第38話:翼竜の宝珠

 少年の名はファクサルと言った。派閥『探求の足音』に所属する魔術師を師に持ち、日々研鑽を積む見習いだ。

 かつて、私の部屋に現れて家具を壊した不届き者だが、それも派閥からの命令だったらしい。見習いにしては強硬的な手段に出てきたが、有望な魔術師を派閥に入れるために必死だったとのこと。

 というか、どうも、ファクサル少年の師匠は女性で、いいところをみせるために先走ったようだ。話の節々から、そんな情報が読み取れた。あの通信魔術、声まで変えていたんだね。男性だと思ってちょっと強めにやってしまった。まあ、いいか。失礼だったし。


「それで、あの森で派閥抗争をしていたというわけだね」

「抗争じゃない。向こうが一方的に襲ってきたんだ」

「それを抗争というんだよ」

「…………」


 私達は現在、宿の一室にいる。ファクサル少年を見つけた私は、その場で話を聞くのは危険だと判断。隠れ身の魔術を駆使して、森を離脱した。

 その後、仕事中の滞在場所として組合が用意してくれていた宿に戻って、事情を聞いているというわけだ。


「ほんと、あんたに関わってから碌なことが起きない。というか、なんで涼しい顔して僕を連れて脱出できるんだ? あの小屋だって監視されてたはずだけど」

「ああ、三人ほど魔術師が見ていたね。わかりやすいから避けやすかったよ。それと、私が君たちに積極的に関わった事実はないから、そこは勘違いしないように」


 あれは一方的に絡まれたので、相応の対応をしただけだ。


「お互い因縁はあるが、そこは水に流して事情を聞こうか。私は仕事でここに来ていてね。あの森で魔術師が起こしている異変をどうにかしなければいけない」

「じゃあ、お師匠様を助けてくれるのか!?」

「それは君の話次第だね。今の時点で、情報源として連れて組合に戻ることもできる」


 新人魔術師なら、そちらの方が対応としては普通だろう。単独で魔術師の派閥抗争なんて介入できない。組織には組織を、だ。

 それはそれとして、私はファクサル少年の師匠たちが何をしていたか興味がある。なので詳しいところは聞いておきたい。


「頼む……お願いします。お師匠様達を助けてください。もし助けてくれるなら、ボクにできることなら何でもしますからっ」


 椅子から立って、深々と頭を下げるファクサル少年は必死だった。声が少し震えている。きっと、本当に師のことを敬愛しているのだろう。私を勧誘した時の手段はいただけないが、『探求の足音』という派閥は彼にとって悪くない場所なのかもしれない。


「もったいぶっているわけじゃないんだ。状況を聞いて、私に対応できるかどうかを判断したいだけだ。それと、何でもしますっていうのは、あまり口にしない方がいいよ」


 出会った時のイロナさんも言っていたな。あまり、自分を相手に丸投げするようなことは言うべきじゃないと思うんだけど。それだけ切羽詰まってるということは理解できるが。若者というのは極端でいけない。


「ボクたちは、研究をしたかっただけなんです。ヴェオース大樹境で『翼竜の宝珠』という魔術具を見つけたので、それを解析……」

「なんだって? まさか手出ししたのかい!?」

「い、いえ、まだ何もしてません。何重にも結界を張って、建物を補強して。これから何年もかけてじっくり調べるつもりでした」

「そうか。それなら良かった」

「知ってるんですね。制作者の割のマイナーな魔術具なのに」

「まあ、私もそれなりの知識があるからね」


 そう、それなりの知識がある。『翼竜の宝珠』はミュカレーの書に載っていた魔術具だ。その効力は発動すると翼竜、つまりワイバーンを呼び寄せるというもの。

 用途としては、呼び寄せたワイバーンに精神操作の魔術をかけて、自在に操るためだとされている。

 ワイバーンは腕を持たない翼と足だけの小型のドラゴンだ。いや、ドラゴンの亜種だったか? 別種の魔獣だっていう議論もあったな。……とにかく、見た目がドラゴンっぽいから翼竜とされている魔獣だ。

 本物のドラゴンには及ばないが強さは十分、飛行能力に優れ、数も多いことから、利用する魔術師は多い。

 それを呼び寄せる『翼竜の宝珠』は大変便利な品物に思えるが、この魔術具の特殊性はその存在にある。


 『翼竜の宝珠』は空に浮かぶ『星の道』を作り出した、第七属性に至った大魔術師の作品だ。つまり、宝玉そのものに、大魔術師の技術が注ぎ込まれている。

 通常、魔術具にはどこかに魔術陣が刻まれており、それを起点に魔術が発動する。

 しかし、『翼竜の宝珠』にはそれが見られないらしい。魔力を通すと、透明な水晶の中で魔術が発動する。水晶内には魔術陣が見られないにも関わらずだ。

 ミュカレーの書の著者、私の師匠は、魔術陣とは別の技術で宝玉に魔術を封じていると推測していた。例えば、呪文の詠唱のように魔力に影響を与え、魔術として成立する何かを宝玉に埋め込んだのだと。あるいは水晶そのものが呪文なのかもしれない。


 派閥『探求の足音』が研究しようとしたのは『翼竜の宝珠』のその部分だろう。


「貴重な第七属性の魔術師の遺産です。だから、ボクたちは細心の注意を払って研究するつもりでした。でも、奴らが……『真実同盟』の連中が突然襲ってきて。皆、捕まってしまって」

「『真実同盟』か。最近よく聞くな。彼らもまた、『翼竜の宝珠』を調べるつもりに見えたかい?」

「はい。でも、結構荒っぽい連中で。お師匠様たちが止めるのも聞かずに、無理やり手出ししようとしていました」

「…………彼らは本当に魔術師なのかな?」


 魔術師というのは、魔術に対する知識と慎重さを備えていなければならない。一歩間違えれば、自分をあっさり殺すような技術が魔術だ。それゆえに、適切な振る舞い方というものがあり、駆け出しの頃から叩き込まれるはずなんだが。


「あいつら、『真実同盟』の中でも武闘派っていうやつで。ヴェオース大樹境で暴れてる一派です。なまじ戦えるから、気が大きくなっているみたいでした」

「魔術具の研究は戦闘とは分野が違うと思うんだが……」


 事情はわかった。これは非常にまずい。『探求の足音』はともかく『真実同盟』の連中は貴重な魔術具を丁重に扱う気がないようだ。そして、結果的にそれで災害が引き起こされる可能性が高い。

 今回の場合は、町へのワイバーン襲来だ。それも群れで。

 知名度は低くても大魔術師が作った魔術具だ。うかつに手出しをして暴走させれば、ヴェオース大樹境からワイバーンがどれだけの規模で飛来するか想像もつかない。


「ところで、君達は研究主体の派閥みたいだけれど、どういう敬意で『翼竜の宝珠』を手にれたんだい?」

「なんか、最近、宝玉のある辺りを管理してた魔術師が撤退したみたいで。『万印の魔女』なんですけどね」

「…………」

「どうかしたんですか?」

「いや、事態は深刻だなと思ってね」


 どうやらこの一件、私の手で解決する必要がありそうだ。それも早急に。

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