第33話 ナンパ野郎死すべし
結論から言って、静乃のスイカ割りは見事なものだった。
目隠しをされ、縁や1組の女子が彼女をぐるぐる回して放つと、わずかによろめいたもののすぐにバランス感覚を取り戻し、棒(莉央が修善寺で買った木刀だった)を手に砂浜をずんずんと進んでいった。「右! もっと右!」「行き過ぎ、左!」「そう、そのまま!」などといった声援を受けながら、静乃は的確にスイカに狙いを定め――
そして、暁人たちがスーパーで買ったスイカは見事に粉々に粉砕された。
果肉と果汁が飛び散り、レジャーシートの上に飛散する。大歓声と拍手が巻き起こる中、静乃はびっくりした様子で目隠しを外していた。びっくりしたのはこちらもである、その恵まれた長躯にふさわしい、凄まじい怪力だったと言えるだろう。縁や1組の女子たちは大はしゃぎで静乃にじゃれついていた。
結局、暁人は自分でスイカ割りする機会をまたも失ってしまったが、それはまぁいいだろう。チャンスはまだまだあるのだ。いみじくも莉央が言った「スイカ割りは暴力」という言葉を目の前で実践してもらって、非常に爽快だった。
砕け散ったスイカはその場でみんなで食べ、暁人は今、べたべたになったレジャーシートを洗っている。
静乃もこれで少しは楽しんでくれたらいいんだが。
結局、彼女は自分が抱えているものがなんなのかは、教えてくれなかった。縁に嫉妬しているというのは、結構衝撃的だったけど。
まさかここにきて、静乃の新しい側面を知ることになるとは思わなかった。それ自体は嬉しいことだが、静乃がそれに苦しんでいるというのなら、手放しで喜んでいるわけにもいかない。
「やってる〜? 班長〜」
能天気な声と共に、砂浜の方からロコが歩いてくる。正面から見ると、割と目のやり場に困るな。フリル付き水着とラッシュガードでも、ぜんぜん隠しきれていない。
「よう、こっちきても面白いものなんて何もないぞ」
「それがいいんじゃないか。あっちは陽キャオーラ強すぎて長時間いられないんだよね」
そう言いながら、ロコは暁人の隣に腰を下ろした。
「そうだ、班長コレ。橘さんから送ってもらった」
ロコがスマホを操作し、メッセージアプリで写真を送りつけてくる。
ドローンで空撮したスイカ割りの光景だ。果たして空撮する意味があったのかはわからないが、珍しい光景ではあった。中には動画もある。
「良い写真だけど……委員長、何考えてこんなもん持ってきたんだろうな」
「え、そりゃあVlogのためじゃないのか?」
Vlogというのは、VideoBlogの略だ。日本ではあまり浸透していない言葉だが、行為自体は割と当たり前にみんなやっている。この場合は旅行の記録を動画でまとめて適宜編集、それをYoutubeにアップロードするようなものを指して言っている。
白羽エルナとして修学旅行の映像を(個人が特定できないように)撮ろうと思ったら、確かにドローンの方がごまかしが効く場面も多いのかもしれない。
それはそれとして、こうして仲間たちとのひとときもきっちり撮影しているのは、縁らしいと言えば縁らしい。そして、人口密集地では使用できないことを知らずにうっかり腐らせているのも、それはそれで縁らしい。
「いや〜、橘さんまじ天使だったな……。なんか、こう、近づくとふわって良いニオイするんだよね。なんなんだろアレ……」
「本人に聞いてみたら?」
「そんな気持ち悪いことできないが!? ただでさえ気持ち悪い陰キャオタクだってのによぉ!」
隣でぎゃあぎゃあと騒ぐロコ。彼女は、縁にはだいぶ好印象を抱いているようだ。
暁人はふと気になって、作業を続けながらロコに質問する。
「ロコは、委員長のことどう思う?」
「え? 今言ったが? 聞いてなかったのか? それはちょっとショックなんだけど……」
「いや、嫉妬とかしない?」
「ん?」
首を傾げるロコに、暁人は静乃のことを話す。すると、ロコは目をまんまるく見開いた。
「えぇー。一ノ瀬さんが? 意外だねぇ。もっと何事にも動じない人かと思ってた」
「俺も」
暁人は、レジャーシートを洗う作業を続けている。そんな様子をじっと見つめながら、ロコは続けた。
「まぁ、良い子だもんな。橘さんがえるーなだって知らなかったら、ボクももうちょっと穿った目で見てたかもしんないよね。スカイウォークでも班長に言ったけどさ。自分より人格的に優れたやつ見てるとみじめになるんだよな〜」
ロコはニッコニコ顔で情けないことをのたまう。
「ノセさんもそういう感じになってると思うか?」
「わかんないけど、なることもあるんじゃない? でも一ノ瀬さんが橘さんのことそこまで意識する理由はわかんないかも。……あ! ボク達が速攻で橘さんに懐いたから、疎外感感じてるとかか!? 可愛いとこあるなー一ノ瀬さん」
早口で推測を捲し立てていくロコ。だいぶ本調子に近づいてきたようだ。
暁人は、彼女の推測を聞いてもさっぱりだ。それが当たっていそうかどうか、という推論さえ立てられない。
「なんかノセさん、俺にだけは言いたくなさそうなんだけど」
「そりゃ、言いたくないだろ。どうせ自分の器の小ささを見せつけられるだけなんだから」
スカイウォークで言ったことを、ロコはもう一度口にした。
「特に班長はな。良いヤツすぎてちょっと怖いし」
「怖い!?」
「なんか、人の悪意を吸って善意に変換して生きてる怪物なのかなってたまに思う」
そう見られているとは思わなかった。さすがにちょっとショックだ。
まぁ、だからと言って急に嫌なヤツになるつもりもないが……。
しかし、じゃあ、どうすりゃ良いんだ。それこそスカイウォークの時のように、静乃が泣くのを待てば良いのか?
