第10話 一ノ瀬静乃の告白
「私、高校中退してるんですよ」
「うん」
その話は聞いたような気もしたが、まさかそれがそんな昔のことだとは思わなかった。
「一時期引きこもって、その後仕事を始めて、それでしばらく経って気づいたんです。私、普通の高校生っぽいことというか、青春っぽいこと何もしてこなかったな、って」
「それで高校に入学を?」
こくんと頷く静乃。
さすがに思いっきり良すぎないか。
そうはならんやろ、とも思ったが、事実目の前には高身長アラサー女子が高校の制服を着て座っているのだ。なっとるやろがい、と事実を受け入れるしかない。
調べ物や整理、片付けなどの作業でやたらと手回しが良いのも、社会人経験がものを言っていたのだろう。そういえば東京に行ったことがあるとも言っていた。何かにつけて、人生経験の差というのは滲んでいる。
改めて静乃の顔をまじまじと見つめてみる。肌もきれいだし、髪つやも良い。年齢を感じさせないと言えば、そうだ。
さすがの暁人も、これくらいの年齢の女性とまともに話した経験がない。年上ウケはいいほうだという自覚はあるものの、単に年上という言葉で済ませるには少しばかり開きすぎている気もする。「若く見えるね」とかいうのは、逆に失礼だったりするのか?
「あの……」
「ん?」
さすがに見すぎたかな、と思ったが、静乃が切り出したのは別の話だった。
「浅倉くん、ヒいてませんか……?」
「まぁ……気づいていたしなぁ」
気づいていたというのは嘘であるが。
「だとしても、ヒいてませんか……?」
「うーん、まぁ、強いて言うなら……」
暁人は少し考えこんで、正直なことを言った。
「今までは似合ってると思ってた制服姿が、実年齢知るとなぜか不自然に見えてくるから不思議だね」
「かはっ……!」
静乃は血を吐いて倒れた。
まぁさすがにびっくりはした。
ただ、「青春っぽいことをしてこなかったから、もう一度高校に通う」というのは、暁人にとっては理解できすぎる行動原理だ。暁人は、たまたまその気になったのがちょうど中学・高校の頃だっただけで、同じ気持ちに同じ年齢の時になっていたら、もしかしたら同じことを考えていたかもしれない。と、思う。
ここまで思い切りよくなれるかは、わからないが!
「それに、俺は青春を楽しもうとする人の味方だ」
「少し安心しました」
よろよろと立ちあがる静乃。
ま、いいか。と、暁人は思った。別に静乃が何歳だろうと関係ない。今まで通りに接するだけだ。
しかし、彼女の秘密は見当違いだった。だとすると、エルナの正体は残りの3人の中にいることになる。
飛鳥馬莉央、加藤浩子、藤崎麗。
個性派揃いだ。
「浅倉くん? 難しい顔してますよ?」
「ん? あ、あー……」
暁人は少し考えてから、今後のことをシミュレーションしてみることにした。
もうすぐ、修学旅行が始まる。班員たちとは基本的に同じ行動をするが、宿泊先ではそうもいかない。当然だが男女別室。暁人はクラスメイトの適当な部屋に割り振られ、残る女子4人は同室になる。静乃なら、暁人では気付けない部分にも気づけるかもしれない。
それにアクキーの返却にしたって、熱烈なファンである自分に手渡されるより、何も知らない静乃に返してもらったほうがエルナの活動への支障も少ないのではないだろうか。
「一ノ瀬さん、こいつは他言無用なんだけど……」
そう言って、暁人はポケットにしまっていたアクリルキーホルダーを、テーブルの上へと置く。
「これは……?」
首を傾げる静乃。暁人は、今自分に降りかかっている人生最大の難問について、彼女にわかりやすく説明した。
「な、なるほどぉ……」
静乃は話を真剣に聞いてくれ、深く頷いていた。
「浅倉くんは誰が一番怪しいと思ってるんですか?」
「一番の容疑者が今消えちゃったところだからなぁ……」
暁人は頬杖をついて考える。
「一ノ瀬さんだと思ってた。配信で調べ物頑張ったって言ってたし」
「みんなちゃんと調べ物してましたよ? それぞれの行きたいところには私より詳しいかも。だからあんなに喧嘩になったんじゃないですか?」
「全員が容疑者ってことぉ? でもなぁ……」
ヤンキー娘、飛鳥馬莉央。ツンケンした態度がエルナの印象とは程遠い。格ゲーで使用するキャラはエルナと同じ。
陰キャ娘、加納浩子。何かにつけてネガティブ思考で人をおちょくる感じがエルナっぽくない。ただしエルナは自称陰キャであり、ロコはエルナの名言を口にしたことがある。
ゴスロリ娘、藤崎麗。エルナは流暢な標準語を喋るし、他人を恫喝したりはしない。ただ、見た目の印象は割とエルナに似ている。
それぞれに対する私感を告げると、さすがに静乃も困ったような笑みを浮かべた。
「そりゃわかんないですね」
「そうなんだよなー……」
「でも、私にできることならなんでも協力しますよ!」
天使のような微笑みを浮かべる静乃。本当になんで彼女がエルナじゃないんだ。
「ありがとう。正直、味方がひとり増えるだけでも心強いよ」
「はいっ!」
相談相手ができるということで、暁人の精神的負担もだいぶ楽になる。そういう意味では、たとえ彼女がエルナでなかったとしても、最初に彼女を問い詰めたのは正解だった。
