく見ると、確かに彼女のマグカップには白い翼をあしらった模様が描かれている。その奥で、必死にペイントしている静乃のマグカップにも――やはり、白い羽が描かれている。だが、言われれば羽だと気づくが、言われなければ餃子にしか見えなかった。
「………」
3人の痛い視線が突き刺さる。
白羽エルナの活動開始時期、ここにいる4人はみんな中学に上がりたてのクソガキだった。
そういえばそうだ。だって暁人が初めて見たエルナの配信――彼女にとっての初配信は、仲の良かった小学校時代の友人たちと学区が離れて不貞腐れていた時期に見たはずだ。あの時彼女は中学1年生だと名乗っていて、暁人はバカ正直にそれを信じたのである。
そして、ポタリーペインティングの時、班員はみんなエルナのイラストかエルナのファンマーク、あるいはエルナのパクリVtuberのイラストを描いていた。その中で、羽友でないと暁人が確認していたのは静乃だけである。
振り返ってみれば、他にも怪しいところはたくさんあった。
つまり、自分がもっとちゃんと気づいていれば、もっと早くに発見できたということか……?
「……いや!」
暁人はかぶりを振った。
もっと早くに発見していたら、きっとあんなに楽しい時間は過ごせなかっただろう。莉央、ロコ、麗。彼女たちが羽友だと知る機会すらなかったわけで。
「気づかなくて良かったな!!」
「全ッ然綺麗にまとまってないからな!?」
ロコのツッコミには、返す言葉もなかった。
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