第26話:解決(含む、就活)

 ジグラトの工房から開拓基地まで距離が近くて助かった。

 まずは二人組とジグラトの両手を縛って捕縛。魔術師のジグラトに対しては体内の魔力を運用しにくいように、少々魔術をかけさせて貰った。身体強化などの応用で、一定時間、魔術を封じることができるものだ。


 また、工房内で保護した冒険者も治療した上で連れて行くことにした。こちらは三名。全員疲弊している上に、足を折って動けなくされていたので、その場で治療した。

 連行するという意味では中に捕われている人が少なくて良かったと言えるかもしれない。いや、あまり明るい気持ちにはなれないな。二足歩行するキメラを作る際、人間を素材に使うことが多い。ヴェオース大樹境において、ジグラトがどうやって素材を確保していたか……考えるのも嫌になる。


「開拓基地の地下には魔術師用の牢屋もある。私が追加でジグラトの魔術を禁じた上で、そこに入れて、裁きを受けてもらおう」

「あんたは自分から手を下さないんだな」

「必要があれば、そうする。今回はしかるべき場所に突き出すだけだよ」


 これで、ジグラトが所属している『真実同盟』とやらがどう出て来るかも見ることができる。彼が捨て駒なら、そのまま死刑にされるだろう。一応、彼に少し情報を聞いてみたけれど、あまり詳しくなかった。このまま見捨てられる可能性が高そうだ。逃亡したら即座に始末すると脅してあるため、変な気は起こしそうにないのが幸いだ。


「なぁ、マナールさん。会ったばかりのあんたにこんなことを聞くのはおかしいかもだけどよ。俺がやったことは、間違いだったのかな?」

「あの二人を指導したことがかい? それはトニー氏の善意からやったことなんだろう?」

「ああ、俺みたいなロクでもない生まれの奴に少しでも真っ当な人生を歩めるようにしてやりたかったんだ。それで、ようやく一人前に出来たと思った矢先にこれだ……」


 一瞬、うつむいて連行される若い二人組を見たトニー氏が、ため息を吐く。


「変に期待とか理想とか言わない方が、楽なんだろうな……」


 命の危機に陥ったというのに、トニー氏は自分の行いの正しさに悩んでいる。もっと、裏切った二人に単純な怒りをぶつける方が楽だろうに。

 助けられて良かった。きっと、テッド君にとって、良き父親なのだろう。

 密かにそう思いながら、私は個人的な所感を述べることにした。


「魔術師の話でいいなら、私は知っているよ。期待とか理想で動いて、本当に世界を変えてしまった者達を。トニー氏も知る、魔術機を作った人々だ。彼らは、魔術で生活を良くしたい一心で、あれを作り出した。長い道のりだったそうだよ」


 それは、魔術師にとって殆ど益がないように見える行動だ。一般人に技術を持たせて何になる。多くの魔術師がそう言った。面と向かって馬鹿にする者だっていた。

 だが、彼らは諦めなかった。人々の生活を豊かにすることに意味があると、堅く信じていた。

 そして今、ミュカレーの町は魔術師にも、そうでない人々にも豊かな場所として栄えている。


「理想を追うのは大変だけれど、無意味ではない。なかなか、辿り着けないものだけれどね」

「なんだか年寄りみたいな言い方をするな、マナールさんは」


 実際に年寄りだからね。体が若返っているから、多少、気持ちも違うけれど。


「なあ、魔術機を作った人達ってのは、どれくらい失敗したんだ?」

「数え切れないほど、だと思うよ。私も詳しくは知らない」


 目覚めるまでの二百年、弟子達は相当苦労したことだろう。師匠が少しは手を貸したかもしれないけれど、あの人は騒ぎを大きくする。そこを考えると、もう少し新生の魔術を行うのを遅らせるべきだったかも知れない。


「じゃ、俺もあんまり落ち込まずにやってみるかなぁ」

「人助けは余裕がある時、それがうちの師匠の教えだよ」

「そういうもんか。まっ無理はいけねぇよな」


 さしあたって、トニー氏のやるべきことは、妻子との再会だ。冒険者として生活を立て直す必要もある。魔剣の方は工房の中から見つけたし、治療もしたからすぐに復帰するだろう。

