第23話:雑に断り、雑に倒す
私は断った。『真実同盟』なる魔術師の派閥への参加を。理由は言うまでもなく、興味ないからだ。
今、一番の関心事は魔術師組合に登録して、ミュカレーの町における生活基盤を整えることだ。ようやくこの時代で職を得られそうなのに、魔術師の派閥争いに巻き込まれてはたまらない。こういうのはとても面倒くさい上、周囲に迷惑をかけるのだ。よく知っている。
「そう言うな。『真実同盟』こそ、今後ミュカレーの中心となる魔術師の集まり。活動する上で、莫大な知識や資金が約束される。悪い話ではないだろう?」
私の言葉を聞いてもジグラドは食い下がってきた。少し高い場所からこちらを見下ろし、うっすら笑みを浮かべる余裕の態度を崩しもしない。工房に設置した罠に一つも引っかからずに来た魔術師を警戒していないのだろうか。
「お断りするよ。私にとってはそれほど魅力的な要件じゃないんでね」
「? どういうことだね? 意味が、わからないのだが」
「私はこの町に来たばかりでね、まず魔術機あふれるこの町を楽しみたいんだ。派閥争いはその後にしてほしい」
「……噂通りの田舎者ということか。全く、上がなんで君を執拗に勧誘しろとせっつくのか、理解できん」
そう言いつつ、ジグラドは短い呪文を唱えて、私をじっと見た。相手の魔力を計る魔術だ。
この男、交渉に向いてないだけでなく、戦い慣れてもいないな。ずっと閉じこもって研究していた類に違いない。眼前で探知魔法など、警戒しているか舐めているか、あるいは両方であることを教えているようなものだ。
このような状況での魔術師同士の会話というのは、もっと慎重に運ぶべきだというのに。
「ふむ……まあまあの魔力だな。田舎ならそれで十分称賛されようが、ミュカレーでは凡庸だぞ?」
「そうか。では、上とやらにもそう伝えておいてほしいね。マナールは凡庸な魔術師だから勧誘する価値はない、と」
「だからこそ、だよ。我ら『真実同盟』はあのミュカレーの書をまもなく見つけるだろう」
「……ミュカレーの書?」
師匠の名前のついた本とは、なんとも嫌な予感がする。きっと、ろくでもないことが書いてあるに違いない。
私の反応に気を良くしたらしく、ジグラドは声を張り上げる。
「そう! この町を作りし、かの大魔術師の残した書だ! 君も噂くらい聞いたことあるだろう? そこには第七属性に至る方法を始め、エリクシルを始めとする数々の霊薬やミスリルに代表される鉱石の製法などが記されているとされる!」
一冊の本に収められるとは思えない情報量だ。なんとも怪しげだが、師匠の名前がついていると嘘に聞こえない。
「君たちは、それを発見できると?」
「最近、ミュカレー内の魔術師同士の派閥に大きな変化があってね。それまでミュカレーの書があるとされる場所を専有していた魔術師が、その権利を放棄した」
「へぇ、それはなんでまた」
「わからぬ。興味を失ったそうだ。まあ、エルフの魔女の考えていることなど、我らにはわからん」
……エルフの魔女? もしかしなくても、メフィニスのことだろう。まさか、私との話し合いの結果がこんなところに現れるとは。想定外だ。
「事情はわかった。でも、私の回答は変わらないよ。ミュカレーの書とやらは、君たちで探すといい」
師匠がわざわざ残した本というのは気になるが、『真実同盟』と協力する理由はない。そもそも、この男からして、ヴェオース大樹境を利用して、非道な実験をやっているのだから。
「後悔するぞ。マナール君」
「それはどうかな。そうだ。他にも用があるんだった。この建物内に人間がいるね。君が捕らえた人だ。試験ついでに返して貰えないかな?」
「……貴様、我が工房をどこまで把握している」
声色が変わった。さっきまでの余裕が一瞬で消えた。まさか、本気で私を舐めていたということか。眼の前に来るまでに、それなりにヒントは与えたつもりなんだが。
「そうだね。キメラを作った実験を冒険者相手にしていたという推測はたっているよ。魔剣を持った冒険者がいないかい? その人に用があるんだ」
問いかけに対する回答は、呪文だった。
周囲に魔力が蠢く。工房の壁に突然穴が空いて、奥から見上げるほどの巨体を持った二体の魔獣が出てきた。
獣の下半身に、人間を極端に筋肉質にした上半身。顔には一つ目の化け物。キメラだ。
「気が変わった。魔術師マナール、お前には、試験中の事故で行方不明になってもらおう。同胞すら知らぬ、我が探求を見破ったからにはな」
「そうか。仲間にも秘密でやっていたのか」
あるいは、『真実同盟』の魔術師達に黙認されていたかだな。こんな工房を開拓基地近くに構えていて、バレないはずがない。
案外、このジグラドと言う男、捨て石かもしれない。試験にかこつけて、私を試すための。
「質問だ。魔剣士の男性は生きているのかな?」
いつの間にか右手に杖を構えているジグラドに問いかけると、今日一番のいい笑顔になって歯をむき出しにして笑った。
「ぐふふ。生きておるよ。魔剣のみならず、魔剣士も貴重であるからな。大事に大事に研究するつもりだ。ここで、田舎から来た魔術師を標本に加えてからな!」
ジグラドが杖を振り、二体のキメラに指示を出す。
体に力を込めた魔獣の筋肉が膨れ上がる。この狭い室内で、あの体格で突っ込まれたら、ひとたまりもない。
「そうか。安心したよ……。光輪よ」
私は軽く手を振って、光の輪を空中にいくつか生み出した。薄く輝く、真ん中が空いた光の輪。大きさは人間の胴体ほどで、二十個ほどを一瞬で生み出す。
「切り裂け」
声と同時、光輪が今まさにこちらに突撃しかけていたキメラ二体に殺到する。
この光の輪は、極薄の超高速回転する魔力の刃だ。肉どころか金属や城壁だって貫ける。
狭い室内でこちらに走りかけていたキメラ達は回避する時間も、空間もない。
「な……」
絶句するジグラド。
彼ご自慢であろうキメラ達は一瞬でバラバラになった。対魔術防御も施されていたのだろうけど、私の魔術の前に、そんなものは意味を為さない。触れた瞬間に解除されて、切り裂かれる。
ぼとぼとと言う肉が床に落ちる音に続いて、室内に血の匂いが充満した。
「バラバラになったくらいなら再生するかと思ったんだけど、そうじゃないみたいだね」
キメラの利点は生き物としての常識を無視できることにある。強力な再生の魔術を仕込んで、心臓を潰さない限り復活するやつを、昔見たことがあった。
残念ながら、ジグラドの作品はそこまで至っていなかったようだ。
「ば、馬鹿な。お前……今なにをした……。このキメラ達は対城魔術の直撃にも耐える防御を備えていたのだぞ」
震えながら怯えた目で私を見ている。やめてほしい。先に物騒なことをしてきたのは、そちらの方なんだから。
「これが私の魔術だよ。さあ、ジグラド君。話し合いをしようか」
ようやく用件を聞いてくれそうになったので、私は極力優しく語りかけた。
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