第7話 旅行行くならどこがいい?
「なんて言うかさ、ミーティングの意義みたいなの、感じなくないか? 必要か? それ」
帰ろうとしていたロコを引き留めると、彼女はこちらがげっそりするような持論を展開し始めた。
ほんの少し前までのロコは「スンッ」とした表情で一人黙々と帰り支度を始めていて、憂いを帯びた美少女のようですらあったのだが。暁人たちが声をかけるやこれである。急に饒舌になり、ぺらぺらと喋りはじめた。
「修学旅行の予定なんて、そんな必死に決めることじゃないと思うんだよね。だいたいさ、ボクたちは旅行代理店の人間でもなんでもない、ただの素人、それも学生なわけ。そんな学生が頭を捻って伊豆観光のスケジュール組んで、ちゃんとしたものになると思うか? 時間が足りなかったり逆に余ったりさ、見通しが甘くてぐだぐだの旅行になって後悔するのがオチだと思わないか?」
「うるせぇ黙って来い」
「ひぃぃ! ヤンキーに拉致られる!」
莉央がロコの腕を掴み、強引に廊下を引きずっていく。
3組に藤崎麗の姿はなく、2組に加納浩子を呼びにきた結果がこれだ。どうにもロコは、何かとネガティブな意見を出す癖があるようだった。暁人にはあまり理解できないタイプである。修学旅行のことをくさしてばっかりな割に、行きたくないわけでもなさそうなのが、謎だ。
「ロコはなんで修学旅行に行きたいんだよ」
「………」
「おい、ロコ!」
「……えっ!? あ、あ! ボクか!」
どうやら自分から提案した割に呼ばれ慣れていないらしかった。ロコは暁人の問いにしばらく考えていたが、ずりずりと引きずられたままやがてこう言った。
「そうだな……。学校のイベントを全力で楽しまないのは損だと思ったから……って、いたぁ!?」
莉央のゲンコツが、ロコの脳天に叩きつけられる。
「なにすんだよ!?」
「いや、なんか腹が立った」
「うわぁん! ヤンキーに理不尽な暴力を振るわれたぁ!」
目の前でハードめなどつき漫才が始まってしまい、静乃がおろおろする。暁人も止めなければと思いつつ、一瞬だけ出遅れた。ロコの口にした理由が、エルナが配信で言っていたそれとまったく同じだったからである。
「(……いやいや、ないない。あいつは絶対にない)」
ただ、あのたまに調子にのってどつかれる感じが、ちょっとコラボしてるときのエルナっぽいなと思ってしまったのが、逆になんか嫌であった。
「いるじゃねぇか」
空き教室の扉を開けるなり、莉央が言った。後ろから覗き込んでみると、ゴスロリ娘が教室の中央で椅子に腰掛けていた。彼女は、静乃が用意した伊豆の資料を熱心に読み込んでいる。
藤崎麗は、こちらを振り向くなり不満を口にした。
「けぇのおせじゃわがなんぼまったとおもってら」
『来るのが遅いですよ。私がどれだけ待ったと思っているのですか?』
「ごめんごめん。飛鳥馬とロコを連れてきてたんだ」
麗も遅刻っちゃ遅刻なのだが、まぁそこを取り沙汰すのはやめておこう。面倒くさそうだし。
「へー。あんたがこれ調べたのか。やるじゃん」
「えへへ……」
莉央も机の上の資料に興味を示したようで、ロコを部屋の中へと放り捨てると、中央の机で観光地のことを調べ始める。静乃は照れくさそうに頭を掻いていた。
ロコは床に倒れ込んで「ぎゃん!」と悲鳴をあげた。
「なんかボクの扱い悪くないか!?」
「それが嫌ならもうちょっと協力的になろうな」
「ふん」
ロコは顔をぷいっと背けるが、やはり資料は気になるようで、ちらちらと視線を送ったりしている。誰も手をつけてない資料を渡してやると、ロコは顔をぱっと明るくした。
「な、なんだよ~。ボクのことす、好きなのかぁ~?」
「読まないんなら返せよ」
「読みますぅ……」
とりあえず、ロコについては何かと文句を言ったりディスったりするが、本音のところでは興味を持っているものにもそういう行動をしてしまうというのがわかってきた。どういう心境でそうなっているのかは知らない。ただ、おそらくすっぱい葡萄Lv100みたいなものだろう。
