第34話:大変なもの、大変なこと
大変なものを見つけてしまった。本当にどうしようか。
言うまでも無く、私の師匠、ミュカレーの遺した書物、『ミュカレーの書』の処遇である。
大障壁内の工房で嘘をついて家に持ち帰ったものの、改めて読んだ上で頭を抱えることしかできない。
大魔術師ミュカレーが遺したのは、強大な魔術を記した魔術書では無く、ヴェオース大樹境の詳細なレポート。
これがただの旅行記だったら良かったのに、あまりにも内容が危険すぎる。
魔術師や権力者が見つけたら悪用し放題な代物がそこらじゅうに記載されているのだ。
それだけじゃない。ドラゴンを始めとする危険な魔獣の巣についても書かれている。多くは休眠中だったり、師匠が封じたりしたようだけど、これが動き出すのも危ない。
ミュカレーの書は約二百ページ。その内容の殆どが、そんな危険極まりない場所やものについてだった。こんなに心安らがない本はなかなかないだろう。
「……本当に、行かなきゃ良かったな」
お気に入りのテーブルの上でパラパラとページをめくりつつ、そっと呟く。
この町で魔術師になった者の慣例だからと師匠の工房に行ったのが判断ミスだった。完全に罠だ。それも私専用の。あれは私が訪れたら自動的にあの場所に辿り着かずにいられない。そういうものだ。完全にはめられた。
仮にミュカレーの町でこの本に書かれた何かの関係で災害が起きたとき、もう他人事として片付けられない。
知らなかったならいい。それは仕方ない。
しかし、今の私は知ってしまった。しかも、対処できる程度の余裕がある。
余裕のある範囲で人助けせよ。師匠の教えだ。無理をしない、良い考え方だと思う。
ここは前向きに考えよう。師匠のおかげで、この町に起きる災害を未然に防ぐことができるかもしれない。そういう方向だ。
そうなると、どう動くかが問題だ。
いくら私でも二百ページを超えるこの内容全てに対処するのは不可能だ。
唯一ある手段として、ヴェオース大樹境を崩壊させるというものがあるが、それは同時に大樹境の利益で生きているミュカレーの町が滅びることになるので、選択できない。
すると、次にできる手段は協力者を頼ることだ。
幸い、私はこの町に来て何人か頼れる魔術師と出会っている。
彼らに相談すべきだろう。そして、ミュカレーの書を上手く使って状況をコントロールできるような仕組みを整えることが必要だ。
そう結論を得た私は、椅子から立ち上がり部屋の外に出た。もちろん、ミュカレーの書は懐に忍ばせて。
○○○
「二人とも集まってくれてありがとう」
「なに、すぐ隣ですから気にしないでくだされ」
「マナール様から声がかかればすぐに飛んできますわ」
こういう時、私が相談できる魔術師といえば、メフィニスとアルクド氏しかいない。大事な相談があるとアルクド氏に言ったら、その日の夜には二人とも家に来てくれた。
「実は、『ミュカレーの書』を見つけたんだ」
「…………」
そう言ってドワーフ製のテーブル上にミュカレーの書が置くと、二人とも目を見張って絶句していた。
「あの、中身を確認してもよろしいですかな?」
「どうぞ。私はもう読んだから気にしないで」
たしかに真贋の判定はしたくなるだろう。私がどれだけ本物だと言っても中身が伴っていなければ説得力がない。
「では、師からどうぞ」
「魔術師たちが血眼になって探した書物がこうもあっさり出てくると複雑な気持ちですわね」
そう語りながら、メフィニスが丁寧な手つきでページをたぐっていく。
「……少なくとも、年代的にかなり古いものではあるようですわ。いきなり古代ドワーフ族の遺跡とか信じられないことが書いてありますけれど」
そう言いつつ優雅な所作ながら、かなりの速度で読み進めていく。口調は穏やかだが、目は真剣そのものだ。
「マナール殿、この書はどちらで?」
「ミュカレーの工房に隠されていたよ。魔術師組合には悪いけど黙っておいた。内容が内容だったからね」
