第32話:本気の嫌がらせ
室内に懐かしい声が響く。これは間違いなく師匠の声だ。
大魔術師にして、大樹境の横に町を作った人物の声が、ゆっくりとした口調で流れてくる。
『驚いただろう? 顔を見れないのが残念だ。だけど、今は映像を記録できる魔術機という便利なものがあってね。この部屋の各所に仕掛けられた魔術機がアンタの面白い顔を記録しているよ』
いたずらっぽい口調でいきなりそんなことを語られた。
「師匠……なんてことを……」
どうやってその映像を確認するつもりなんだろうか。少なくとも、この部屋付近にはいないみたいだけど。魔術機があるのは本当だろう。室内各所によくわからない気配を感じる。
私の困惑をよそに、話は続く。
『さて、後のお楽しみはともかくとして、アタシがこんな町を用意していてさぞ驚いたかと思う。我が弟子よ。だいたいお前の想像通りだよ。面白そうだからやった。あと、師匠に別れも告げなかった弟子への嫌がらせだね』
私の想像通りか。当たっても嬉しくないが。
『でも、この町はただの嫌がらせだけじゃない。あんたの弟子達が残した証拠、きっとあんたが見たかったものだ。アタシは面白そうだから協力した。ヴェオースの中で面倒な魔術を使ってる弟子を発見してから、皆で頑張ったのさ』
「…………」
嫌がらせにしては手の込んだ、その上、とてもありがたいものを残してくれたな。師匠と弟子達に感謝の念を送っておこう。
『とはいえ、これは親切じゃない。何度も言うように嫌がらせだ。勝手に生まれ変わりの魔術を行使したあんたに皆、大層お怒りでね。目覚めた時に退屈しないようにしてあげようとなったわけだ』
そこまでいうと、部屋の中央で台座がせり上がった。
その中央には一冊の本が鎮座している。
「これが、ミュカレーの書か」
まさか、師匠だけでなく弟子達まで関わっていたとは。私一人のためになんて有り難くて面白いことをしてくれたんだ。
そんな感謝の気持ちは、次の言葉でかき消えた。
『不肖の弟子への贈り物としてこれを残しておく。使い道は自分で決めな。ああ、あとアンタが余分に眠っていたのはアタシの仕業だよ。ちょっと術式をいじったら、百年じゃ足りなくてね。その分強くなってるからいいだろう?』
「……私の体、大丈夫だろうか?」
私、師匠に何をされたんだろう。途端に不安になってきた。今のところ異常はないけど、知らない能力とか付与されてないか? 私は私でいるのか? 後で念入りに調べないと……。
慌てる自分の思考を覗き見たかのように師匠の楽しそうな声が続く。
『せいぜい楽しむことだね。アタシの最高の弟子よ。願わくば、この本を有効に使ってくれることを願っているよ』
そこまで話して、師匠の声は途切れた。映像を記録しているという魔術機も同時に停止したらしい。室内の魔術の気配があからさまに減った。
「直接、苦情を言いたいね」
師匠と弟子達がどうなったかはわからない。言及はなかった。正直、かなり高い確率で生きている気がする。性格的にミュカレーの開発に飽きたら旅立っているだろうから、見つけるには世界中を放浪する覚悟が必要だ。
つまり、目覚めた私がすぐにそんなことができない状況であることまで見通した上での、この仕打ちというわけだ。
近寄って本を手に取る。それをしないわけにはいかない。師匠の悪戯は放って置くと、大変なことになるからだ。
「参ったな。いきなり手に入れてしまった。『ミュカレーの書』……」
とりあえず軽く目を通すべく、ページをめくる。
「……来なきゃよかったな。ここ」
数ページ読んで後悔した。とんでもないことが書いてある。
ドラゴン、禁忌魔術、危険な魔術師の遺跡、目覚めたら大変なことになりそうな魔獣などなど。本にはヴェオース大樹境の危険な場所が網羅されていた。なんなら、今でも生き残ってる狂える魔術師が封印されてるとか危険でいっぱいなことが、あらゆるページに書き込まれている。
幸いなのは、危険の殆どが一時的な封印や結界で隠蔽されていること。
これは、師匠と弟子達がミュカレーを守るためにやった仕事の数々を記録した書だ。
時間が経過した今、これらが解放されるかもしれない。あるいは、冒険者が接触して事件になるかもしれない。
それを想像するだけで私の背筋に嫌な震えが走った。
とりあえず、部屋に戻って一息つこう。見つけてしまったものは仕方ない。
それから一晩かけて、私はミュカレーの書を熟読した。
「おはようございます。どう過ごされましたか?」
翌朝、徹夜明けのわたしの前に、リエルさんが挨拶に来た。真面目な人だ。朝になると決まった時間に鐘が鳴らされるのだけど、その時間ぴったりに現れた。
「おはようございます。色々調べたけど何も見つかりませんでした」
「そうですか……」
とりあえず私は何も見つけなかったことにしておいた。
一時保留だ。ミュカレーの書の内容は危険すぎる。この場で嬉しそうに「見つけました!」なんてとてもいえない。上手い方法を考えないと……。
「残念です。朝食を用意してありますので、食堂に向かいましょう」
「ありがとうございます」
前を歩くリエルさん。少しほっとした様子だったけれど、私が何か見つけると思ってたんだろうか。それならちょっと申し訳ない。しっかり見つけてしまった。ほんと、どうしようかな、これ。
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