第17話 いい湯だな

 その日の班長会議では、暁人に注目が集まった。各クラスの問題児をひとりで束ね、実際どのような1日目を過ごしたのか。積極的であれ消極的であれ、みんな気になっていたようだ。だが暁人は他の班長同様『特に問題はなくみんな楽しく過ごした』とだけ報告するだけだ。

 まぁ、集合写真を撮るのにちょっと5組の担任を困らせたりはしたけどね。良いんじゃないですかそれくらい。


 その後はそれぞれの部屋に戻り、暁人はクラスメイト達の待つ部屋へと向かった。制服を脱いでジャージに着替え、夕食までの短い時間をトランプなどして楽しむ。


 ディナーは、地元食材を使った和洋折衷の会席スタイルだった。メインディッシュは、事前に箱根ポークのローストか、鶏肉の照り焼きかで選択できるようになっている。


 少し離れたテーブルにはあまりもの班の女子が座っていて、こちらに向けて手を振っていた。向こうも楽しそうで何より。


 食事の席では1組の連中が鎌倉で起こしたハプニングで盛り上がったりすることもあったが、なんだかんだ一番話題に花が咲いたのは人気のゲーム実況者の切り抜きの話だったり、おすすめのウェブコミックの話だったり、少ない小遣いでどのサブスクに入るのが一番効率が良いかだったりした。結局、どこで何をしていようが、話す内容なんて変わらないもんである。


 つつがなくディナーが終わり、風呂の時間が終わり、部屋でスマホを片手にエルナ探しのヒントはないか考えていたところ、SNS上にとんでもない情報が舞い込んできた。


「………!!」


 がばっと身体を起こして、すぐさま静乃にメッセージを送って部屋を飛び出す。


「悪い! 俺、用事ができた!」

「暁人、どうしたんだよ!」

「これから委員長たちと大富豪だぞ?」


 後ろから訝しむクラスメイト達の声。


 実際、委員長たち女子グループと大富豪をやるのはめちゃくちゃ楽しみだったのだが、今の暁人にはそれどころではなかった。




 その頃、静乃はスマホに触れる状態にはなかった。


 風呂である。


 あまりもの班の入浴は、この日4組の女子生徒たちと同じタイミングになっていた。自分のクラスの生徒たちと一緒なことには、妙な気まずさみたいなものがある。静乃は1年生のとき、初日に「あまり仲良くしないでください」と口走ってしまったのもあって、クラスではやや孤立気味である。

 だが、それ以上に。


 脱ぐと、年齢が出る。


 自分も年の割には若さを保っている方だと思うが、あくまでも年の割にはだ。正真正銘、16〜17歳の少女達に囲まれると、まるで一気に老け込んだような気持ちになった。自然、背筋を曲げて歩いてしまう。あー、やっぱみんな肌が水を弾くんだなぁ。この年で高校への再入学なんて無理があったんじゃないのかしら。いやいや、何を今さら。

