第37話:森での出会い

 この地域において森というのは基本的に領主の所有になる。場合によっては魔術師や大商人の所有する森もあるそうだけど、基本は領主のものだ。

 森は資源の宝庫だ。採取に狩猟、木材だって取れる。私の知るところでは、エルフに住んでもらって森の世話をしつつ、恵みを得ていることもあった。

 とにかく、森というのは経済的に非常に重要な存在だ。魔術機の発達で、食料の生産量が増え、生活水準が上がった現在では、昔ほど厳格に出入りを管理していないが、その点は変わらない。


 しかし、同時に森は危険な面も多く持つ。食い詰めた人々が野盗となって住み着いたり、魔獣が迷い込んだり。獣が人を襲ったり、畑に現れて荒らすこともある。管理者である領主に良識がある場合、森の治安に神経を尖らせなければいけない。


 そんな森の中で一番治安に問題が出るケースがある。

 それは、魔術師が住み着いた場合だ。


「…………」


 名無しの森。町の人々に「近くの森」と呼ばれるだけで、地名を得るほどの大きさでない森林に足を踏み入れて少したった所で、私は歩みを止めた。

 セルタ氏から教わった魔術師の古い工房を目指しているわけだが、そちらにちょっと近づいた段階で違和感を覚えた。

 森の一部、工房周辺と思われる地帯に結界が張られている。それも、何重にもわたって。


「…………」


 一言漏らしたくなるが、言葉を発するのは厳禁だ。音に反応し、私の存在に気づくかもしれない。

 心を静かに保ち、自分にまとわりつく感覚から、魔術の正体を分析する。

 結界の種類は三つ、人を遠ざけるもの、一定以上の魔力をもつ存在に反応するもの、人間の声を拾うための風属性のもの。

 やはり黙って正解だった。なにか一言発すれば、すぐに工房内の魔術師に接近を気取られていただろう。人間の音に反応する魔術は、簡単な割に効果的だ。


 とりあえず、私は魔術で自分自身の存在を隠した。以前、ミュカレーに来た時と同じく、結界に溶け込むよう魔術で自分を偽装するのである。体の周囲を魔力が覆っていき、周りから感じる違和感が減っていく。

 数分もしないで、私は三重の結界を避ける潜伏の魔術を構築。ついでに周囲に姿を溶け込ませる隠れ身の魔術もかけておく。


「……雑な魔術で助かったよ」


 音を拾われる心配がなくなったので、最初に漏れそうになった一言をようやく呟く。魔力反応の方はそもそも引っかかっていない。本能的に避けてしまった。

 こんな見習いにでも気づかれそうな結界を張るなんて、派閥抗争をしている魔術師とは思えない。それともわざとだろうか。自分たちの存在を知らしめ、他の魔術師が寄ってこないようにする。それなら納得だが。

 いや、もう一つ可能性がある。戦闘に自信がある魔術師だ。相手の接近さえ知れば、迎撃できる自信がある。この結界の作り主達――規模からしておそらく複数人だろう――からはそんな気配を感じる。


「敵対的な態度の魔術師の派閥か……」


 思わずため息が出そうになる。どう接触しても穏やかにいきそうにない。結界が張られたことだけ報告して、組合に帰った方がいいだろうか。新人としては、複数人の魔術師を相手にする危険を侵さず撤退するのは悪くない選択のはずだけれど。


 少し考えてから。私は方針を決めた。

 とりあえず、見てみる。

 見てから、次の行動を決める。『ミュカレーの書』の時と同じだ。それに、この森で魔術師達が何かしているのは間違いない。なにをしているのか正直気になる。


 決断した私は、ゆっくりした速度で再び森の中を歩く。結界以外にも魔術的な罠もあるかもしれないので、一応警戒はしておく。

 工房まではそれなりに歩く。一時間以上だ。その間、森の中には目印がいくつかある。

 薬草が採取できる草地。猟師が罠をしかける大木。錬金術の素材となるキノコの生える大岩。

 そして、木こり達の休憩小屋だ。


 それほど疲れる距離でも道でもないので、休憩小屋は通り過ぎようとしたところで、気付いた。

 中に一人、魔術を使って隠れている者がいる。

 なかなか見事な隠れ身の魔術だ。一応、森全体の気配を探りながら歩いている私が、近づくまで気づかなかった。離れた工房の方からは既に魔術師の魔力を感知しはじめているというのに。


 小屋の中にいるのは伏兵だろうか。

 だとしたら面倒だ。先に捕まえておこう。そう考え、隠れ身を使っている魔術師の魔力を詳しく探る。

 魔力は、生命や魂と深く結びついた力だ。多くの魔術師は、相手の魔力から実力を測る。実力者などは、魔力から体調を把握できるほどだ。


 そして、私の見たところ。隠れ身を使っている魔術師は怪我をしているようだった。


 怪我をして隠れている。考えられるのは、工房にいる魔術師たちと敵対している者だろう。


 ならば、事情を聞くのにちょうどいい。悪人でなさそうだったら、ついでに治療の一つもしておこうか。

 そう考えた私は、そっと休憩小屋の扉を開いた。音が立たないように魔術をかけて。おそらく、ここの音も監視されている。


 中には誰もいない。木材で作られた簡易的な小屋。床が土でないだけ上等と言った様子で、燃料代わりの薪が少し積まれているだけだ。

 しかし、魔術師が見れば違う。


「そこにいる人、姿を現しなさい。魔術師組合から調査で来たものだ。事情を聞きたい」


 部屋の隅、魔術で隠れている者がいる。魔力から察するにかなり弱っている。部屋に入って来た私を攻撃せず、やり過ごそうとしているのはその証拠だ。


「もう一度言うよ。私は調査を依頼されてきた魔術師だ。ここを監視する結界が気になるなら大丈夫。既にごまかせるように魔術を効かせたからね」


 返事がないのを気にせず、語りかける。一応、話せるように準備はしたのだけどな。


「あまり強引なことはしたくないんだ。あなたは怪我をしているようだから、治療して連れ帰りたいんだけれど」


 そこまで言ったところで、部屋の隅で魔術がとけた。

 誰もいなかった空間に、小柄な人影が現れる。

 隠れていたのは、子どもの魔術師だった。フード付きの外套、全身につけた魔術具。男女どちらかわからない、中性的な外見。見覚えがあるな。


「君は、以前会ったことがあるね。私の家具を壊した子だ」

「マナール……なんであんたがここにいるんだ」


 怪我で苦しそうに顔を歪めながら、かつて私の家に現れた少年が忌々しそうに言葉を口にした。

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