「アルクド、このあたり、お読みなさい」
「儂がですか?」
メフィニスが開いたページを見て、本を持つアルクドの手が小刻みに震える。
「こ、これは……。儂が探し求めていた魔石『空の雫』が手に入ると? いや、魔獣の巣な上に、採取には日時が決まっている……これは真なのですか?」
「私は、これは本物だと思っている」
なにせ、筆跡が本人のものだからね。
「マナール様の仰ることですもの、間違いないでしょう。真贋を判定にするためには、内容をいくつか確認すれば良いでしょう」
「ちょっと確認にいっただけで死人が出るようなことばかり書いてありますが……」
「実力があるものが行けば問題ありませんわ。さて、これが本物だとして、マナール様はいかがされますの?」
メフィニスは私をたててくれるのは嬉しいけど、内容の確認は必要だろう。師匠が嘘を書くとは思えないから、過酷な話になる。そしてとても大変だ。量が多すぎてここにいる三人では対処できない。
「その相談をしたくて来てもらったんだ。私が信用できる魔術師の知り合いは二人だけだからね」
「マナール様……」
「…………」
うっとりしたメフィニスを微妙な顔をしてアルクドが見つめていた。彼からすると別人すぎて慣れないんだろう。魔術師として歪む前はこんな性格だったのだと思う。魔術印の維持で睡眠も足りていなかったろうから、攻撃的になっていたのかな。
「案はあるんだ。私はこれを、写本を作って魔術師組合などに公開しようと思う」
ずいぶん悩んだが、それがいいと思う。魔術師組合、冒険者組合。ヴェオース大樹境に関わる団体にこれを預け、依頼用として活用してもらう。ハイリスク・ハイリターンになるが、挑むものはいるはずだ。
「いや、危険すぎますぬか。世間に公開すると余計な混乱を招く恐れが……」
「いえ、悪くないかもしれませんわね。マナール様は、危険をミュカレーの者に排除させようとしているのでしょう?」
「うん。そうだ。ここから本当に危ないページを抜いた写本を渡してね。しかるべき場所に配布するんだ。なんなら魔術師の派閥に配ってもいい」
理想は『ミュカレーの書』攻略が、この町の魔術師や冒険者の目標になることだ。街に活気が出るかもしれない。犠牲も増えそうだけれど、そこは何もしなくても出るものなので、ある程度納得するしかない。この計画のメリットは、危険を事前に排除できることにあるのだから。
「儂は魔術師組合に伝手はありますが、そういうのは師の得意技ですな」
アルクド氏が言うと、メフィニスは得意げに微笑む。
「はい。ここはわたしの腕の見せどころですね。さしあたって、有能だけど可愛そうな領主代理に頑張ってもらいましょうか」
物凄く深い闇を感じさせる笑みをうかべ、ククク、と笑うメフィニス。案外、本質的なところは変わっていないのかもしれない……。
「では、メフィニス、お願いできるかな。私では、この件は上手く対処できそうにない」
「はい。おまかせくださいませっ」
花が咲くような笑顔とともに、元『万印の魔女』メフィニスは、面倒そうな仕事を受けてくれた。
◯◯◯
『ミュカレーの書』の対応について細かい打ち合わせをした、数時間後。
アルクド氏と私が写本の作成。メフィニスがその間に各所の調整ということで決まり、客人二人は我が家から去った。
一通り片付けをして、一息つく。
それから、ローブに手を入れて、懐から古びた紙切れを十枚ほど取り出す。
これは、『ミュカレーの書』の一部だ。それも、私が読んで最も危険と判断したヴェオース大樹境の深淵。
あの二人にも見せるべきでない、一番危険な災害についてのページだけは個人的に独占させて貰った。
「これだけは、私がやっておこう」
二人にはああはいったけれど、見逃せないものは見逃さない。
この町で普通に暮らす上での障害は、地道に排除させていただく。
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