第36話:錬金術師セルタ

 一般的にミュカレーというと大障壁によって守られるヴェオース大樹境に隣接した都市のことを指す。

 しかし、地図上ではもう少し広い地域を示すらしい。都市の発展と共に街道沿いにできたいくつかの町、それと農村を含めた地域全体を指してミュカレーと呼ばれる。


 私が仕事で向かったのは、そんな地域の町の一つだ。

 街道に接続する大路、石造りや木組みの家々。それと周辺には広がる畑。それなりの高さの城壁。魔術機による文明の恩恵が行き渡っている以外は私の生きていた頃とそれほど変わらない町並みがそこにあった。


 魔術師組合に依頼を出した魔術師は、町外れに工房を構えていた。周囲を木々に囲われ、工房内に薬草園まで備えた小さな屋敷といった印象の良い建物だ。近くの城門から外に出れば森があり、そこで採取もできるらしい。

 贅沢に土地を使えるのがミュカレーとの一番の違いだな。

 そんな感想を持ちながら、私は依頼主の家のドアを叩いた。


「ようこそいらっしゃいました。セルタと申します」

「マナールです。登録したばかりの魔術師ですので、ご期待に沿えるかどうか」


 家に招かれ温かいお茶を入れてもらった後、にこやかに挨拶してから私はセルタ氏と握手を交わした。

 セルタ氏は三〇代に入ったばかりくらいに見える男性だった。気弱そうな目つきと無精ひげといった、どこでも見かけそうな雰囲気を持っている。しかし、よく観察すると体つきはしっかり引き締まっており、足元の靴などは頑丈そうな代物だ。錬金術に秀でているということは、素材採取まで自分でやるのだろう。

 魔力の方も体の内から相当なものを感じるので、かなりの研鑽を積んだ魔術師だと言える。


「いえいえ、受けてくれただけで十分です。観察して、手に負えないと判断したら改めて依頼を出せばいいのですから」

「錬金術を得意とされているようですね。かなりの腕前のようだ」


 室内の店に並ぶ素材や、霊薬を収めた瓶などを眺めながら言うと、セルタ氏は困ったように笑みを浮かべた。


「それほどでもないですよ。ヴェオース大樹境での採取品がなければ、大したものは作れません」

「あそこの品を扱えるだけでも相当ですよ。仕入れも大変そうだ」

「希少な素材は難しいですが、それ以外は冒険者がとってきてくれるんです。ミュカレーに住んでいればもっと良いものが作れるのですが、派閥抗争が激しすぎて」

「よくわかります。私のような新人に外での仕事を回されたのもそういった事情でしょうね」


 でしょうね、とセルタ氏は自分で入れた茶を飲みながら頷く。ちなみに私とセルタ氏、違うカップだ。あまり来客を想定している人ではないらしい。錬金術寄りな上に、研究者タイプな魔術師なのだろう。


「先に依頼の話をしてしまいましょう。話せる魔術師の方が来ると、すぐに横道にそれた長話をしてしまいますので」

「よろしくお願いします」


 どうやら、仕事に対しても真面目なようだ。なかなか悪くなさそうな人だな。


「僕がここに住んでいるのは先程話したとおりですが、一応、近くの森でも錬金術の材料が手に入りまして。よく売れる安価なものは、そこでの素材を使って日々の糧を得ているわけです」

「ふむ。そこに異常があったという話ですが?」


 組合で見せてもらった書類や地図は頭に入っている。城門を抜けた先にある森はちょっとした規模だ。変わった薬草の一つくらい生えていてもおかしくない。とはいえ街道沿い。しかも、町と隣接しているので治安も割といい場所だ。セルタ氏のみならず、周辺の住民もそれなりに出入りするだろう。

 魔術師が依頼を出すほどの異常が出るような場所とは考えづらい。


「実は、そちらで採取ができない状況になっておりまして。どうも、魔術師の団体が森に入り込み、何かをしているようです」

「こんな町近くの森に、魔術師が集まるような理由が?」


 問いかけるとセルタ氏は困ったような笑みを強くして頷いた。


「実は、森の中に古い魔術師の工房があるのです。もう誰も使っていない、打ち捨てられていた小さな施設なのですが。そこで何かしているのではないかと」

「他に気になるものはありますか?」

「いえ、それ以外は普通によくある森です。ヴェオース大樹境に近いので植生に若干似通ったところはありますが、魔術師が集まるほど珍しいものが採れた記録もありません」

「すると、魔術師は工房で何かするために集まっている可能性が高いですね」


 話は組合の記録とも一致している。古い工房については記載がなかったが、廃墟になって長いならそれも仕方ないともいえる。魔術師組合の記録はミュカレーとヴェオース大樹境に偏っており、周辺都市については割と資料が少ないとも聞いた。


「はい。魔術師達が工房で何をしているのか、見てきてほしいのです。僕は錬金術ばかりで実戦は自信がありませんし、とはいえ町の人々も怯えて森に入れない日々が続くと生活に支障が出るでしょうから」

「それで、行政よりも先に組合に連絡したと」

「魔術師が絡むと、役場も動きが遅いですから」


 派閥抗争が盛んなミュカレーでは、魔術師が絡むと役人の動きが悪くなるらしい。当然だろう。下手に関わると命の危険がある。

 魔術師には魔術師で対処する。そんな風潮があるというこの地域のことを考えれば、セルタ氏の行動におかしなところはない。


「わかりました。私が見てきましょう。古い工房とやらの詳しい場所を教えて頂いても良いですか?」

「はい。ちょっとお待ちくださいね」


 持参した地図を取り出すと、セルタ氏は慌てて近くのテーブルからペンとインクを持ってくる。

 大雑把な森が描かれた地図に詳細が書き込まれていくのを見ながら、私はまだ見ぬ森の中への想像を膨らませた。


 何らかの事件が起きていそうなことを除けば、お出かけは楽しい。ワクワクするね。

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