第30話:最初の依頼
魔術師試験を終えて数日。イロナさんと出かけたり『真実同盟』の件を探ったり、ワファリンの所へ行ったりしたものの、基本的に私は暇だ。
職業、無職。この状況は重い。早く魔術師組合から連絡が来てくれないものだろうか。
そんな気持ちで日々を過ごしていたら、ついに待ち望んだ来客が会った。
「あ、あの、マナール様で宜しいでしょうか。私、魔術師組合に所属しております、リエルと申します」
私の工房のドアをノックして現れた眼鏡の女性はそう名乗った。
物凄く緊張しており、瞳には怯えが浮かんでいる。なにか、私に対して勘違いしているようだ。
「試験の結果かな?」
「はい。正式に魔術師として登録できましたので、ご説明に伺いました」
「わざわざ来てくれなくとも、呼んでくれれば行ったんだけれど」
「いえ! マナール様については領主様からもしっかりと対応するように言われておりますので」
なんだろう。特に変わったことをした記憶はないのだけれど。悪い魔術師を一人捕まえたのがそんなに助かったのだろうか?
「立ち話もなんだし、中で話しましょう。お茶は……ちょっと母屋の方で貰ってきます」
そういえば茶葉の一つも家に置いていなかった。イロナさんのところでいつもお世話になっている弊害だな。
しばらく後。お茶の準備を整えた。イロナさんはいなかったが、アルクド氏のおかげで助かった。
来客用の部屋がないのでリビングでリエルさんを出迎えて、話を伺う。
「まず、こちらが魔術師の証になります。お仕事の時は身につけるか、持ち歩くようにお願いします」
テーブル上に置かれたのはペンダント型の装飾品だった。裏を見ると私の名前が彫られている。
「魔術がかかっているね」
「偽物防止と、本人確認のためです。魔術師の所在は町にとっても大切な情報ですから」
確かに、武器を持ってなくても大暴れできる魔術師は危険な存在だ。組合としてはしっかり管理したいだろう。
「承知した。これで私はこの町の魔術師というわけだ。それで、仕事は何ができるのかな?」
「魔術師組合から依頼を受けることができます。魔術機士が手出しできない魔術機の取り扱いや、危険な魔獣の駆除、ヴェオース大樹境の探索など、内容は多岐にわたります」
「それは面白そうだ」
「報酬の方も多めに準備しております。とはいえ、依頼の消化は滞りがちなのが現実なのですが」
「そう聞くね。この町の魔術師たちは自分の研究に忙しいようだ」
「そうですね。魔術師が金銭を得る方法は多いですから。自分の研究内容を活かして貴族や商人と直接取引する方が多いです」
リエルさんが頷きながらそう教えてくれた。こればかりは仕方ない。魔術は金銭に変えやすい職業だ。魔術機が広まったこの時代なら尚更だろう。魔術師組合からの依頼よりも大きな話があるなら、そちらを優先するのはよくわかる。
「組合からの依頼を受ける利点としては、町からの信頼が得られることがあります。古くからある魔術的な施設などは町の管理下にありますので、そちらの調査などの許可を得やすくなります。それと、一応は人脈でしょうか」
メリットと言いつつも、リエルさん自身が微妙な顔をしていた。どちらも魔術師にとってはそれほど利点がないんだろう。人脈は商売で自然と築ける。あとは、この町の施設にどれだけ価値を見出せるかになるか。
「私としては有り難いね。なにせ、この町に来たばかりだから知り合いも少ない。できるだけ仕事を受けさせて貰うよ」
意外そうな顔をされたが、私の場合は事情が異なる。普通に暮らすなら、魔術師組合からの地味そうな依頼を受けるのが一番だ。あまり目立たなくて厄介事に巻き込まれなさそうなのも良い。今日まで色んな出来事に関わってしまったが、私の本来の目的はこの時代で普通に暮らすこと。魔術師達の派閥争いに巻き込まれるなんてお断りなのだ。
「既にメフィニス様やアルクド様と知己だと存じておりますが」
「彼らにはあまり頼らず、自力で生きていきたいんだ。欲しいものもあるしね」
さしあたっては大金かな。この工房を綺麗にしたい。お金はいつの時代も役に立つ。
「それで、もう依頼は受けることができるのかな? 正直、することがなくて困っているんだ」
リエルさんは、少し嬉しそうにしつつ、一度姿勢を改めて、神妙な顔をして語りだした。
「この町で魔術師になった方には、必ず同じ依頼を受けてもらうことになっております。報酬は少額ですが、成否は問わない、特殊な依頼です」
「それは興味深いね」
先を促すと、テーブル上に一枚の紙が置かれた。
「マナール様に最初にご依頼するのは、大魔術師ミュカレーの工房探索になります」
聞いた通りの依頼が来た。さて、どうなることやら。
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