第4話 あの中にひとり、推しがいる
1時間目の終了を告げるチャイムが鳴ると、問題児たちはすぐさま席を立って教室を出て行った。正確には、真っ先にヤンキー娘の飛鳥馬莉央が出て行き、次にゴスロリ娘の藤崎麗、そして周囲を見回すフリをしながら、何度か暁人にちらちらと視線を送っていた陰キャ娘の加納浩子が出て行く。
最後に、長身デカ娘の一ノ瀬静乃が残った。
「浅倉くんは行きたいところあるんですか?」
「俺は割とどこでも楽しめるしなぁ。無難に海に行こうと思ってたけど、みんなビーチで楽しむって感じじゃないね。一ノ瀬さんは?」
初対面の女子4人と水着になることには、特別躊躇を覚えないのが浅倉暁人という男だった。
「わ、私は……バナナワニ園とか、水族館とか行きたいですね。あの、あと伊豆にはiZooっていう動物園があって……」
「生き物好きなんだ」
「はい! ……あ」
満面の笑みで頷いたあと、静乃ははっと顔をあげて飛び退いた。巨体に見合わぬ俊敏な動きである。
「そ、そうやって私と仲良くなるつもりですか!?」
「どうあっても仲良くなりたくないのか……」
「はい。なりたくないです」
正直、暁人としては修学旅行やそれに至るミーティングに備え、仲良くなっておきたいのだが。
「そ、それじゃああの失礼しますね」
先ほどまでのにこやかな態度はどこへやら。急にそっけなくなり、静乃も教室を出て行った。
「変なの」
ぽつりと呟く暁人。
麗、ロコ、莉央、みんな変わり者ではあるが、静乃も相当な変人だ。人と話すのには慣れていないようだが、意外と落ち着いている。何かと協力的で有効的だが、「仲良くなる」ことにだけはきっぱりと拒否反応を示す。人付き合いにトラウマでもあるのだろうか。昔、その大柄な体格をいじられて、とかは、なくはなさそうな話だが。
「仲良くは……なりたい……よなぁ」
せっかく一緒に修学旅行を回るんだし。これは静乃に限ったことではない。
ひとり残された教室で考えていると、不意に扉が開いた。
「浅倉くーん……おる?」
「お、委員長」
同じクラスの橘縁だ。おずおずと顔を見せた彼女は、どこかばつの悪そうな表情をしていた。
山岡教諭の話では、暁人をいちばん班に入れたがっていたのは彼女たちのグループだったらしい。だが、担任は「浅倉を班に入れるなら他の誰かを班から追い出さないといけないけど、どうする?」などとのたまった。みんな暁人と組みたくて言っているのに、入れたければ抜けろというのもひどい話である。
「ごめんね、私が抜ければこんなことには……」
「いや、そこまで気にしなくても……」
それに、彼女ではあの個性的なメンツを相手にするのは苦労しそうだ。癪な話だが、結局は「暁人をあまりもの班に突っ込む」という山岡教諭の判断が正しかったことになる。
「他のクラスの子はどう?」
「変な奴らだよ。悪い奴らじゃ……ない、と、思うんだけど……。どうだろうな、わかんないや。でもみんな修学旅行には来る気らしいよ」
「そか……。楽しくできそ?」
「全力で楽しむよ。えるーなもそう言ってるし……。まぁそれだけが理由じゃないけど」
推しVの名前を出すと、そこでようやく縁もくすりと笑った。
「へー、白羽エルナが?」
「学校のイベントは全力で楽しまないと損だよってさ」
なんでも白羽エルナの通う天界の高校も、もうすぐ修学旅行らしい。配信中、「楽しみだね」とか「いってらっしゃい」とか「修学……? 妙だな」とかのコメントが流れている中、「自分は修学旅行サボるつもり」というコメントをめざとく見つけたエルナは、はっきりとこう言ったのだ。
『普段はネガティブなコメントとか拾わないんだけど、これだけは言わせて!』
『学校のイベントは全力で楽しまないと損! ほんとに!』
『大人になったら旅行いくらでもいけるとか思ってるかもしれないけど、甘いと思うよ! 私のマネさんもね……』
その時、大絶賛のコメントと僅かな疑惑のコメントが流れる中、暁人は腕を組んで「推せる……!」と頷いていた。
