第20話 ふたりの候補

「と、いうわけで、俺たちの新たな仲間。飛鳥馬莉央ことライオネル紳士先生だ!」

「よろしくなー、一ノ瀬」


 ロビーに静乃を呼び出して紹介すると、彼女は頭を抱えて大きく仰け反っていた。


「どうしたのノセさん」

「いや、また仲良くなってしまいそうだなって……」

「まだそんなこと言ってんの? もう無理だよノセさん」

「ははは……」


 なお、莉央には静乃の実年齢のことを伝えていない。この件はエルナ探しとは関係ないからだ。なにかとセンシティブな問題だし、そもそも伝える必要性が今のところない。


 莉央は「リアルの推しに会えるんだったら全然会う」という暁人とは分かり合えない思想の持ち主ではあるが、こういう場合には心強い。暴走しないようにだけ気を付ける必要があると言えば、まぁそうか。


「そういえば、聞き忘れてたけど、飛鳥馬はなんで羽友になったんだ?」

「んー? ああ、中坊ン頃、親父の跡を継いで空手をやるか自分の好きな絵をやるか迷ってたんだけどよ」

「のっけからすごい世界観だな……」

「その時にエルナの配信見て、好きなことした方が良いって言うからよ。頭キンパツにして不良になって絵を描くことにしたんだ」


 絶対エルナ本人には聞かせられないエピソードだな。


「まー空手も嫌いじゃないからなー。絵で世界最強になったら空手で世界最強を目指そうと思ってる」

「なんかおまえならできそうだな……」

「だろ?」


 からからと笑う莉央を、暁人と静乃は異物でも見るかのように眺めた。


「そ、それより白羽エルナ探しの話しましょうよ」

「そ、そだね」


 なんにせよ、推し探しも進展した。

 今の所ハズレを2人引いたと言われればその通りなのだが、ハズレを引いて選択肢が狭まったのならそれは進展と言えるだろう。デッキ圧縮はどんな場合でも大事な戦術なのである。


 莉央の線が消えたことで、候補はロコと麗の2人となる。


「最初はロコはないって思ってたんだけど、あるような気がしてきたんだよなー……」


 暁人は腕を組んで天井を睨む。


 今日の鎌倉観光を通して、ロコの言動からは「なりたい自分」と「そうでない自分」のギャップみたいなものを、うっすらと感じ取れた。確かにエルナがロコだとすると、エルナの天使のような言動はすべて虚構だということになってしまうのだが、それがロコのなりたい「理想の自分」なのだとすれば、納得できる気がするのだ。


「それ言ったら藤崎だってそうだぜ」


 足を組んだまま、莉央が言う。


「藤崎は方言きつくない?」

「がんばれば標準語喋れるみたいですよ。疲れるからしないって言ってましたけど」

「うーん、なるほど……」


 そう言えば、エルナの配信はどんなに長くても1回3時間までだ。1時間足らずで終わってしまうことも珍しくない。ライバーとしては割と短い方だと言える。


「長時間配信をしない理由は『疲れるから』って言ってたよな……」

「飛鳥馬さんも言ってましたけど、ロコさんが『理想の自分』を演じて白羽エルナになっているって説が通るなら、藤崎さんだって同じことが言える気がするんですよね」

「標準語で他人と意思疎通ができる自分、みたいな? 無くはない、のかな」


 どっちの可能性も現実味を帯びてきてしまった。

 初めて会った時は、2人とも可能性が低いと見ていたのに。


 この修学旅行を経て見えてきた2人の新たな側面が、エルナである可能性を否定していないのだ。


「とにかく、明日だな」

「だな!」


 暁人は言った。莉央を見ると、なぜかちょっとウキウキした様子が見えるので、とりあえず釘を刺しておくことにした。


「それと飛鳥馬、えるーなの正体がわかっても、アクキー返すのはノセさんにやってもらうからな」

「えっ!?」


 衝撃を受けた様子の莉央。


「アタシら全員で返しに行くんじゃないのかよ!?」

「いきなり班員全員に身バレして1ヶ月前に失くしたキーホルダー返されるのめちゃくちゃ怖いだろ!」


 少なくとも暁人は返しに行きたくない。莉央は難しい顔をしてから、ねだるように言った。


「アタシひとりでもダメか……?」

「……まぁ、確かにただの古参ファンと神絵師なら、後者の方が無害感あるかもしれないが」

「いやそんなことないですよ。2人が無害なのは事実ですけど」

「事実じゃなくて印象の話だからね。やっぱノセさんに任せる」


 がっくりと肩を落とす莉央。


 すっかり話し込んで、もうすぐ消灯の時間だ。そろそろ部屋に戻らないと巡回の先生に怒られることになる。となると、本格的な探索は明日だ。できることなら、すっきりした気持ちで3日目を迎えたくはあるが。


「あ、そうだ」


 2人と別れる直前になって、暁人は言った。


「1個ヒントあった。えるーなは、靴下を左足から履くらしいよ」


 翌朝、静乃と莉央からメッセージが届いた。


 あまりもの班は全員、靴下を左足から履いたということだった。

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