第13話 鶴岡八幡宮

「ここは、鎌倉を代表する神社で、源頼朝公が創建したと言われています。もともとは伊豆にあった神社を、この地に移して建てられたんですね〜。鶴岡八幡宮は、鎌倉幕府の守護神としてだけでなく――」


 熱心に説明してくれるガイドさん。何しろ大河ドラマになったり少年漫画になったりで大忙しの鎌倉だ。説明にもついつい身が入ってしまうのかもしれない。

 あまりもの班は、2組の生徒たちと鶴岡八幡宮を回ることになっていた。夏に入ってきたということもあって、朱色の本宮を取り囲むように青々としげる葉、そして雲ひとつない快晴という3色のコントラストが、視界を覆い尽くし、圧倒される。


 我らが班員の反応だが、静乃は目をキラキラさせ、麗も思いの外この景色を気に入った様子だった。ロコは未だグロッキーな様子だ。

 で、問題の莉央はと言えば、一瞬その光景に目を奪われたものの、すぐに視線を逸らし不機嫌そうな態度に戻る。


「それでは、自由に見学していただければと思います! 写真撮影はどこでも大丈夫ですが、参拝の際はマナーを守ってくださいね〜!」


 ガイドさんの案内に従って、30+5人の生徒が解き放たれる。


 さっそくおみくじを引きにいくもの、漫画の単行本を取り出して記念撮影するもの、行くあてもなくぶらぶらと彷徨うもの。行動は班ごとにまとまってだが、実際やることとなれば様々だ。


「おみくじ引きませんかっ!」


 静乃がウキウキを抑えきれない様子で言う。


「わもほんぐうちけぐでみでみでじゃまね」

『私も本宮を近くて見てみたいです』


 麗もスマホを掲げて自己主張した。


「………」


 莉央は、そんなやりとりから少し離れて、適当な木に背中を預けている。


「あー、ノセさん達は先に行っててよ。あとこれも忘れずに」


 体調不良で顔を真っ青にしたままのロコを押し付けながら言う。静乃は一瞬戸惑ったが、すぐに頷き、受け取ったロコをずるずると引きずって行った。

 舞殿と参道の間くらいの場所に、暁人と莉央が取り残される。


「……で?」


 腕を組んだまま、莉央が暁人を睨む。


「なんだよ。ふたりっきりになってお説教か?」

「お説教されるようなことしたの?」

「………」


 莉央は仏頂面だ。思いつきの憎まれ口は暁人の返しに一瞬だけ言葉を失い、しかしすぐに次の言葉が出てきた。


「協力的じゃねぇ、とか。もっと楽しそうにしろ、とか」

「そんなん他にもいるだろ」

「……来たら楽しいのかなとも思ったんだけどな。あいつらみたいにはしゃげねぇっつうか」


 頭をかきながら、ため息をつく莉央。

 舞殿の周囲には、まだ記念撮影をしている生徒たちの姿がある。きゃあきゃあと声をあげながら階段を登っていく生徒や、残ったガイドさんに熱心に質問をしている生徒の姿もある。確かに、莉央がああいうはしゃぎ方をしているのは、あまり想像できない。うちの班で一番はしゃいでいるのはアラサーだしな。


「飛鳥馬はさぁ、独りでも平気なタイプだろ」

「……ん」


 莉央は少し考えてから、頷いた。


「でも、なんでかわかんないけど、修学旅行を楽しみたくて来たんだろ。じゃあさ、別に他のみんなみたいな楽しみ方しなくても良いんじゃないの」

「だからそれがわかんねーんだよ。他にどうしろって?」

「さっき、あっち見ながらちょっと楽しそうな顔したじゃん?」


 そう言って、暁人は本宮の方を見上げた。階段の上に立つ朱色の建物と、茂る葉の緑。一瞬だけ輝いた莉央の顔。


「あれ見た時、なに考えてたんだ?」


 暁人の質問。莉央はそれを受けて、露骨に顔をしかめた。

 先ほど思案していたときに比べても、さらに長い時間、彼女は考えていた。7月の鶴岡八幡宮。参拝客と高校生の喧騒がずっと響いている中、莉央は数分かけてようやく、絞り出すように答えを口にした。


「……てぇって」

「え?」

「描いてみてぇな、って、思ったんだよ」


 描いてみたい。莉央は絵を描くのか? 意外な趣味だと思った。どんな絵を描くのが好きなんだろう。

 一瞬で浮かんだいろんな考えをスルーして、暁人はまっさきにこう言う。


「いいんじゃない?」

「はっ」


 暁人の言葉に、莉央は少し小馬鹿にしたように笑った。


「いつもみたいに独りでか? 班員を描くわけでもなく、気に入った景色を独りで? 家や学校でやってることと何が違うんだよ」

「いやぁ、それで良いだろ」


 それでもなお暁人がはっきり告げると、莉央は目を丸くして口をつぐんだ。


「別に他の奴らだって、友達とはしゃいだりオタ活したり、いつもとやってること変わんないよ。それをやるのが、家や学校じゃなくて、ここだっていうのが大事なんだろ。友達とワイワイやるのが修学旅行の楽しさってわけじゃない。まぁ俺はワイワイやりたい派だけど」


 莉央は、反論してこなかった。顔をしかめてはいるが、不機嫌というわけではなさそうだ。言われたことを反芻して、自分の中の価値観と答え合わせをしているようだった。

 暁人はショルダーポーチを開いて、中からメモ帳と鉛筆を取り出す。


「使う?」

「いらね。持ってる」


 莉央は腕を組み、本宮を見上げている。どうやら、答えは出たようだ。


「じゃあ飛鳥馬、俺、ノセさん達のとこ行くから。よかったらあとで絵見せてよ」

「気が向いたらな」


 そう言いながらも、莉央の口元は少し緩んでいる。


「そうだ班長」

「ん?」

「おみくじ、アタシの分も頼む」

「わかった」


 暁人は笑って駆け出し、本宮に連なる石段を昇っていった。

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