手を止めてる暁人を見て、彼の葛藤を感じ取ったのだろうか。ロコがさらに口を開く。
「一ノ瀬さんは、ボクより難しいんじゃないかな……」
「そ……」
暁人が言いかけた、その時だ。クラスメイトの佐竹が血相を変えてこちらに走ってきた。
「暁人! 大変だ!!」
「なんだ、どうした」
「委員長と一ノ瀬さんが、ガラの悪い観光客に絡まれてる!」
その連中は、観光客というより完全にナンパ目的のチャラ男といった様相だった。日に焼けた肌、鍛えた体躯。過剰にならない程度のおしゃれなアクセサリー。大学生だろうか。このご時世、修学旅行中の女子高生に声をかけるとはなかなか肝の据わった連中である。
怯えた様子の縁や、他の1組女子を庇うように、静乃が立っていた。縁に対して何か含みはあるのだろうが、それでもこういう時は関係なしに矢面に立てるのは、彼女の美徳だろう。
暁人は、走りながら佐竹を睨んだ。
「なんでお前が行かないんだよ……」
「だ、だって怖くて……!」
静乃が身体を張って縁を守っているというのに。
暁人は、あのタチの悪そうなナンパ野郎どもをどう追い払うか考えながら近づいていくと、やがて両者の会話が聞こえてきた。
「いい加減にしてください。こっちは修学旅行中なんです!」
「へぇ? 引率の先生がそんな浮かれた水着着ちゃって良いんですか?」
「ごふっ!!」
静乃が膝をついた。
「の、ノセさーーーーーーん!!」
やっぱり先入観がないとそう見えるのか。
「な、なんてひどいことを!」
ロコが大声をあげて拳を振り回す。
「確かにちょっと大人っぽいけど、一ノ瀬さんはボクたちと同学年だぞ!」
「「同学年!?」」
驚愕するナンパ野郎たち。膝をついた静乃の身体を、頭のてっぺんからつま先までじっくり確認した挙句、首を傾げた。
「「いやぁ……?」」
彼らもきっと、ビーチで何人もの女性を引っ掛けてきた、ひとかどのナンパ師なのだろう。少なくとも、暁人や佐竹のようなマイルド陽キャたちに比べれば、その辺の観察眼はよほど確かであると考えられる。そんな彼らから見れば、やはり静乃は……まぁ、無理があるらしい。
ナンパ野郎たちは、声をあげたロコにも好色めいた視線を向ける。ロコは怯えるように、さっと暁人の後ろに隠れた。
それは良いが、佐竹も一緒に隠れるのはやめてほしい。
まぁ、気づかれたタイミングで話をまとめにいくか。暁人が一歩踏み出そうとすると、今度は砂を巻き上げ、別の人影が駆け抜けていった。
「死ねぇいっ!!」
跳躍と共に勢いづいたしなやかな肢体から、砲弾のようなドロップキックが放たれた。
「だ、誰だ!?」
佐竹が叫ぶ。暁人とロコは確認するまでもなかった。莉央だ。
いやどうしよう。このままだと良くないトラブルに発展してしまう。めちゃくちゃスカッとしたので、それはそれで良いとして。莉央は、静乃に押さえつけられながらもナンパ野郎たちを威嚇していた。空港でも見た光景だ。
とりあえず場を納めてみるか。
「い、いきなり何しやがる!」
「がるるるるるっ」
ある種まっとうな抗議に対し、低い獣のような唸り声をあげる莉央。
「な、なんだこいつ!」
「人間の言葉が通じねぇ!」
「まぁまぁまぁまぁ。いったん終わりにしましょうよ」
暁人は、自分の柔和な笑みが他人に警戒心を与えづらいことを、よく熟知している。いきなり暴力を振るい、人語を発さないバケモノを投入して場を脅かしたのち、いかにも話の通じそうなネゴシエーターによって円満な解決を図る。
「お兄さんたちも、修学旅行中の女子高生をナンパしたってバレたら体裁悪いでしょ」
向こうも最初は、男子生徒も一緒に来ているとは思わなかったのだろう。もっと厄介な相手、たとえば厳つい男性教師などが出てくる前に、そそくさと退散してくれた。これでダメならカルロスを呼び出すところだったが、そうならずには済んだようだ。出てきたら出てきたで、収拾がつかなそうだけど。
莉央は、不満げな顔でナンパ野郎たちが退散していった方向を睨んでいる。
「なんで逃すんだよ。あいつら、また浜辺に出てきて女を襲うぜ」
「市街地に出たクマかよ」
「似たようなもんだろうが」
言わんとしていることはわからんでもないが、人間の殺処分は法律で禁止されているのだから仕方がない。
「一ノ瀬さん、ありがとう!」
「すごい心強かった!」
「い、いや、私は別に……」
佐藤さんと鈴木さんが、静乃を誉めそやしているが、彼女は少し気まずそうだ。外見年齢を指摘されたのが堪えたのだとすれば、暁人としてはかける言葉も見つからない。
そして縁は、少し不安そうに周囲をきょろきょろと見回していた。そして、離れた場所に何かを見つけてはっとする。
「大丈夫か、委員長」
「どうしよう、あれ……」
そうして彼女が指差す先。一同は視線でそれを追っていく。
そこには墜落し、ぷすぷすと煙を上げるドローンの、見るも無残な姿が転がっていた。
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