第29話:リフォーム計画

 メフィニスから興味深い話を聞いた翌日、私はワファリンの工房がある一画へ向かった。

 ワファリン、ドワーフの家具職人。この町に来て出会った貴重な知人だ。治療と引き換えに貰った家具を一部壊してしまったのを思い出すと、今でも心が痛む。ついでに私の部屋も寂しい。せっかく、新生活を始めるに相応しい品を手に入れたというのに。


 私がワファリンの所に向かった理由は二つ。家具の相談と、治療後の経過確認だ。完璧に治したつもりだが、後になって何か不都合が生じているといけない。今日はイロナさんが仕事で私はやることがないというのも理由ではある。


 工房の周辺は独特の匂いがする区画だった。蓋をされた水路が流れていて、そこに排水が流れているのだろう。魔術機で浄化する設備があるからか、隙間から見える水は案外綺麗だな。とはいえ、あまり居住に適しているようには見えない。


 職人ごとに店が集まっているらしく、すぐに木材が沢山積まれた一画を見つけることが出来た。道行く人に話ワファリンの名を聞くと、すぐに奥の方にある工房にたどり着いた。

 賑やかな音が響く、結構大きな工房だ。入口にいた若者に名乗って用件を伝えると、すぐに知った顔が現れた。


「久しぶりだね。ワファリンさん」

「おお、マナール! よく来てくれた! なんだ? もう金ができたのか? 噂には聞いておるぞ。ミュカレーに凄い癒しの魔術師が来たとな。ああ、さん付けなどいらんぞ。ワシとお前の仲だ!」

「どこで聞いたんだい?」

「開拓基地で仕事をしただろう? 出入りしとるもんの間で評判だったぞ。どんな怪我でもたちどころに治す魔術師がいるとな。ついでのワシも怪我の治療をしてくれたことを自慢しておいたわい」

「買いかぶりすぎだよ。病は治せないんだから」

「何をいうか、誰にも治せなかったワシの怪我を治したんじゃ。もっと自信を持つがいい」


 そう言うと弟子に指示を出してお茶を用意してくれた。案内されたのは作業場の隅にある応接用らしき、椅子とテーブルの置かれたスペースだった。客ではなく友人を迎える時に使う場所だという。こういう対応はちょっと嬉しい。


「それで、何の用だ? お前さんの頼みなら、ちょっとくらい無茶をしてやるぞ」

「ありがたい。まず最初に、謝罪しなきゃいけない。ごめん、魔術の実験に失敗して、家具を少し壊してしまったよ」


 さすがに魔術師同士の戦いのことは話せないので誤魔化した。このくらいの嘘は良いだろう。

 怒るかなと思い、ワファリンを見たら、とんでもなく楽しそうな顔をしていた。


「わははは! いきなり壊すとはな。ワシの作ったもんはそう簡単に壊れるもんじゃないが、魔術なら仕方ない」

「すまない。大切に使おうと思っていたんだが」

「気にするでない。そもそも、あの家具はお前さんの家にちいと似合ってないと思っておったんじゃ。稼いでるようじゃったから、自分から新調を持ちかけるつもりじゃったんだよ」

「そう言って貰えるとありがたいよ。それで、そのうち資金が貯まったら、家自体の内装も整えた方がいいと思っているんだけれど」


 現状、中はイロナさんが掃除してくれたおかげで綺麗だが大分年代を感じる……というか率直に言ってボロい。多少家具はあるが、多くの部屋はほぼ空だし、水回りなんかは古いままだ。


「ほう。家全体のリフォームということかな?」


 ワファリンの目が輝いた。


「うん。そうなんだ。もう少し現代風にして、水回りとか台所も魔術機を使った最新型にしたい。建物自体は頑丈そうだけど痛んでいるところがあるし、何か出来ることがあれば……」

「最近の流行だと、小型の魔力抽出機を家につけて、それで家の設備を賄うところが出て来ているな」

「大変興味深いね。詳しく聞きたい」


 さすがは腕の立つ職人だ。最新事情にも詳しい。


「金持ち向けの商品でな。人工魔石を買ってきて使うよりも便利だと評判だ。マナールがその気なら、詳しく調べておこう。そうだ、一緒に冷暖房設備なんかも用意できるかもしれんな。いや、魔術師なら自力でできるか」

「せっかくだから、魔術機を使いたいな。私はこういう新しい技術が好きなんだ」

「面白い魔術師だのう。お前さんは。……なにやらワシもやる気がでてきたわい。少し調べた上で、お前さんの家を細かく見て、良ければ概算の金額を出すぞい」

「いつでも来てくれて構わないよ。いないときでも大丈夫なように、アルクド氏とイロナさんに伝えておく」

「ありがたい。まあ、しっかり見積もらなくとも、普通の家なら二、三軒は建つくらいの金がかかりだろうい。ま、お前さんならすぐ稼いでしまいそうじゃが」

「……それは、頑張らないといけないね」


 正直、まだまともな収入を得ていないから何ともいえない。魔術をお金に変える方法は上手くすれば莫大な金額を生むから、ワファリンの言うとおり不可能では無いとは思うのだけれど。


「ともあれ、先の話だ。今日はお前さんの顔を見れて嬉しかったぞい」

「私もだ。そうだ、ついでにちょっと聞きたいことがあるんだ。この辺りで、持ち帰れるお菓子とか食べ物でおすすめの店はあるかな? せっかくだからイロナさん達の土産にしたいんだ」

「お前さんを見てると魔術師のイメージが変わりそうじゃわい」


 楽しそうに笑いながら、ワファリンはおすすめのケーキ屋を教えてくれた。なんでも、甘味を肴に酒を飲むタイプらしい。


 言われた店で買ったケーキを持ち帰ったところ、イロナさんだけでなく、アルクド氏にも好評だった。

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