暁人がエルナを推しているのは、彼女が個人勢の頃から「人生を全力で楽しむ」という目標を掲げているからだ。実際には「天使生」という言葉を使っていたが。暁人はかつてややマイナス気味の考え方をする少年だったが、活動開始直後のエルナを見て、思考を大きくプラスに傾けた。今では立派な陽キャである。友達もたくさんできたし、2年1組はめちゃくちゃ良いクラスになった。
なので、これくらいの障害や、山岡教諭の嫌がらせくらいで楽しむのをやめるのは、もったいないのである。
「浅倉くん、伊豆、いっしょのとこ行けたら良いね」
「そうだな。予定合わせられたら合わせる。ま、班員の希望が優先だけど……」
言葉の途中で暁人は縁のカバンのポケットから、ひょっこり飛び出しているアクリルキーホルダーの存在に気づいた。山岡教諭が持っていたのと同じものだ。
「委員長も羽友になったの?」
「はね……? え、あっ、これ?」
縁も、すぐに暁人の視線に気づいてアクキーを見せる。案の定、白羽エルナの個人制作アクリルキーホルダーだった。
「私のじゃないよ。この教室の前に落ちてたの。浅倉くんのじゃないの?」
「俺のはあるよ、ほら」
そう言って、シリアルナンバー2番のアクキーを自慢げに見せびらかす。
この教室の前ということは。出入りする時に誰かが落としたものだ。と言っても、ここは校内でもあまり人通りの多くない場所である。そもそもこのアクキー自体がファンクラブ会員限定のものだということを考えると、そうホイホイ持っている者が多いわけでもないだろう。山岡教諭のものだろうか?
「ちょっと見せてもらえるか?」
「あ、えっと、うん」
シリアルナンバーを確認する。山岡教諭のものなら、4桁番台くらいのはずだ。
縁からキーホルダーを受け取った暁人は、そのままぴたりと硬直した。
「……浅倉くん?」
「う、うそだろ……」
「どしたの?」
首を傾げてこちらを覗き込んでくる縁の肩を、暁人は思わず掴んで揺さぶってしまう。
「きゃっ」
「い、委員長! これが本当に教室の前に落ちてたのか!?」
「うん。そ、そだよ。それが……?」
動揺する縁に、暁人はアクキーを突きつけた。
「このキーホルダー、シリアルナンバーが0番なんだよ!」
「え、と……」
わかっていない。無理もないが。
だが、暁人は冷静ではいられなかった。
個人勢時代から、白羽エルナがBOOTHで販売していたナンバー付きのアクリルキーホルダー。その0番を所有しているのは、他ならぬ白羽エルナ本人だからだ。つまり、教室の前でこれを落としたのも、白羽エルナ本人ということになる。なってしまう。
暁人の最推しが、天使見習い兼天界女子高生Vtuberが、白羽エルナが、この学校にいる。
いや違う。
暁人が教室に入った時点では、落ちていなかった。1時間目のミーティングの間は、誰も教室の前を通らなかった。
つまり、このアクリルキーホルダーを落とすことができたのは、暁人が教室に入ってから縁が教室に入ってくるまでの間に、廊下を通るか、部屋を出入りした人物だけ。
一ノ瀬静乃。
藤崎麗。
加納浩子。
飛鳥馬莉央。
この4人だ。この4人だけなのだ。
暁人の脳は理解を拒絶したが、それでも、事実の羅列が導き出した真実には、向き合わざるを得なかった。
「あの中にひとり、推しがいる……!」
人懐っこい笑顔を見せながら「仲良くはなりたくないです」とのたまう長身娘。
口を開けば剣呑で暴力的な東北弁が飛び出すゴスロリ娘。
どう考えても友達ができる性格ではない乳デカ陰キャ娘。
攻撃的で排他的な態度が目立つヤンキー娘。
この中に!?
『天こーん。天使見習い兼天界JK白羽エルナでーす。配信はじめていくよぉ〜』
あの脳を溶かすような甘い声で配信する白羽エルナが!?
真実に耐えかね、暁人は思わず呟いていた。
「あ、ありえない……」
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