第4章 てんてこ舞い・イン・伊豆

第30話 しゅっぱつ!!

『羽友トリオ、足湯に集合』


 翌朝、暁人は静乃以外の3人にそんなメッセージを飛ばした。ロビーに向かうと、すでに足湯に浸かっていたロコが、不機嫌そうに言った。


「おかしくないか?」

「な、なにが」

「羽友トリオってなんだよ! カルテットだが!? 自分は違いますみたいなこと言うな!」

「そ、そりゃそうだ。悪かった」


 というわけで、さらに莉央と麗を加え、羽友トリオ改め羽友カルテットがロビーの足湯で額を突き合わせる。


「ノセさんの元気がない」


 暁人が提示した議題には、ロコも麗も心当たりがあるようだった。


「いつも通り優しいんだけどさ、露骨に口数減ったよね」

「ん、ん」

「え、そうだったか?」


 人の心がわからない莉央は首を傾げていた。


 暁人は続いて、どうも彼女には心にしこりがあって、もしかしたら今日の伊豆観光を純粋に楽しめないかもしれないという話をした。だが暁人は、静乃にも修学旅行を楽しんでもらうつもりだ。ひとりだけ寂しい思い出を持って帰らせたくはない。


「で、アタシらにどうしろってんだよ?」


 訝しげな顔で、莉央が尋ねてくる。人から何かを命じられるのが嫌いであろう彼女は、自身のスタンスと暁人や静乃への義理を天秤にかけているようであった。

 だが、


「いや、別に何もしなくていいよ。予定通り、伊豆を楽しもう」

「は?」

「別にこういうの、考えてもしょうがないし」


 暁人は苦笑いをし、頭を掻いた。

 そう、静乃の問題については現状、まったくの無策。しかし、それは他の班員たちの時だって同じだった。静乃のことばかり気にして、修学旅行を楽しめないなんてことになったらそれこそ本末転倒だ。だから、何も考えずに全力で楽しむ。スイカも割るし、ペンギンとも戯れる。


「ただほら、みんなに黙っていたくなくてさ。なんか修学旅行中に変な隠し事とか、もうしたくなくて」


 しばらく呆気に取られていた一同だったが、その言葉を聞くなり、ロコが露骨に嬉しそうな顔をする。


「な、なんだよ〜。班長、ボクらのこと大好きか〜?」


 事実大好きなのだが、彼女の言葉に首肯するのはなんだか癪なので、黙っておいた。


「よしっ」


 暁人がばっと手を前に突き出すと、ロコが重ね、麗が重ね、そして思いっきり嫌そうな顔をしてから、莉央が重ねた。


「伊豆観光、楽しむぞーっ!」

「「「おーっ!」」」

「あまりもの班最高ーっ!」

「「「最強ーっ!」」」

「白羽エルナしか勝たん!」

「「「かたーん!」」」


 受付に立っているホテルのスタッフが微笑ましくこちらを見守る中、羽友カルテットのウォークライが早朝の修善寺に響きわたるのであった。




「おはようございます、浅倉くん」


 出発前、駐車場での集合である。静乃はいつものニコニコとした笑顔を、暁人に向ける。暁人はずっとこの笑顔を彼女の魅力のひとつだと思っていたが、ひょっとして面倒をやり過ごすための大人の処世術だったりするのか? だったら嫌だなぁ。

 静乃は、つつつ、と暁人ににじり寄ってくると、そっと耳打ちをしてくる。


「昨日はちょっと変な感じになりましたが、私も楽しめるなら楽しみたいのです」

「うん」

「でも、それができるメンタルかどうか自信がないし、浅倉くんにそれを解決してもらう気はないのです」

「自己診断ちゃんとしてるねぇ……」

「大人なので……!!」


 まぁ、そっちがその気ならそれで良い。こちとら恐れを知らない子供だぞ。怖いか? 俺たちの若さが。

 心の中でファイティングポーズを決める暁人。楽しむ準備も、楽しませる覚悟もできている。


「にしてもタクシーの順番待ち、長くないか? もっとなんとかならないのか?」


 ロコからは早速愚痴が飛び出していく。


「全部で31台、先生の見回り含めれば35台くらいか。こんなもんじゃない?」


 暁人たちあまりもの班は一番最後だ。他の班の生徒たちが、次々とタクシーに乗り込んでいく中、ちょうど順番待ちをしている縁たちの班と目があった。男子が暁人の友人の佐竹と村田、女子がやはり暁人の友人である縁と鈴木さんと佐藤さんの5人グループだ。

 にこやかに微笑み、手を振ってくる縁。暁人が手を振りかえすと、同時に羽友トリオ3人もぶんぶんと手を振り始める。縁はちょっとびっくりしつつも、さらにもっと大きく手を振って、やってきたタクシーに乗り込んだ。


「なんて良い子なんだ……」


 ロコが感激の涙を流していた。

 そういや、縁は班員を紹介してほしいと言っていたな。つい先日まで無理じゃないかと感じていたが、この感じだと簡単にできそうだ。


「どんなドライバーさんなんですかねぇ」

「さすがに地元に詳しい人なんじゃねぇの? 静岡の方便でしゃべる……こう、おっさんってかじいさんってくらいの」


 莉央が手でエアろくろを回しながらイメージを語ると、一同は「わかるわかる」と頷いた。


「藤崎さん、静岡の方言ってどんな感じなの?」

なしてなんでわさ私にきくんず聞くの


 麗は少し不機嫌そうに眉根を寄せる。しかし、彼女が掲げたスマホからは、流暢な返答が返ってきた。


『パブリックイメージですが、語尾に『ずら』とかつける印象がありますね』

「答えてくれるんかい! ありがとう!」


 暁人たちは想像した。人の良さそうな笑みを浮かべた、少し痩せた小柄なおじいさんドライバーが、「よう来たずらなぁ。今日1日案内するずら」(静岡弁はだいぶ適当だった)と言ってタクシーの扉を開ける光景を。


「そんな都合の良い人が来るもんか」


 ロコが鼻で笑う。


「厚切りジェイソンみたいな見た目の人が、おぼつかない日本語で『ニコニコ交通のマイクデース!』とか言ってきたらどうするんだよ」

「それは流石に心配しすぎだって」

「そうですよー」


 そうこうしているうちに、待機列も消化され、いよいよ暁人たちの番となる。

 タクシーの扉ががちゃりと開くと、ノリの良いラテン系ミュージックが流れ始めた。運転席から出てきたのは、ポンチョを羽織りソンブレロを被った焼けた肌の男。彼は両手を広げ、満面の笑みを浮かべこう言った。


「ボンジーア! ニコニコ交通のカルロスデース! よろしくお願いしマース!!」


「「「「「………」」」」」


 ほんのちょっぴり、気まずい空気が流れる。


「ボクのせいじゃないよね?」


 か細い声で、ロコが言った。

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