優しくない雲《丙》
一口に雲と言っても優しい雲とそうでない雲とがいて、友人には見るだけでその区別がつくのだそうだ。とはいえ昨日はいきなり雹を落とされていたから、話半分に聞いておいた方がよかろうとは思った。
「あいつ、見るからに優しい雲のふりしてさ。許せんよなぁ」
つついてやる、と言って、友人は木の枝を拾い、どこかから長い梯子を借りてきた。銭湯の煙突に立てかけて上まで登り、そこからさらに梯子を伸ばし――で、どんどん登っていく。昼前から始めて、日が暮れかかる頃には、夕焼け空の中に突っ込んだ梯子の先が見えなくなってしまった。
無謀だ。だいたい登りきったところで、例の一見優しそうで厳しい雲が常駐しているとは限るまい。そのとき友人はどうするのか。何の関係もない雲をつつくのだろうか。止めた方がよかった気もするが、どのみち今から声をかけても、上空の友人には届くまい。
とはいえ、試しに一言声をかけてみる。
「お―――い」
返事はない。もう一度やってみる。
「お―――――い」
空に自分の声が昇っていくようで気持ちがいい。もう一度。
「お―――――――い」
「はぁ――――――い」
応えるものがあった。どきっとして空を見上げると、大きな鳥が上空を旋回している。どうも私の声に寄ってきたらしい。まずいまずいと案じていると、案の定、鳥の羽根が梯子に当たった。梯子はむなしく折れた。
やがて空の彼方から、友人が悲鳴を上げながら落下してきた。
さいわい落下地点に祭りの山車が休んでいたため、友人は膨大な花飾りの中に落下した。怪我はしたが、大事ではないとのことである。
「もう絶対、何があっても、二度と空に梯子で登ったりしない」
友人はそう言いながらも、まだ怒っていた。鳥が私の声に寄ってきたことは、まだ内緒にしている。
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