第27話:これは名物ですから

「ほう、『真実同盟』ですか。これはそこそこ大きな派閥と接触しましたのう」


 無事に魔術師組合への登録試験を終えた私は、自宅に戻り敷地内にあるアルクド氏の家で朝食を頂いていた。

 爽やかな春の朝、ヴェオース大樹境であった出来事を軽く報告したところだ。


「良かった。アルクド氏がご存知でしたか。どのような一派なのです」


 『真実同盟』については、さすがに気になったので調べることにした。といっても、数少ない知り合いに聞くくらいではある。ともあれ自分と周りに害の無いようにしなければならない。

 無事に魔術師として活動できるようになったのだから、余計なものは抱えたくないな。


「ふむ。ミュカレーにおける魔術師の派閥は他にも『ヴェオース探求会』『星詠みの会合』といったところが有名ですかな。『真実同盟』はやや武闘派といった所です。ヴェオース大樹境の調査と解明を使命としておりますな」


 なるほど。それなら大樹境内に工房を構えているのも納得だ。


「実は、試験の時の『真実同盟』の魔術師を一人捕まえてね。それで領主に突き出したんだ。何もなければ良いのだけれど」

「…………」

「……それはまた、なかなかのことが起きたようですな」


 イロナさんとアルクドが一瞬固まった。結構なことをしでかしてしまったようだが、状況に対応しただけなんだ。


「一応、皆に迷惑がかからないようにはしたいと思っているんだ」

「そういうことでしたら、メフィニス師に手を回してもらいましょう。どうも、師がマナール殿に会ってから、色々な派閥が騒がしいようですし」

「メフィニスが関係していると聞いたね?」

「師はあれで、ミュカレーきっての大魔術師ですので。儂らも一応、派閥としてはそれなりの規模でした。研究内容は、主に魔術陣や属性についての探求でしたが、大樹境にも関わりがありまして」

「手広くやっていたわけだ」

「はい。儂の方で連絡しておきましょう。その間、孫娘の相手を頼みます」

「相手?」


 ずっと黙っていたイロナさんが、待ってましたとばかりに口を開く。


「マナールさん。お給金も沢山入りましたので、美味しいものを食べにいきましょう!」

「今、朝食をとったばかりだけれど?」

「なら、町を案内がてらお昼ごはんでっ。あ、予定とか、ありましたか?」

「特に無いよ。じゃあ、でかけるとしようか」


 ◯◯◯


 図らずもイロナさんと町を歩くことになった。考えてみれば、ちゃんと町歩きをするのは初めてだ。初日にイロナさん達と出会い、すぐに魔術師試験とそれなりに忙しかった。

 

 人通りの多い町中を、イロナさんの案内でいろんな店を覗いていく。全てが豊かになっている。ヴェオース大樹境の存在を示す大障壁の威圧感はあるが、この町を歩くだけで、本当に文明が進んだのを実感する。そこかしこに見える魔術機はその証だ。


 道も広く、歩く人々の表情も明るい。すぐ側に、とんでもない場所があるとは思えない。


「うぅ、結局、マナールさんに新しい服を買ってあげられませんでした」

「悪いね。このローブは僕にとって魔術師の証みたいなものだから」

「じゃあ、ローブの下の服を新しくしましょうよ。きっと似合いますよ」

「仕事で汚れそうだからなぁ」

「魔術師なんだから、お金持ちとか貴族のお宅とかに招かれた時の服は必要ですよ?」

「ローブは魔術師の伝統的な正装だよ」

「う、たしかに。お爺ちゃんも大事な行事のときにはローブを引っ張り出していました」


 道中、何度も、新しい服を薦められた。ローブの下は簡素な衣服だから、そこは変えてもいいかもしれないな。イロナさんのおごりだと言われたので断ったけれど、検討はしておこう。


「まとまったお金が入ったら、改めてお願いするよ」

「この前の宝石がまとまったお金ですし、開拓基地でのお仕事でも私は結構収入があったんですけど」

「そうなのかい?」

「はい。ああいう仕事は魔術機士でも嫌がる人が多いですし、危険手当が足されるんですよ」

「報酬関係がしっかりしているね。良いことだ」

「はい。この町が作られた時、しっかり整備したみたいです。町を維持する上で必要だってことで」

「魔術機で動く町なら、維持管理の仕組みは必須ということだね」


 街灯など各種設備を眺めながら思う。師匠とは思えないほど、制度も含めてしっかりと町が運営できるように整っている。かつての弟子達の仕事かもしれない。


「マナールさん、服は駄目でも、ご飯は奢らせてくれますよね? 魔術師試験合格祝いってことで」

「そういうことなら、ごちそうになろう」


 そんなわけでイロナさんに案内されるまま、店に入った。


「はい、どうぞ。ミュカレー名物のカレーですよ」


 店に入りテーブルについて出てきたのは、なんか茶色い液体と米が組み合わさった食べものだった。正体不明だが、芳醇なスパイスの香りが漂ってくる。

 なんというか、見た目はともかく、香りは満点だ。


「イロナさん、これは、どういう料理なのかな?」


 見たことのない食べ物だ。香辛料が複数使われていることはわかる。味は、想像がつかない。


「複数のスパイスを組み合わせて野菜とお肉を煮込んで、小麦粉でとろみをつけたものです。お米やパンと合わせて食べるんですが、ミュカレーではお米が多いですね。わざわざそのために、お米を栽培しているんですよ?」

「ほ、本当かい? 高級料理なんじゃないかい、そういうのは」

「平気です。名物ですし、美味しいから沢山作られてますので。色々とバリエーションもあるんですけれど、長くなるのでまた」

「く、詳しいんだね?」

「はい。カレーの店の食べ歩きがわたしの趣味なので」


 とても爽やかな笑顔でイロナさんが言った。

 わざわざ食べ歩きまでするとは、このカレーという食べ物、きっと美味しいのだろう。しかし、なんというか、見た目がちょっと……躊躇するものがあるな。


「食べないんですか?」

「初めて見る食べ物だからね。ちょっと観察している」

「ああ、見た目がちょっと……ですからね。でも、美味しいんですよ」


 言いながら、スプーンを手にしたイロナさんがパクパク食べ始めた。満ち足りた表情をしている。とても美味しそうだ。


「うん、美味しい。こういう定番なのもまた安心ですねぇ。さすがは町の創始者から名前を貰ってるだけあります」

「町を作った魔術師が関係してるのかい?」

「はい。なんでもこの料理を考案したのが、その方で、あまりに美味しいのでお名前を頂戴したとか」


 なにやってるんだ、あの師匠。

 とはいえ、覚悟は決まった。師匠は意外と料理が得意だった。外国の料理を改変して、見慣れないものを作って出してくることが良くあったし、大抵美味しかった。きっとこれも、その一つだろう。

 そう考えると、ちょっと懐かしい気持ちになる。


「いただきます」


 一口食べると、口の中になんとも言えない味わいが広がる。香辛料の濃厚な味わい。この独特の風味、一口で好きな人が沢山いるのがわかってしまう。


「……これは、美味しいね」

「はい。おかわりもできるのでたくさん食べましょう」


 その後、私達は楽しく食事をした。イロナさんが三杯も食べたのには驚いたけれど。

 これは私だけの秘密だけど、初めて食べたカレーは、どこか懐かしい味がした。

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