 まずは足下から、大切なことだ。

 私もジグラト達を突き出した後、ベルウッド領主代理と交渉して、しっかりと魔術師として歩み出さなくては。


 そんなことを考えながら歩いていると、見慣れた開拓基地に到着した。やはり、文明と接すると安心するね。


 丸太を鉄で補強した門を開けてもらい、中に入ると一斉に周りに人々が集まってくる。


「おいおい、トニーじゃないか。なんか他にもつれてるし。何があったんだ。説明してくれ」


 警備している兵士、役職の高い者が困惑気味に聞いてきた。


「まずは牢の用意を。それと、捕まっていた人達の治療と食事を、説明は私がします。トニー氏も休息を……」

「父ちゃん!!」


 話を進めているところを、子供の大きな声が遮った。


 見れば、テッド君がトニー氏の前にいた。本気で走ってきたのだろう、肩で息をしているテッド君が、トニー氏に歩み寄る。


「父ちゃん……父ちゃん!」

「テッド、すまねぇな。マナールさんに助けて貰って、この通り無事だ。母さんもいるのか?」


 突撃するかのような勢いで抱きついたテッド君を受け止めたトニー氏は、静かに頭を撫でる。


「うん。うん……俺、呼んでくるよ! 父ちゃんはそこで待っててくれ! あ、マナール先生! ありがとうな!」


 慌ただしくテッド君が駆けだしていった。元気なものだ。


「トニー氏、今日はゆっくり休むといい。説明は私がしておくよ」

「ありがてぇ。この礼は必ずする」


 トニー氏がテッド君を追って建物内に消えていくのを見届けると、私はその場の上位者に改めて説明を始めるのだった。


◯◯◯


 やはりとんでもないことになった。

 報告を受けたベルウッド・ドライセラフ領主代理は、書類を持つ手が震えるのを自覚した。


 魔術師マナール。なにか起こすとは思っていたが、想定以上だ。


 『真実同盟』はミュカレーの魔術師三大派閥。一部の貴族とも深いつながりのある、厄介な団体だ。


 そこに所属する魔術師の工房を発見、犯罪を暴き、捕縛した。


 報告書は至ってシンプルかつ短いが、起きたことはとんでもない。

 ヴェオース大樹境における人体実験、及び冒険者の拉致。これは裁かない訳にはいかない。ぶっちゃけ極刑一直線である。


 ジグラトという魔術師が『真実同盟』の中でどのような地位にいるかわからないが、ミュカレー内の魔術師同士で縄張り争いが加速するのは必至だ。


 そして、その結果どうなるかが、ベルウッドには全く想像がつかない。一番怖い状況である。

 ミュカレーの魔術師達はそれぞれの思惑で、静かな抗争を続けてきた。

 それが、マナールという魔術師の登場で変化しつつある。一石を投じるどころか、大岩をぶち込まれたようなものではないだろうか。


「こ、こんなのどうすればいいんだ……。いや、せめて領民に被害を出さないようにしないと。魔術師には魔術師……頼れるのは……」


 呻くような声でそこまで呟いたところで、言葉が止まった。

 ベルウッド領主代理に頼れる魔術師はいない。あまり深く関係をもたないことで中立としての地位を保ち、町の中のバランスをどうにか保ってきた。


 これまでのやり方が通じない。


 ベルウッドはこう見えて結構優秀な人材である。状況が一変したことを、知識と経験から強く自覚した。


「どうにかしないと……どうにかしないと……」


 全身から嫌な汗が溢れてくる。

 魔術師同士ならどうでもいいが、一般市民に被害が出すぎるのは困る。ミュカレーは王国の財源として栄えなければいけない。


「と、とにかく、マナールは魔術師として登録するしかないよね。悪いことしてないし」


 一応話は通じそうだったので、力になってくれるかもしれない。


 一縷の望みにかけるつもりで、ベルウッドは魔術師組合への手紙をしたためるのだった。

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