第35話:普通の依頼、受ける

 ミュカレーの書の処遇が決まって数日後、とりあえず一安心した私は魔術師組合に向かった。


「魔術師のマナールです。ちょっと相談があってきました」

「しょ、少々お待ち下さい!」


 入って受付で名乗ると、なんか奥のほうが慌ただしくなる。

 別室に通され、そこでお茶を頂いていると眼鏡の似合うお嬢さんが現れた。


「ひさしぶりだね、リエルさん」

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。まもなくベルウッド様もいらっしゃると思いますので……」

「……私は普通に依頼を受けに来ただけなのだけれど?」

「…………」


 リエルさんはじっと考え込んでから真顔で口を開く。


「メフィニス様からもたらされた例の書物の件ではないのですか?」

「いや、初耳だね。私は生活費を稼ぐため、仕事をもらいに来ただけだよ」


 私は全力で知らないふりをした。さすがはメフィニス、行動が早いな。早くも領主代理に話をつけにかかっているとは。


「左様でしたか。失礼致しました。どのようなご依頼をご希望でしょうか?」


 物凄くかしこまった態度だ。どの新人魔術師に対してもこういう感じなんだろうか。


「普通に新人魔術師向けのものをお願いしたいかな。一応、普通に扱って欲しいんだけれど」

「それは無理……いえ、承知致しました。普通の依頼ですね」


 そういってリエルさんは退室した。その間、私はお茶をいただく。なんだかとても美味しいな。良いものかもしれない。

 しばらくして、ちょっとリエルさんが戻ってきた。ちょっと顔に疲れが見える。組合の仕事は激務なのだろう。


「お待たせ致しました。こちらなど、いかがでしょう?」

「ふむふむ……。へぇ、錬金術が得意な魔術師か」


 錬金術は金属や薬剤を中心に扱う魔術師の総称だ。

 大昔は魔術師と分けて考えられていたけれど、今は魔術の一部となっている。ちなみに、魔術によって金を作り出すことは可能だけれど、割に合わない。同じ量の金を買った方が早いくらい時間とお金がかかる。

 錬金術師の仕事は魔術具や霊薬の調合。依頼に応じて個別の対応をしてくれるのが魅力だ。


「はい。ミュカレーからそう離れていない町に住んでいます。周囲の森に異常があり、採取に影響が出ているから調べて欲しいとのことです」

「割と大雑把な依頼だね」

「詳細は現地で本人から、とのことでした。経歴を見たところ、錬金術専門で戦うことが得意でないようです。ですので、派閥争いが激しいミュカレーから離れて活動しているのではないかと」

「でも、遠くには行っていない、か。この町の近くに住んでいる方が、錬金術はしやすそうだしね」

「仰る通りです。ヴェオース大樹境からもたらされる品は錬金術を使う上で欠かせないとか」


 魔術師でないのにリエルさんは物知りだ。頼りになる。

 報酬を確認。うん、悪くない。節約すれば二週間くらい暮らせそうだ。

 こうした基礎的な依頼をこなして、少しずつ収入を増やしていつか工房をリフォームする。そんなふうに段階を踏んで生きていくのは楽しそうだ。


「じゃあ、この依頼を受けさせてもらいます。出発は明日以降で良いですか?」


 そういうと、ほっとした様子のリエルさんが依頼書と同じような書類を出してきた。受諾書ということで、署名欄がある。


「依頼の受諾書です。他に必要なものがあれば言ってください」

「じゃあ、目的地までの地図や周辺の情報が欲しいかな」

「承知致しました。後ほど、お渡し致します」


 和やかに依頼の受諾が終わろうとした時、ドアが開かれた。


「これはベルウッド様、そんなに慌ててどうしましたか?」


 入ってきたのは、全身に汗をかいた領主代理だった。無理して走ってきたんだろう。膝への負担などが心配だ。


「マナール殿! 今日はどのようなご用件で!? ミュカレーの書のことかな!?」


 物凄い剣幕だった。


「いや、普通に依頼を受けに来たところだよ。もう終わる」


 依頼書を見せると、上から下まで穴が空くように読み込む領主代理。鬼気迫るとはこのことだ。私が依頼を受けるのはそんなに大事なのだろうか。


「……そのようですな。ところでメフィニス殿から『ミュカレーの書』なるものを見せられたのですが、覚えはないですか?」

「なんのことやら。たしかに私は工房には入ったけれど、何も見つけられなかったよ」


 私は知らないふりをした。この件に関してはメフィニスに任せてある。下手に肯定して話をややこしくしたら、彼女の仕事を台無しにしてしまいかねない。


「…………そういうことにしておきましょう。それで、この依頼にはどんな裏があるので?」


 物凄く納得していない表情で聞かれた。


「いや、普通にリエルさんから貰った依頼を受けただけだけれど」


 ばっと音が聞こえそうな勢いでリエルさんを見るベルウッド領主。リエルさんは物凄い勢いで首を縦に振った。


「そ、そうか。ならいいよ。彼女はとても優秀でね。きっと、安全な依頼を回してくれたはずだよ」

「はい。新人魔術師向けの危険度の低い任務です」

「それは助かる、今後も頼りにさせてもらうよ」


 そう答えるとリエルさんが固まった。なんだろうか。普通にお礼を言っただけなのだけれど。


「話はこれで終わりかな。失礼させて頂くけれど」


 二人の許可を得て、私は退室した。


 帰り際、ベルウッド領主が「今度は何が起きるんだ……」と震え声で言っているのが聞こえた。失礼な。まるで私が動く度に何か起きるみたいじゃないか。普通の依頼を受けて、普通に生活したいだけだというのに。

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