第31話:大障壁の中で
大障壁。ヴェオース大樹境とミュカレーの町を隔てる巨大建造物であり、人々を守護する町の象徴。
障壁と言いつつ、その大きさ、厚さは一つの巨大な城であり、魔術的防御まで施された巨大な城塞だ。
内部のみならず、地下や建物全体に魔術が走っており、建物自体の強化のみならず、魔獣を寄せ付けないように特殊な魔術を何重にも構築されている。
少し観察して把握に努めたのだけど、大障壁に魔力が供給されている限り、大樹境にいる魔獣たちからミュカレーの町が発見されにくいよう巨大な結界になっているようだ。
恐らく、これもまた師匠の仕事だろう。
リエルさんが挨拶に来た翌日、私はその大障壁を訪れていた。
最初は魔術でこっそり飛び越えたこの場所に堂々とやってくることができるとは、ちょっと感慨深い。
「どうかされましたか? マナール様、どうぞこちらへ」
「ありがとう。いや、立派なものだね」
石造りの構造物を眺めていると、リエルさんに促された。大障壁の中は、見かけ通りの石造りだ。分厚く、重く作られており、そこかしこに魔術陣が刻まれている。たまに見かける部屋は意外と広かったりと、居心地は悪くなさそうだ。頻繁に見かける魔術機が居住性を上げているのもあるだろう。
「私は外から来たから詳しくないんだけれど、町よりこの城壁のほうが古そうだね」
「はい。大魔術師ミュカレーは、はじめにこちらの大障壁を築きました。自らの手で複雑な結界を敷き、安全を確保した上で、建築作業を開始したとか。そのための人員や予算をどう用意したのかは今でも謎ですが」
「大魔術師だからね。なにかしら伝手があったんだろう。結界を敷いたとなると、ミュカレーの工房は一階にあるのかな?」
こういう場合、結界の中心が工房になっていることが多い。そうすると、建築前から存在する地点、一階が場所の候補になる。
「地下になります。結界を維持するための部屋のすぐ隣ですね」
予想は外れた。リエルさんはそのことを気にせず、案内を続ける。
細い通路を歩いて地下へ。排水設備や倉庫の間を抜けていくと、雰囲気の違う扉が目の前に現れた。
赤い色をして、魔術陣が描かれた、明らかになにかある部屋だ。
「こちらが大魔術師ミュカレーの工房になります。魔術師組合が認定した魔術師は、ここで一泊して頂くことになっております。その間、ミュカレーの遺産を探すのが通例です」
「中にあるものをもっていかれる心配はないのかい?」
「書庫があるのですが、そちらの魔術書はどうあっても持ち出せないそうです。強引にことを運ぼうとした方が大怪我をしたこともあります」
「気をつけるようにするよ」
しっかりと防衛用の魔術が施されて、現在も稼働中か。厄介だけど、そのくらいじゃなきゃ、ヴェオース大樹境の隣に長年存在できないか。
「鍵は内側から開きます。明日の朝、私がお迎えに上がりますので、ゆっくりお過ごしください」
どうやら本当に儀式的な意味しかないようだ。リエルさんの説明はあくまで事務的で私になにか期待している節はない。
そう思いつつ、リエルさんが去っていくのを見送ってから、私は室内に入った。
「これは……」
一目で確信した。間違いない。ここは師匠の部屋だ。置かれている調度類は最近のものだが、部屋自体の雰囲気がなにか、とても懐かしい。
家具が沢山置かれていて、部屋が狭く感じる。ベッドが妙に大きいのは部屋の主の趣味だろう。保護の魔術がかかっている。ものすごい高級品に違いない。あの人は睡眠をとても大切にしていた。
「……別に、おかしなところはないな」
軽く室内の魔力の流れを見てみたが、変わった魔術が施されている感じはない。工房といいつつも、ここは生活用の部屋だから当然といえば当然か。
ふと、奥にある扉が目に入った。向こうが研究用の部屋だろうか。
一応警戒しつつ、奥へと進む扉を開いた。
扉の向こうで私を出迎えたのは、大量の本だった。魔術の実験や研究をするための部屋ではなく、資料室だ。実験なんかは、大障壁の別の場所でやっていたのだろうか。
大魔術師の資料室にしては、それほど広くないな。並んでいるのは私から見ても古くて貴重な魔術書だけど、珍しくはない。私の生きた時代の魔術師なら一度は目にしたことあるものばかりだし、時代が進んだ今では価値がそれほどあるかは怪しい。明かりや着火の魔法なんて、魔術機でどうにかしているしな。
本の数々を見ているうちに、気づくことがあった。
「これ……同じだ」
私の知る『塔』にあった師匠の部屋の書庫。そこと全く同じ並びになっている。
あの時代を生きた、私しかわかりようがない、当時の光景がそのまま再現されている……間違いない、覚えがある場所に狙った本がある。
「だとすれば……っ」
私は足早に本棚を見渡す。
奥の方に三つ並ぶ本棚の真ん中。そこにある本を特定の順番で抜いて戻す。それを五回繰り返す。
すると、一冊の背表紙が軽く光った。
今度はそれを引き抜き、光るページに書かれた文字を音読する。
「……『カレーは人生』……また極端なことを……」
師匠がその時の気分で合言葉を決めていたのを思い出す。今では名物になっているカレー、かなり気に入っていたんだな。
それはともかく、魔術は発動した。
目の前の本棚がうっすらと消えていき、扉が現れたのだった。
「…………」
とりあえず、足早に部屋を出て、出入り口を施錠した。ついでに人払いの魔術もかける。よし、自然と人がこなくなるはずだ。ここから先は、誰かに気づかれない方が良い。
書庫に戻り、改めて扉を開ける。
扉の向こうは、小さな何もない部屋だった。
一応、魔術で安全を確認してから、一歩足を踏み入れる。
『よくぞ帰ってきた、我が弟子よ……』
室内に入った瞬間、よく通る低めの女性の声が響いた。
師匠の声だ。
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試しにタイトルを変えてみました。
驚いた方がいたらすみません。
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