静乃は至近距離でにこにこ笑っていたが、途中、何かに気づいたようにはっと顔をあげ、距離をとる。
「……あ、でも仲良くなるのはやめておきましょうね!」
「そこ変わんねぇんだ!?」
静乃との共同戦線を結べたわけだが、課題は何もエルナの正体に限った話ではない。
三日目の伊豆の自由行動プラン、我らがあまりものアベンジャーズは提出期限をぶっちぎっていた。この日も放課後に臨時ミーティングが開かれ、昨日のジャンケンの結果を踏まえて西伊豆を巡るプランを立てる。その過程で、できる限り莉央の希望を聞こうという流れになった。莉央は資料をぱらぱらとめくって、良さげな場所を探している。
「おっ、ここなんかいいんじゃないか?」
横から資料を覗き込んでいたロコが、声をあげる。
「ああ? なんて読むんだこりゃ……ど、どひ……」
「
資料を見ずとも、ささっと予測をたててアシストする静乃。
日本では、佐渡の金山に次いで日本で2番目の産出量を誇ったらしく、江戸時代に流通した大判小判はこの金山で採られた金から作られたそうだ。現在は閉山し、観光地として整備されている。
静乃説明を聞き、莉央は顔をしかめた。
「なんか退屈そうじゃねぇか?」
「でもヤンキーって
「………」
「な、殴った! 無言で殴った!!」
莉央とロコのどつき漫才もそろそろ定番になってきたので、誰も止めなくなってしまった。
『土肥金山には、世界最大の金塊があります』
それまで黙っていた麗がスマホ越しに自己主張をする。
「あ、なんかそれニュースで見たことあるな」
暁人はしばらく前の報道を思い出す。確か7億円をかけて作られ、税金の無駄だと散々叩かれたが、世界的な金価格の上昇でその価値が22億まで上昇したという夢のある話だった。金塊も観光資源なのだから易々と売るわけにはいかないだろうが、何にしても景気のいい話だ。あれ、伊豆の話だったのか。
「へー、世界一か」
すると、莉央は少し機嫌が良さそうに笑う。
「いいね。何にしたって世界一ってのは良い言葉だぜ。金にゃ興味ねぇが世界一もデカい数字も大好きだ。ここ行こうぜ」
「すごいバカっぽい理由だな……」
「文句あるのか班長」
「ないよ。えーっと、土肥金山ならルートに組み込めるかな?」
暁人がそう言って地図を眺めると、静乃もしゅばっと立ち上がって地図にペン走らせる。
「ええと、
班員たちから「おお〜」という感心の声と、拍手があがる。少し得意げに胸を張る静乃。
以前の下田市を回るプランの時もそうだったが、効率的なルートを素早く導き出せるのも、もしかしたら社会人経験の賜物なのかもしれない。いや、ひょっとしたら独り旅をずっとしてきただけかも……。
考えすぎるとこっちまで寂しくなるのでやめよう。
「土肥金山への滞在時間はどれくらいにします?」
「そんな長くなくて良い。世界一の金が見てぇだけだし」
「いや、意外と面白いかもしれないから、一応1時間くらいは見ておこう」
ただの史跡と侮ってはならない。友達同士で資料館を回ると、妙なテンションになって記憶に残ることを、暁人は知っている。現状、この班が果たして「友達同士」と言えるのかはさておいて、暁人としてはそうなることを望んでいるわけだし。
かくして、あまりもの班の三日目のプランがほぼ完成した。
修善寺のホテルを発ち、御浜海水浴場へ。その後、土肥金山。昼食を堂ヶ島で取り、堂ヶ島マリンクルーズで天窓洞をはじめとした絶景を巡る。その後、伊豆・三津シーパラダイスでたっぷり楽しんだあと、修善寺のホテルへと戻る。8時間をフルに使い切った西伊豆堪能コースだ。
「うーん、良いね」
「美味しいご飯を食べる」以外特に希望のなかったはずのロコが、顎を撫でながら満足げに言う。
「気に入ったか?」
「うん。他の班の連中が行くような鉄板コースじゃないのが特に気に入った!」
ただの逆張りクソ野郎のようだった。
コース決めのあとも、決めることは山積みだ。たとえば、係の決定。そろそろ係ごとに個別の説明会があるので、決めておかないとまずい。こればかりは議論しても仕方がないので、ほとんどクジで決めた。生活係が莉央、保健係がロコ、乗り物係が静乃、レクリエーション係が麗だ。なんかもうクジで決めたことを後悔したくなるような分担になってしまったが、なぜかみんな妙にやる気を出してしまったので、決め直そうとも言えなかった。
その後、保健係の説明会でなぜか泣かされて帰ってきたロコをみんなで慰めたり、麗のスマホから流れる抑揚のない電子音声のせいで、ちっとも楽しく聞こえないレクリエーションの説明を受けたりしなければならなかった。
その間にもエルナの配信はあった。徐々に近づく修学旅行への楽しみを、抑えきれない様子が感じ取れた。
推し探しは遅々として進まず、しかしやることは多いのであっという間に時間は過ぎていく。
そして、暁人がアクリルキーホルダーを拾ってから1ヶ月が経ち、いよいよ修学旅行の日が訪れようとしていた。
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