第2話 仲良くしないとダメですか?

 何かの間違いではないか。


 翌日、暁人は動揺を胸に、朝一番に登校した。真っ先に向かうは職員室だ。ずんずん進んでいき、扉を開き、礼儀正しく『失礼します!』と叫んだあと、2年生の担任島でのんきにお茶をすすっていた担任の山岡教諭に食ってかかる。


「先生っ!」

「お? 浅倉じゃないか。風邪治った? そういや消防署が感謝状くれるってさ。先生も鼻が高いぞぉ」

「その件はまぁ、おいおい!」


 山岡教諭は、やぼったい眼鏡をかけた中年の男性教師だ。常にニコニコと笑みを浮かべており、捉えどころのない性格をしているが、口うるさい指導などは一切しないため、生徒のウケは良い。ただその分、気に入った生徒や仲のいい生徒に厄介ごとを押し付けたがるという悪癖があった。


 暁人は、山岡教諭に詰め寄り、彼にとっては喫緊の問題であるそれを言葉にした。


「先生! 俺が修学旅行の班で余ったって!」

「あぁ、うん。そのことか」


 ぽりぽりと頭を掻く山岡教諭。


「ど、どういうことですか?」


 それを知ったのは、昨日の夜のことだった。修学旅行の班決めは済んだはずだが、誰からも「うちの班に決まったよ!」とか「よろしくね!」とかのメッセージが飛んでこなかったのだ。不思議に思って共通のライングループで尋ねると、既読はいっぱいつくけど誰も返事をしてくれなかった。そんな中、『ごめんね』と言葉を切り出し、説明してくれたのが縁である。


 暁人は誰の班にも入らなかった。


 余った。


「誰も俺と班を組みたがらなかったんですか!?」

「ははは、そんなわけないだろう。みんな浅倉と同じ班になりたかったさ。ただ、浅倉ならどこでも仲良くできるから、他のグループに馴染めなさそうな人を優先して……」

「俺が余った、と」


 最後の餃子かよ。


 暁人は、春の球技大会の打ち上げを思い出した。皿に残り、誰も手をつけなくなってすっかり冷えてしまった餃子。あれが自分だ。


「でも結局俺、ドラ1指名されなかったんですよね?」

「まぁ……。橘たちは取りたがってたんだが……あのグループ、おまえを入れて6人だろう」


 いつも暁人がつるんでいるグループのことだ。男子3人、女子3人のバランスの良いグループである。


「修学旅行の班は5人なんだ。おまえか他の誰かが余るんなら、まぁおまえが余るのが良いだろうと」

「だ、誰がそんなこと……」

「先生が言った」

「おい!!!」


 暁人は思わず、山岡教諭の胸ぐらを掴み上げた。


「はっはっは。でも浅倉ぁ、おまえ昨日学校に来てたら同じこと言ったんじゃないか?」

「たぶん言いましたけど、他人に勝手に代弁されると腹立ちますよ!」


 はぁ、とため息をつく暁人。


「まぁ良いですよ。どこかの班に適当に入れてください」

「それはできないんだよ」

「どういうこと!?」

「3日目の自由行動では、班ごとにタクシーを借り切って移動することになってるんだ。定員は5人。これ以上増やせないんだよね」

「じゃあ、4人の班を4つにするとかさぁ!!」

「おお、計算早いなおまえ」


 だが、それでも山岡教諭は首を横に振るのだった。


「でもそうするとタクシーの台数が増えるだろ。予算オーバーしちゃうんだよね」

「ウチのクラス31人なのに計算おかしくない!?」


 その理屈でこのままいくと、暁人は班にも入れずタクシーにも乗れないということになる。なぜ、最初から1人余るようなタクシーの予約をしてしまうのか!


 だが、山岡教諭は焦った様子もない。


「まぁまぁ、大人を信じろ浅倉。大人の知恵ってやつを」

「だいぶ胡散臭いモンだと思ってますけど、まぁ聞きましょう」

「浅倉、31人なのはウチのクラスだけじゃない。2組も3組も4組も5組も、みんな31人なんだ」

「………まさか」


 暁人はその時理解した。大人の知恵の真髄というやつを。

 シンプルな算数の問題だ。31÷5は6、あまりは1。それが5クラスあるのだから、各クラスの余り物は合計5人。タクシーの定員=班の定員は5人。


 山岡教諭は、暁人の肩を叩いた。


「浅倉がみんなを纏めてくれれば、担任の僕の評価もあがる。しっかりやってくれ」


 暁人は、春の球技大会の打ち上げを思い出していた。

 カラオケボックスのテーブルがお皿でぱんぱんになってしまったので、ひとつだけ残ったおかずを、ひとつのお皿の上にまとめるのだ。


 すっかり冷え切ってしまったから揚げ、ミートボール、エビフライ、チヂミ。そこに並んだ冷めた餃子が、すなわち暁人だった。




 この日の1時間目は、ちょうど修学旅行に向けた班ミーティングの予定となっていた。そのため、暁人はホームルームが終わってすぐ、山岡教諭に案内され空き教室へと連れて行かれる。

 絶妙に居心地の悪い教室に居続けずに済んだのは、良かったのか悪かったのか。欠席裁判によって暁人を余り物に押し出してしまった罪悪感からか、普段よくつるむ友人の佐竹などは今にも死にそうな顔をしていた。何もかも山岡先生が悪い。暁人はさっさと「そんな深刻にならなくても良いって」と言ってやりたかったが、そんな時間も与えてもらえないのであった。


