第3話 アベンジャーズ
部屋の明かりをつけても、雰囲気はどんよりとしていた。暁人と静乃もそれぞれ席について、改めて顔合わせが始まる。
「…………」
暁人は、陽のものである。
すべての陽キャがそうであるとは言わないが、少なくとも彼は複雑な悩みとは無縁であることが多く、人生を思いっきり楽しむことに長けていた。そんな暁人にとって、この重苦しい沈黙というのは、今まで経験したことがない類のものであった。
「えーっと、改めて自己紹介するけど」
それでもめげずに声をあげられるのは、暁人の持つ陽の力があってこそと言えよう。
「1組の浅倉暁人だ。修学旅行でみんなと同じ班になった。よろしくな」
「…………」
「…………」
「………チッ」
空気悪くね?
「あ、じゃ、じゃあ私も自己紹介しますね!」
席についてなおその巨躯が目を引く静乃が、ばびゅっと手を挙げた。
「一ノ瀬静乃です! 楽しい修学旅行にしましょう!」
ここだけ聞くとすごく良い子なんだけどな。
「でも、あまり私と仲良くしないでくれると嬉しいです!」
だからどういうことなんだよ。
静乃の意味不明な言動には、暁人も頭を抱えてしまう。しかしここでめげるわけにもいかなかった。黙り込んでしまった3人を見渡して、その中でかろうじて、意思疎通が可能そうな相手を探す。
陰キャ、ヤンキー、ゴスロリ。
わかりやすく個性的なメンツだ。
陰キャはさきほどからぶつぶつ何かを呟いていて、ヤンキーは目を合わせようとしない。
暁人はゴスロリに目を向けるが、彼女は言葉を一切発さない。全体的な色素が薄く、おとなしそうな子だ。子供っぽく見えたのは。静乃の巨躯を目の当たりにした直後だからだと思っていたが、そうではない。本当に小さいのだ。身長は140センチ前後といったところか。
他の二人に比べれば排他的ではなさそうだし、もしかしたら話を聞いてくれるかもしれない。
「よかったら、名前を教えてくれないかな」
暁人が微笑みかけると、ゴスロリ少女は少し躊躇うように視線を彷徨わせてから、ちょいちょいと手招きをする。どうやら恥ずかしがり屋のようだ。
暁人が近づくと、彼女は暁人に鈴を転がすような声で耳打ちをした。
「じゃんじゃんめぐさいなえんだがにせねばぶちゃげるど」
何を言ってるのかわからなかった。
「わのなぁふずさぐうららだじゃはんけわがだらかちゃくちゃくちゃべるでね」
なんとなく津軽弁に近い気もするが、正確ではない。様々な東北の方言が入り混じってるような感じがした。
暁人たちが暮らす道南からすれば、青森はお向かいさんである。港町へ出れば似たような言葉も飛び交うので、比較的東北訛りは理解できる方なのだが、彼女のそれは閾値を超えていた。
頭にクエスチョンマークを浮かべまくる暁人を見て、ゴスロリ少女はため息をつくと、スマホを取り出してもう一度同じ言葉を吹き込んだ。すると、スマホのスピーカーから流暢な標準語で、女性の声が流れ始める。
『ごちゃごちゃうるさいですね。良い加減にしないとブン殴りますよ』
「こわっ!? この子、こわっ!」
慌てて飛び退くと、ゴスロリ少女は再びクマのぬいぐるみを大事そうに抱える。
「浅倉くん、私、先生から名簿もらってます。この子は3組の
「ありがとう一ノ瀬さん!」
なかなか強烈だった。確かに、これはクラスで爪弾きにあうのもわかる。ゴスロリ少女あらため藤崎麗はクマを抱えたまま引き続きじっとこちらを見ているのだが、なんだか妙な緊張感が漂い始めている気さえした。
「無口なゴスロリで喋ると方言とか。はいはい、あざといあざとい」
目の下にクマを作った陰キャ少女は、吐き捨てるようにそう言った。
「彼女は2組の
「この子は名前めちゃくちゃ普通だな」
「はぁ!?」
この言葉が癪に触ったのか、いきなり立ち上がって噛みついてくる陰キャ少女こと加納浩子。立ち上がってわかったが、この娘、体格は小柄だが思いの外胸がでかい。
「名前が普通だからなんだって!? っていうか君の名前なんだっけ? 浅倉暁人? ふーん、まぁかっこいいじゃん。でもさ、っていうか名前にかっこよさって必要か? 流行に踊らされてイマドキ風の名前つけちゃうようなやつ。子供の方がかわいそうだよね。ボクだったらそんな名前つけないし。まぁ、別に結婚する予定とかないけどw 結婚って人生の墓場みたいなもんだしねw 恋愛に浮かされてるやつとか理解できないわー。高校生活って3年しかないんだよ? そんな短い時間を、性欲の錯覚なんかで棒に振って――」
とりあえず彼女がクラスで除け者扱いされている理由はよくわかった。
「わかった。よろしくな、加納」
「――待って!」
話を切り上げようとすると、加納浩子は手をばっと掲げて遮ってきた。彼女は梅干しを舐めたような顔をしたあと、しばらくの逡巡ののち、絞り出すように言葉を続けた。