「藤崎は、どこか行きたいところあるのか?」
「………」
麗は顔をあげ暁人の方を見ると、こくんと頷く。スマホに何かを入力したり、吹き込もうとしたりしているが、なかなかうまくいかないようだった。
「資料見ていいか?」
助け舟を出すと、麗はいくつかのファイルから資料を取り出して、暁人へと手渡してきた。
「どれどれ。大室山、石廊峠……。お、これすごいな。天窓洞か。海からボートで行ける洞窟か。へぇー……!」
麗が提案してきたのは、どれもこれも風光明媚な景勝地だった。特に、絶景が愉しめる大自然がほとんどだ。
「自然の景色が好きなのか?」
クマのぬいぐるみを抱きしめ、こくんと頷く麗。
素直な態度を見せると、意外とかわいいものだ。見た目のイメージがエルナに近いだけあって、こういう様子を見ると彼女がそうなのかもしれないと思ってしまう。
『私の選択した観光地をコースに入れない場合、なんらかの手段であなたに激しい苦痛を与えます』
前言撤回。エルナはこんなこと言わない。
「今日はこんなところかな」
暁人は、地図にそれぞれの行きたい場所を書き込んでから、そう言った。
「次の班ミーティングまでに、優先順位みたいなの出しておいてもらえると助かるな。修学旅行まであと1ヶ月。良い旅行にしような!」
返事はなかった。大きな身体でちょこんと座った静乃が笑顔でパチパチと手を叩いているだけだった。
まぁ良いけどね。今回思ったより協力してくれたし。
この日はそれで解散となり、暁人は資料や地図を片付けにかかる。何も言わずとも、静乃は片付けを手伝ってくれた。のんびりしているように見えて意外と手際が良く、静乃はてきぱきと資料をファイルに戻していく。
「ありがとう一ノ瀬さん。みんなこの資料の食いつき良かったね」
「い、いえ……。浅倉くんがちゃんと意見をまとめてくれたからです」
「そこは関係ないでしょ。資料を集めたのは一ノ瀬さんで、みんなの意見をまとめたのは俺で、役割は別々だったんだし」
そう言えば、このあまりもの班も班長を決めなければならないのだが、もう自分でいいだろう。どうせ他の連中がやりたがるとも思えない。静乃は協力的だが、班長には向いていなさそうだ。
班長の仕事は班の引率はもちろん、宿泊先のホテルでの班長会議などというものもある。その日一日の班の行動などを報告するための場だ。こういうのは、圧倒的に暁人の方が向いているという自覚があった。
片付けが終わる頃には教室にも西陽が差し込んできて、長い影を作っていた。夏が近づくとは言え、さすがに18時を回ると陽も傾いてくる。
「でも浅倉くんがいて良かったです。私、ずっと青春っぽいことしたかったから」
そう言って、静乃は窓の前に立つ。彼女の大きな身体が、ひときわ大きな影を作った。
「夕日の教室で後片付けっていうのも、青春ぽくて素敵ですね」
「友達作ったらもっと青春っぽいことできるよ」
暁人が何の気はなしにそう言うと、静乃は振り返り、それから少しだけ困ったような笑みを浮かべる。
「それは……わかってるんですけど。でもやっぱり……」
「仲良くはしたくない?」
「……はい。その、ごめんなさい」
「謝るこたないけどね」
したい、したくないに関わらず、「仲良くなる」というのは結果だと思っている。
ただ、もし「したい」「したくない」の話をするなら、やはり仲良くはしたい。どんな問題児だろうとだ。もし、学校生活を全力で楽しむなら、一緒に楽しめる仲間は多い方がいい。だから暁人は、この班に推しがいるかもしれないという問題はさておいても、彼女たちのことをもっと知りたいと思っていた。
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