第6話 放課後ロスタイム
翌日である。授業のコマを使ってのミーティングはなかったが、暁人は各クラスの担任に話をして、放課後例の空き教室に集まるよう班員たちへと伝えてもらった。なんにしても三日目の自由行動の日程については、ある程度早めに詰めなければならないのだ。
なのだが。
「……来ないですね」
空き教室の中で、ぽつんと立ち尽くしていた静乃がそうつぶやいた。
「来ないね」
席に座ったまま頬杖をつき、暁人も頷く。
麗、ロコ、莉央。3人とも影も形も見当たらなかった。顔合わせの翌日からボイコットとは、実に良い根性をしている。素直にやってきた静乃を思いっきり褒めてやりたいくらいだった。彼女はそれを望まないだろうけど。
暁人は、改めて静乃を見る。
長身女性には2通りのタイプがいる。すらっとしたモデル体型が、むちっとした肉付きの良いタイプか。静乃は後者だ。横に広がるタイプの癖っ毛は、長めに伸ばしていることもあってボリュームがあり、全体的に柔らかそうな印象を与える。なんていうか、ふかふかしてそうだった。
「浅倉くん。私、伊豆の観光地調べてきました」
「えっ、まじで?」
静乃は、一箇所に集めた机の上に、ファイルを並べた。それぞれ観光地のウェブサイトなどがプリントアウトされ、地域ごとに分けてファイリングされている。真ん中にA3サイズに印刷した伊豆半島の地図を置き、視覚的にもわかりやすくなっていた。
「すごっ」
「えへへ……楽しみでちょっと眠れなくって……」
もう静乃が白羽エルナで良いんじゃないか?
人懐っこく笑う彼女を見て、暁人はそう思った。
「調べてみてわかったんですけど、バナナワニ園とか動物園とかは東の方に固まってて、水族館は北西の方に多いんですよね〜。どっちも行くのは効率が悪いかなーって……修善寺のホテルから出て、すぐに水族館の方まわれば、沼津まで行けるかもって思ったんですけど、でも8時間で複数回るくらいなら、じっくり見たほうが……な、なんですか?」
じっと見つめられているのに気づいて、静乃がたじろぐ。
「いや、一ノ瀬さん、なんでそんなに仲良くなりたくないのかなって……」
「き、気になりますか……?」
「なるでしょ。すごく仲良くなれそうな感じがするのに……」
「え、えぇ〜……」
静乃は少し視線を泳がせて、もじもじとした。身体は大きいのだが、動作のひとつひとつは縮こまって小動物のようだ。適当に話を流したそうではあったが、暁人の追及を免れるのは困難だと判断したのだろう。しばらくしてから、観念したようにこう答えた。
「いや、でも、私のこと知ったらドン引きしますよ。たぶん……」
「他の班員見た後でも?」
「あー、うー……そうですね。たぶん」
どうやら、言いたくない秘密を抱えているのは間違いなさそうだった。それが、「Vtuberをやっている」ということなのかはわからない。暁人にはわからないが、自身の活動を「ドン引きする秘密」だと思っている配信者もいるだろう。ただ一方で、白羽エルナの明るさはそういった自己肯定感の低さとは無縁な気もする。
「私、人間関係で高校一回辞めたりしてるので……。だから、す、すみません」
「いや、こっちこそ答えにくいこと聞いてごめんね」
「あ、でも謝らなくて良いですよ! 仲良くならないほうがいいので……!!」
そんな静乃の笑顔には、こちらも曖昧なスマイルで返しておく。
エルナの正体が静乃かはわからなかったが、それでも静乃のことは少しだけわかった気がした。当たり前だが、静乃には静乃なりの人生があって、悩みがあるのだ。あまりつついては彼女を苦しめるだけだろう。これは、仲良くなる・ならないに拘らずの話である。
「一ノ瀬さん、他の班員、呼びに行こっか」
「え、あ、は、はい。そうですね!」