「先生、他のクラスの余った子たちって、どんな連中なんですか?」

「なかなか個性的な子たちだよ。わかるね? この場合の“個性的”の意味」

「まぁまぁ」


 クラスに馴染めず爪弾きにされた、とか、そういう意味だろう。


「一匹狼、変わり者、問題児。そういった連中の集まりだ。変人という点じゃ、浅倉も相当だけどね」

「失礼なこと言わないでくださいよ。俺のどこが変人だって言うんです」


 唇を尖らせていた暁人だが、前を歩く山岡教諭のペーパーボードに、見慣れたアクリルキーホルダーが揺れているのを見て顔色をぱっと明るくした。


「先生、そのアクキー!」

「ん? ああ、君の言ってたVの配信、先生もハマっちゃってねぇ」

「ファンクラブ限定のやつですよね。シリアルナンバー入りの。いやー、嬉しいなー。羽友が増えて。俺も持ってますよ。ほら、シリアルナンバー2番」

「先生が学生の頃は、クラスの一軍とオタク文化って程遠いもんだったんだけどねぇ。これも時代かぁ……」


 しみじみ呟く山岡教諭。白羽エルナのアクキーを自慢げに見せびらかす暁人は、指摘された“変人”っぷりの一端を、遺憾無く発揮していたと言って良いだろう。


「さて、浅倉。ここだ」


 教室の前までくると、山岡教諭は立ち止まった。


「ここですか」

「各クラスのあまりものが集まったアベンジャーズだ。君はキャプテン・餃子として、この個性的な仲間たちをアッセンブルしてほしい。わかるね?」

「そのつもりですけど、先生の言い方イヤだな……」


 山岡教諭は、ここから先についてくる気はないのだろう。手をひらひらと振っている。


 暁人は大きなため息をついて、教室の扉に手をかけた。


 がらっと扉を開けると、目の前には壁があった。高校の制服を着て、全体がたおやかな曲線を描いた壁である。それが壁ではなく、ひとりの人間だと気づくまでに、ほんの少し時間がかかった。


「うおっ……!」

「あっ、ご、ごめんなさい……!」


 暁人の行手を塞いでいた女子生徒は慌てて飛び退き、くるりと振り返って暁人を見下ろす。


「(でっっっっっ……!)」


 思わず口から出かかった言葉を、暁人は必死で飲み込んだ。


 そこにいたのは、いろいろとデカい女子生徒だった。


 身長180センチ超え……下手をしたら190はあるかもしれない。肉付きも身長相応に豊かで、制服をぱっつぱつに押し上げている。彼女はそんな身体つきを恥じるように、両手で身体を覆い、やや猫背の姿勢をとっていた。


「あ、あー……」


 一瞬呆気に取られてしまった暁人だが、小さく咳払いをして、片手をあげる。


「1組の浅倉暁人だ。君は?」

「よ、4組の一ノ瀬いちのせ静乃しずのです……。一緒に修学旅行回るんですよね。よろしくお願いします……」

「ああ、仲良くしてほしいな」


 そう言って微笑む暁人だが、目の前の長身少女・一ノ瀬静乃は少し戸惑ったように視線を彷徨わせた。


「あ、あの……」

「ん?」

「仲良くしないとダメですか……?」

「したくないの!?」

「は、はい。できれば……」


 いきなり面食らう暁人。後ろを振り返るが、当然のように山岡教諭の姿はなかった。


「できることなら、誰とも仲良くならずに、みんなで修学旅行を回りたいです。浅倉くん、よろしくお願いします」

「それで俺にどうよろしくしろって言うんだ……」


 一ノ瀬静乃があまりものになった理由が、なんだかわかった気がする。

 だが、あまりものアベンジャーズは彼女だけではない。暁人は教室の中に目を向けた。すると薄暗い部屋の中で(なぜか電気をつけていなかった)席につく、3人の人影の姿がある。人影を見る限り、3人とも女子生徒であるように見えた。暁人の学年は男子よりも女子の方が若干名多いので、そこまで妙な話でもない。


「なんで陽キャがこんなとこ来るんだよ……空気読めよ……」


 端っこに腰掛けた、目の下にクマを作った少女がぶつぶつと呟いている。


「かったりぃ……。早く終わらせてくれ」


 ロリポップキャンディーをくわえたヤンキー娘が、スマホをいじる手を止めてこちらを睨みつけてくる。


「………」


 3人目に至っては言葉を一切発さなかった。同年代とは思えないほど小柄で幼い容貌。ゴスロリ風に改造した制服。大きなクマのぬいぐるみを抱いてこちらをじっと見ている様子は、まるでフランス人形か何かのようだ。


 なるほど。確かになかなか個性的だ。


「どうですか? 浅倉くん」


 動きを止めた暁人の後ろで、やたらと弾んだ声の静乃が言った。


「みんな、すごく仲良くなれなさそうじゃないですかっ?」

「そんな嬉しそうな声で言うんじゃないよ」


 前途多難。


 多少の障害は持ち前のポジティブさでなんとかしてきた暁人も、流石にその言葉の意味を噛みしめずにはいられなかった。

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