第18話 ハプニング・ライブ

「(あーあ、またやっちゃったなぁ……)」


 ほかほかの身体で布団に寝転がりながら、静乃は風呂のことを――というか、今日1日のことを振り返っていた。


 結論から言って、みんなとめちゃくちゃ仲良くなってしまった。いみじくも今朝、暁人から指摘を頂戴した通りである。『仲良くならない』を実践するつもりでいたのに、状況に流されて結果はご覧の通りだ。だってみんなと青春するの楽しいんだもん。


 このままでは良くない。明日は、もうちょっと仲良くしないようにしなければ。


 だいたい、暁人が良くない。暁人がもうちょっとこう、馴れ馴れしくなければ。班全体がこんなに仲良くならずに済んだはずだ。

 いや、それでこの修学旅行が楽しくなったかどうかは疑問だけども。


 静乃がふとスマホに手を伸ばすと、暁人からものすごい数のメッセージが飛んできていた。


「うわお」


 なんだこれは、と思って見てみると、なんでも推し探しの重要なヒントを見つけたので至急連絡が欲しいということだった。なんなら不在着信もきている。


 どうしよう。ちょっとこう、仲良くならない感を出すために無視するべきか?

 でも、それで暁人が嫌な思いをするのはちょっと違う気がする。

 いやいや、今さら良い人気取りか? そもそも……


 なんて考えていると、また着信が来てしまった。


 静乃は、散々悩み、考え抜いたすえ、電話に出た。


「もしもし」

『ノセさんか! たいへんだ!』

「ど、どうしたんですか」


 メッセージ履歴残った不在着信のことを思うと、ちょっとドキドキした。


『くろはーが凸待ち配信するんだ!!』

「……はい?」


 暁人の説明はこうだ。


 この修学旅行の間、白羽エルナの配信予定はない。だが、彼女と同じ事務所に所属するVtuberの幽蘭堂ゆうらんどうクロハが、急遽凸待ち配信を行うことになった。凸待ちというのは、ライブ配信中に連絡を取れる知り合いのVやストリーマーが連絡してくるのを待つという企画形式の配信の一種だ。基本的には誕生日とかデビュー周年とかのタイミングで行うことが多い。Vtuberの横の広がりを重視する関係性オタクには人気の高い内容だった。


『えるーなの交友関係も最初は広くなかったんだけどさ、個人勢の時にやった凸待ち配信のときに……そのときは登録者5000人くらいだったかな。そのときに、りすりーが急に凸ってきたのをきっかけにガッと伸びたんだよね。あれは伝説の配信だからノセさんにもぜひ見て……』

「浅倉くん! それで用件はなんですか!?」

『そうだった、ごめん!』


 推し語りになると急に冷静じゃなくなるなこの子。


 幽蘭堂クロハは、魔界女子高生の肩書きで活動するVtuberだ。天界女子高生であるエルナとは、別に示し合わせたわけでもなんでもないのだが微妙なネタ被りから互いに意識をしており、箱内の大型コラボで絡んだのをきっかけに、何かと仲良くなった。当初はこのコンビのことは「白黒JK」と呼ばれていたが、のちに「モノトーン・フェザー」という公式ユニット名が発表されている。


「つ、つまりどういうことなんですか!?」

『くろはーの配信にえるーなが凸ってくる可能性は高い! 配信環境なくても凸ならできるし!』

「な、なるほど!」

『とは言え、部屋の中で凸通話するわけにもいかないだろ。たぶん、1人になりたがると思うんだ。だから、いま部屋にいないやつが怪しいと思う!』

「……あ、あのう、浅倉くん。そうは言っても」


 静乃の言葉に含む、沈んだニュアンスを感じ取ったのだろう。テンションの高かった暁人の言葉も、急にトーンダウンして返ってくる。


『どしたの、ノセさん』


 静乃はスマホの通話を続けたまま、部屋を振り返る。


「いま、私以外、誰もいません」


 4人用の広い部屋。畳の上に敷かれた布団。部屋の隅にまとめられた荷物。


 静乃の視界にあるものは、それがすべてだった。




『こんちゃー! 後輩たち元気か〜? だから『魔こん』はやめろって! そんな挨拶ないから!』


 元気な声で、幽蘭堂クロハの配信が始まる。彼女もデビュー当初はもっと名前に似合うミステリアスなキャラだったのだが、1ヶ月と保たなかった。なんなら配信3日くらいでポンコツっぷりが露呈して、今みたいな感じになっていった気がする。