2人きりの時間は、静乃に負担をかけそうだ。それに、彼女の頑張りを無駄にしないためにも、3日目のプランの話は進めておきたかった。
「あー……?」
教室まで行くと、飛鳥馬莉央はまだそこにいた。不機嫌そうに頭を掻き、こちらを睨みつけてくる。彼女の机は、他のクラスメイトの机から明らかに離されていて、彼女が2年5組の中で浮いた存在であることを雄弁に物語っていた。莉央が自分で離したのか、クラスメイトが離れていったのかまではわからないが。
退屈そうにスマホを見ているのかと思えば、莉央は机の上にノートを広げていた。まさか授業の復習でもしていたのだろうか。そんなキャラには見えないが。
「飛鳥馬、ミーティングの時間だ」
「かったりぃな。勝手に進めればいいだろ」
「勝手なこと言うなよ。一ノ瀬さんなんか、一人ですごいたくさん調べてきてくれたんだぞ」
「いや、その。私はその……」
後ろで大きな身体があたふたするのがわかった。
莉央は不機嫌そうに顔をしかめると、暁人を睨み、それから暁人の背後の静乃を睨む。
「……チッ。しょうがねぇな、行きゃあ良いんだろ」
お? 意外といいやつパターンか?
莉央はノートを畳みカバンに突っ込むと、面倒くさそうに立ち上がる。
この所作のひとつひとつは、白羽エルナに通じるところがまったくない。
しかし、エルナも意外と荒っぽいところがあるのは最近の格ゲー配信でわかってきている。感情が爆発し、台パンをしようとし、それをギリギリで押し留める自制心もある。それに、白羽エルナは甘いものが好きだ。
暁人は、莉央が口に加えているロリポップキャンディーを見ながら少し考え、彼女に尋ねた。
「飛鳥馬ってさ、スト6やる?」
「やってたらなんだよ」
「使用キャラは?」
「最近はマリーザ」
白羽エルナの使用キャラと、同じだった。
「(いや、まさかな……)」
暁人たちは、そのまま3組の教室へと向かう。廊下を歩いていると、すれ違った生徒たちのうち何人かが振り返って、ひそひそと話しているのがわかった。振り返ると、静乃が背中を丸め、縮こまるようにして歩いている。どうにも、悪目立ちしているようだった。そんな生徒ばかりでないとは言え、口さがない奴というのはどこにでもいるものだ。
あまり気にしないよう声をかけようとすると、それより早く莉央が動いた。
露骨に不機嫌そうな舌打ちをして、ひそひそ話をしている生徒たちを睨みつける。睨まれる心当たりがなかった彼女たちはギョッとした様子を見せ、そそくさと立ち去った。
「おー、いいやつポイント+1」
「あ?」
今度は暁人が思いっきり睨まれる番だった。
「す、すみませんなんか……。昔に比べると、いろいろ言われることも少なくなったんですけど……」
「なんで言わせっぱなしにしとくんだよ。胸糞悪ぃなー」
そう吐き捨てると、いかにもガラが悪そうにヨタヨタと歩き出す莉央。暁人は、もう一度振り返って静乃を見上げた。彼女は先ほどとは打って変わってにこにこしている。
「飛鳥馬さんも浅倉くんも、あまり私の身長のこと気にしないで話してくれるから気持ちが楽です。仲良くはしませんけど」
「おまえ変だよ」
ばっさりと言い放つ莉央。
「なぁ、そう思うよなぁ?」
暁人も追従するように頷いた。
静乃に比べれば、莉央の方がよっぽど普通に見える。確かに見た目はだいぶ恐ろしげなヤンキーだし協調性はないが、やることは筋が通ってるように見える。資料をがんばって用意したと言えば腰をあげてくれるし、その攻撃性を理不尽に振るうこともない。コミュニケーションは割と成立するタイプだ。
もしかしたら、他の班員も意外とちゃんとすれば話せるタイプかもしれない。
そう思っていた暁人の希望は、直後、粉々に打ち砕かれるのだった。
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