第28話:情報と本音
緊張感のある空間というのは嫌なものだ。
私は今、それを心底実感していた。
目の前には美しいエルフ。白いワンピースに金髪、少し検があるが美しいカーブを描く眉と綺麗な翡翠色の瞳。
物語から出てきたようなエルフの女性が私をじっと見つめている。
「それで、わざわざ来てくれたんだね、メフィニス」
「はい。マナール様からのご用命とあらば、すぐにでも」
これはメフィニスだ。かつて『万印の魔女』と呼ばれていた時とは同一人物とは思えないほど変わっていて驚いた。
「その、随分見違えたね……」
「それはもう! マナール様のおっしゃるとおり、良く眠るようにしましたから。それと、色々と整えましたので。あの、いかがでしょうか?」
遠慮がちに上目遣いで聞いてくる。頬が紅く染まっているが、なんだろうか。
横からギリっという音が聞こえた。なんか凄い顔をしているイロナさんがいた。
「うん。今の方が健康そうで良いと思うよ。魔術印も上手く処理したようだね」
私が破壊した全身の魔術印は自ら整理してある。というより、新しく簡素なものに書き換えて見えなくしてあるようだ。
「さすがですね。見えないようにしているのに。自分の魔術を見直す良い機会になりましたわ。また一から出直すつもりで励んでいます。……ところで、さっきから視線が面白いですわね、アルクドの孫」
「失礼しました。昔、お会いした時とは別人のようでびっくりしまして」
「ふふふ。アルクドには失礼をしましたね。孫の貴方にも心労をかけたようです。ここに謝罪しましょう」
「…………」
素直に頭を下げられ、目を白黒させたイロナさんが、ずっと黙っているアルクド氏の方を見た。
「お、お爺ちゃん! い、今頭を下げたよ! どうなってるの!」
「……儂にもわからん。最初見た時別人かと思ったからな。マナール殿のおかげらしいが」
「ふふふ。これからは仲良くしましょうね。あなたには、マナール様のお世話をお願いしないと。マナール様、なにか不便があったら、すぐに言ってください。わたしの工房はいくらでも空いておりますので」
「ありがとう。でも、私はここが気に入ってるんだ」
なんか、メフィニスがこっちを見る時の視線が尋常じゃない気がするけど、これはなんだろうか。昔、弟子からもこういう目で見られたことがある。
「マナールさんはうちのお客様ですから、責任を持って面倒見ます。それで、メフィニス様はどのようなご用件でいらっしゃったのですか!」
イロナさんの口調はやや強めだ。胸中複雑だろう。彼女のせいでアルクド氏は死にかけたのだから。
だが、彼女が魔術を教えたおかげで、幼いイロナさんと両親をアルクド氏が助け出すことができたのもまた事実。
なにより、向こうは反省して謝罪までした。こうなるとイロナさんは口調を荒げるくらいしかできないようだ。
「ご依頼されました、『真実同盟』についてです」
「早いな」
昨日の話なのに、もう調べがついたのか。
「わたしもこの町ではそれなりのものでしたから。結論から言うと、マナール様に現時点で危険はありませんわ」
「断言して良いのかい?」
別にメフィニスを信用していないわけではないが、あまりにも自信たっぷりなのが流石に気になった。
「もちろん。向こうの上の方と直接話をつけてきましたから」
涼しい顔で凄いことを言われた。アルクド氏とイロナさんなど絶句している。
「マナール様が接触したのは、元々問題のある魔術師だったようですわ。むしろ、今回の件で『真実同盟』から明確に追放できるということで、はっきりと明言を受けました」
「そうか。助かるよ」
和やかな話し合いだったのか疑問は残るがありがたい。あと、彼、ジグラトは本気で嫌われていたようだ。町の近くであんな実験をするような性根では、仲間内からも疎まれていたのだろう。
魔術師の派閥同士の闘争というのは、もっと慎重に動くものだからね。
「そうだ。ちょうどいいから、一つ聞いて良いかな? 『ミュカレーの書』についてだ。何か知らないかい?」
「マナール様といえど、大魔術師ミュカレーの遺産には興味がありますか。わたしも長年追い求めておりますが……」
現在、この町に師匠はいない。いれば既に会っているだろう。すると、何らかの事情で町にいないことになる。恐らく寿命か、第七属性に至ったかだ。メフィニスも同じ判断をするだろう。きっと、かなり真剣に探したはずだ。
「大魔術師ミュカレー由来の品、物件、土地、そのうちのいくつかを手中にしておりますが。手がかりは何も……」
項垂れていったあと、目を輝かせる。
「ですがっ。マナール様なら違う結果が出るやもしれません。是非、わたしの所蔵する品々に目を通してくださいませっ」
「そうさせてもらうよ。……とはいえ、明確な情報はないんだね」
「はい、残念ながら。そうだ、正式に魔術師になったマナール様なら、大魔術師ミュカレーの工房に案内されるはずです」
「そんなものがあるのかい?」
問いかけには、メフィニスだけでなくアルクド氏も頷いた。
「この町で魔術師になった者は、最初にミュカレーの工房へ案内されるのです。そこで見つけたものを持ち帰って良いという条件付きで。『ミュカレーの書』における一番の手がかりとされておりますが、誰も新規の発見をした者はおりません」
儂も無理でした、とアルクド氏が付け加えつつ教えてくれた。
「なるほど。いつくらいかな、そこに行けるのは」
「近い内に。宜しければ、手を回しますが?」
「いや、それはいいよ。楽しみはとっておく」
実はなにもなかったなんてこともありそうだ。師匠のことだから、何か仕込んでいそうだけれど。その逆も十分ある。
「今はとりあえず、この町を楽しみたいんでね」
それはまごうことなき、私の本音だった。
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