 クラスメイトたちが静乃に気づいて、何かとちらちらこちらへ視線を向けてくる。とても気まずい。


「うう、さいあくだ……」


 そんな静乃の後ろに隠れるようにして、死んだような目で歩いているのがロコである。


 服の上からでもだいぶ胸がでかいとは思っていたが、こうして一緒に風呂に入るとなると、高校生離れしたサイズなのがよくわかる。

 まぁ高校生離れしたサイズって表現はどうかと思いますけどね。だいたいその辺の成長なんて高校生くらいになったら止まるもんだしね。


 とにかくロコは弾けるような大きさのそれを抱え込むようにして歩いている。いろいろと悪目立ちするのだろう。静乃には割と気持ちがわかる。

 そういうわけで、静乃とロコのふたりは、まるで刑場に引き摺り出された罪人のように、のろのろと風呂場を行進していた。


「何やってんだお前ら」


 対して莉央は堂々たるものである。


 160センチ代後半と思われる身長に、すらりと均整のとれた身体つき。汗や水滴が肌を伝って流れる様すら美しく、そしてそれを隠すでもなく、堂々と突っ立っていた。


「いや、あの……」

「あんまノロノロしてっと先に入っちまうぞ」

「ああ……」


 莉央はこちらの話など聞いてはくれず、そのまま洗い場まで歩いて行ってしまった。そうだった。彼女は一緒に湯船に浸かろうとは言ってくれないタイプの人間だった。


「あれ、そういえば藤崎さんは……」


 彼女も、勝手に身体を洗って湯船に浸かっているのだろうか。そう思って周囲をきょろきょろ見回してみると、


「たげまねじゃ……」


 同じようにげっそりとした顔をして、静乃とロコの列に加わっていた。

 ゴスロリ制服を脱いでクマさんバッグを置くと、年齢よりさらに幼く見える麗の要望が際立つ。彼女は身体こそ隠していなかったが、すっかり暗い表情で所在なさげにロコの腕を掴んでいる。


「痛い痛い! そこボクの腕じゃない!」


 腕じゃなくてお尻の肉のようだった。


「たげづがみやずいどんずだはんで」

「何言ってんのかわかんないけども!」


 すぱーん、と手を払いのけて、ロコが叫ぶ。そこで、静乃は気づいた。


「……ひょっとして、スマホがないから?」

「ん」


 麗は、こくんと頷いた。




「そうは言ってもさあ」


 洗い場で横一列になり髪を洗っているときに、ロコが口を開いた。


「ボク達の言葉はわかってるんだし、喋ろうと思えば喋れるんじゃないの?」

「………」


 翻訳アプリが持ち込めないので、風呂は嫌だ。それが麗の主張だった。

 だが逆に言えば、意思疎通をするつもりはあるということだ。最初からだんまりを決め込むつもりなら、翻訳アプリの有無を気にする必要はない。麗は、ぼーっとシャワーを浴びながら黙り込んだ。


「……あれ、ボクまたなんかまずいこと言ったか?」

「いや、アタシもそう思うぜ」


 莉央が珍しく、ロコに同調した姿勢を見せる。


「まぁ話したくないなら良いんだけどよ」

「たげおたるじゃはんで、わんつかぐちゃべるだば……」

「うーん、よくわかんないけど、すごく疲れるからちょっとくらいなら喋れる、とかですか?」


 静乃の言葉に、こくこくと頷く麗。


「……まぁ、風呂でおまえ以外のみんなが溺れでもしない限り、無理に喋る必要なんてないんじゃないか」


 しばらく間があってから、ロコがかろうじてそう言う。麗は驚いたようにロコを見た。


「………」

「……い、いや。おまえがどうしても話したいことがあるっていうなら別だが? でもまぁほら、今の一ノ瀬さんみたいに、言いたいことを理解するような努力はするだろ。疲れるなら無理する必要ないだろ。ボクだって疲れるの嫌だし」

「急にどうしたんだお前」


 視線を泳がせながらしどろもどろになって続けるロコに、莉央が無遠慮なひとことをぶつける。すると、ロコが「はぁ!?」と立ち上がった。でかい胸が思いっきり弾んだ。


「おまえに言われたくないが!? 鶴岡八幡宮でのおまえ、めちゃくちゃ不気味だったからな! 急にニコニコしやがって! ヤンキーの生態わかんないから怖くてしかたなかったんだぞ!」


 やはり後ろで麗がこくこくと頷いている。


「くそっ、らしくないこと言うんじゃなかった! ボクは風呂に入るぞ!」

「もう入ってるだろ」

「湯船に浸かるって言ってんの!」


 ロコは不機嫌に叫び返して、のしのしと歩いていく。脱衣所から入ってきたときの所在なさげな様子はどこかへ吹き飛んでいた。

 莉央は「変なやつだなぁ」と言いながら、同じように湯船に向かっていった。


 洗い場には、静乃と麗が残される。麗は、いつの間にかずいぶんスッキリした顔をしていた。


「じゃ、私たちも行きましょうか」

「ん」

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