 オープニングトークがしばらくあって、それから凸待ちがあるはずだ。

 しかし凸待ちと言ってもいきなり通話をしかけてくることは稀で、最初にディスコードやら何やらで「かけてもいいですか」的なやり取りがあるのが通例である。順番待ちの待機列みたいなのがあるはずなのだ。もちろん、そのやりとりはリスナーには晒されないが、そういうやりとりがあること自体は、公言されている。


 とにかく重要なのは、白羽エルナがその待機列に入っているのであれば、すでにどこかで通話の準備をしているはずだということだ。


「(さらに大事なのは、凸の邪魔だけはしないことだ……!)」


 暁人はホテルの中を走り回りながら、考えていた。


 白羽エルナを見つけても、それだけは守らなければならない。暁人がするべきは、ただアクリルキーホルダーを彼女に返却すること。

 だが、それは本当に今しなければならないことか? ここでアクキーを返せば、きっと明日以降、自分もエルナも気まずい思いをすることになるのでは?


 まずはエルナを見つけて、あとは黙っていて、修学旅行が全部終わったあとで、静乃とかから返却してもらう。たぶん、それが一番いい。羽友である自分よりも、Vのことをよく知らない静乃に返してもらう方が、ショックや戸惑いは少ないはずだ。


 まぁ、自分が気まずい思いをするのは変わらないんだけども。でも、ここを逃して返す機会すら失うかもしれないと思うと、さすがに動かないわけにはいかない。


『それじゃあ、さっそく1人目! 通話のせるよ〜? 大丈夫〜? ……OK! じゃあ、さっそく自己紹介おねがいしまーす!』

『魔界後輩のみなさん、天こ〜ん♪』

「はやっ!?」


 1人目かよ!


 さすがに立ち止まってスマホの画面をみると、コメント欄は「うおおおおおお」「モノフェうおおおおおお」「天こん!」だのといった言葉で埋め尽くされている。まごうことなき白羽エルナだ。脳を溶かすような甘いボイスが、暁人の五臓六腑に染み渡る。


 いや、っていうか待てよ。


 いま、エルナが喋ってるの? いま、このホテルのどこかで? 自分たちと同じ学校指定のジャージを着て? このホテルのどこかで? 白羽エルナが?


 やばない?


 震える。


 無理かも。


「うおおおおおお無理じゃないっ!」


 震える両足を引っ叩いて自分を鼓舞させる暁人は早めから見るとヤバいやつでしかなかったが、そこはここまでに積み重ねた信用貯金を切り崩してことなきを得る。


 暁人は廊下の曲がり角に、何かが落ちているのを発見した。大学ノートだ。昼間、莉央に見せてもらったやつと同じだった。

 そうとう慌てていたらしいな。こんな大切なものを落としてしまうとは。


 暁人は曲がり角の先を覗き込むと、廊下の突き当たり。防災用具が置かれているスペースに、誰かが立っているのが見えた。


「飛鳥馬……」


 そう、このノートの持ち主。飛鳥馬莉央だ。


 彼女はイヤホンをして、スマホの画面に笑顔を向けている。ちらりと見えたスマホの画面には、幽蘭堂クロハの配信画面と、そしてディスコードの通話画面が映し出されていた。


「(ま、まさか……っ!?)」


 暁人の脳裏に、雷が落ちるような感覚。


『モノフェも結成して半年か〜。早いよねぇ〜。ふふふ』


 耳元で、白羽エルナの天使のような笑い声が響いていた。

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