「――できれば、ロコって呼んで欲しい……。ヒロコの、ロコで……」
名前にかっこよさは必要ということらしい。
「わかった。よろしくな、ロコ」
「ひぃぃっ、普通に呼んできた!? よ、陽キャこわっ!?」
全部に取り合っていると長くなりそうだ。暁人は、名簿を片手に秘書のように立つ静乃を見上げた。
「あ、はい。えっと、最後のひとりは、5組の
「………チッ」
名前を呼ばれたヤンキー少女から、再度舌打ちが飛んできた。
180センチ超えの静乃、140センチ程度の麗、小柄なわりに胸がでかいロコに比べると、彼女はすらっとしたモデル体型が目を引く。ヤンキー少女らしくややキツめな印象はあるものの、怜悧な感じの美人だ。特別、変なところもない。
「なんかもう、一周回って安心感あるな……」
「わかります」
後ろで静乃が頷いていた。
部屋に入った時は一番怖く見えたヤンキー娘が、なんだか今は一番話しやすそうにすら見える。
「名前なんかどうでも良いだろ。早く進めろよ」
「進行を待ってくれてる……。神か?」
「うぜぇ……」
飛鳥馬莉央は、げっそりとした声でつぶやいた。
とりあえず時間はかかったが、全員の所属と名前はわかった。よくよく考えてみれば、これだけ労力を使ってまだスタート地点にも立っていないという事実が、状況の厄介さを改めて感じさせる。暁人は、事前に山岡教諭からもらった資料を読み上げはじめた。
「えーっと、今回の修学旅行……。行き先は鎌倉・箱根・伊豆か。そもそも、みんな修学旅行来る気ある?」
最大の疑問だった。「修学旅行を楽しもう」と言っている静乃はともかく、他の3人はとうてい鎌倉観光を楽しむタイプには見えない。
「くだらないよね」
すると案の定、ロコが口火を切って喋り出した。
「だいたいさ、鎌倉とか箱根とか伊豆とか、チョイスが老人なんだよなウチの学校。内地に行けば喜ぶなんて教職員の考えが透けて見えるのが気に入らなくないか? 函館空港から羽田まで行って、そこからバスだっけ? 電車だっけ? よりによって横浜を通り過ぎるんだよ信じられるか? 行こうと思えば東京観光だって満喫できるのにさ。本当に退屈な旅程だよ」
「じゃあロコは当日休む感じか?」
「……い、行きます……」
「なんなんだおまえは!」
「ひい、陽キャが怒った!」
この鎌倉・箱根・伊豆コースは高校の伝統であるが、確かに生徒からは評判が悪い。修学旅行という名目がある以上、古都である鎌倉を巡るのはわからなくもないが、せめてそのあとは東京・横浜観光にシフトできないものかとは、多くの生徒が抱いている不満であった。一応、四日目に羽田へ向かうまでの間に、東京での昼食とショッピングの時間が設けられているが、時間も十分とは言えない。
学校側は、三日目の伊豆での自由行動こそがこの修学旅行のキモであると主張していた。修善寺のホテルから貸切のタクシーで出発し、丸一日、好きな場所を自由に観光することが許可される。行こうと思えば熱海や沼津まで足を伸ばせるし、美術館巡りや水族館巡りをしたって良い。自然を満喫するのもアリだ。蕎麦打ちや海釣りのアクティビティに手を出すというのもある。伊豆での自由行動は、調べ物をしたり計画を立てたりして生徒の自立性を育てる目論みがあるのだそうだ。
もっとも、事前に聞いていた感じでは、だいたいの班は伊豆シャボテン公園あたりに行き、伊東市で遅めの昼食として海の幸を堪能した後、タイムリミットまで宇佐美海水浴場で遊ぶらしい。結局のところは先輩が確立した黄金コースをなぞる生徒が大半になってしまっているのだ。
『私も行こうと考えています』
スマホから流暢な合成音声が聞こえる。藤崎麗の意思表示だ。
『あなた達と戯れ合うのは億劫ですが、修学旅行には行くつもりです』
「わー、一緒ですねー」
にこにこと笑っている静乃。そこは一緒だと喜んで良いのか?
すると、最後はヤンキー少女の飛鳥馬莉央だ。彼女はスマホに視線を落としたまま不機嫌そうな顔をしていたが、ちらりと暁人の方達を見ると、
「アタシも行く」
と、言った。
「み、みんな来るんだな……」
「あ? 文句あんのか?」
「いや、正直誰も来なくても驚かなかったというか……」
ほっとしたような、逆に面倒ごとを背負い込んだような、なんとも複雑な気持ちである。
本来はこのあと、3日目の自由行動について話し合うはずであったのだが、結局ここまでで時間のほとんどを使ってしまった。この議題は次回に持ち越しということで、この日、初顔合わせは終了となったのである。
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