第22話:イロナの心配ごと。そして……
開拓基地に朝が来る。周囲に木々がないここは町中と同じように太陽の光が気持ちよく朝を告げてくれる。
一日が始まろうとする開拓基地の外れ、非常用の小さな扉の前に、少年がいた。
テッドである。背中にはリュック、腰には小剣。こっそり揃えた冒険者セットだ。少年は、手書きの地図をじっと見つめ、決意を秘めた目をして扉を見据える。
マナールの報告を受けたテッドは、自ら探索に出ることを決意していた。識別札だけでは、父の死を確信できない。命よりも大切だと言っていた魔剣が見つかっていない。だから、可能性はある。根拠はそれだけ。だが、十分な理由だった。一緒に探してくれていた二人組の冒険者も言外にそう言っていた。
だから、探しに行く。幸い、現場は近い。冒険者が活発に活動しているから、開拓基地近くは魔獣との遭遇率も低い。
彼なりに勝算があると判断した上での探索だ。恐怖と不安、少しの高揚感を持って、少年は扉に手をかける。
「駄目ですよ。テッド君。外に出かけちゃあ」
背後から優しい女性の声がした。振り返ると、そこにいるのは背の高い金髪の女性。魔術機士のイロナだ。
テッドも母親も日用品の修理で世話になっている。マナール先生と共に来た、優秀な人。たまに凄い力で機材を壊してるところを見るので、只者ではないとテッドは思っている。
「イロナ姉さん、なんで。いつもならグースカ寝てるのに」
「たしかに私は寝坊しがちですけど……じゃなくて、勿論、君を止めるためですよ。マナールさんに言われてるんですから」
「マナール先生が?」
「はい。テッド君がこっそりお父さんを探しに行かないように見張っていてくれ、と。正解だったみたいですね」
にっこり笑いながら、イロナはテッドの進路を遮る。体格差以上に、不思議な迫力を感じた。そういえば、魔術機士も戦う技術を学ぶと聞いたことがある。整備用の杖で戦うそうだ。
「で、でもよ。このままじゃ父ちゃんの捜索が終わっちまうんだよ! 行かせてくれよ!」
少年の懇願に、イロナは軽く目を伏せてから、答える。
「駄目です。テッド君がヴェオース大樹境に出るのは危険すぎます。お母さんをひとりぼっちにさせる気ですか?」
「う……」
お前は死ぬ。暗にそう言われては、黙り込むしかない。
「テッド君はここで待っていてください。マナールさん、また出かけたみたいですから」
「マナール先生が? でも、他に何も無かったって……」
「もう一度良く探してみるそうです。ああ見えて、マナールさんは凄い魔術師だから、新しい発見があるかもしれません」
「本当か! イロナ姉ちゃん!」
「ええ。でも、覚悟は必要ですよ。あなたのお父さんは、冒険者なんですから」
冒険者はいつ死んでもおかしくない職業。テッドもそれは知っているつもりだった。もし、マナールが何もないと言うならば、現実を受け入れるしかないかもしれない。
「わかった……。俺、もう少し我慢してみるよ」
「良い子です。さ、戻ってお母さんとご飯の準備をしましょうね。わたしも手伝いますから」
テッドが一応は納得したのを見て、一安心したイロナは言う。後はマナール次第になるが、信じるしかない。生死に関わらず、テッドが納得する結果を持ち帰ってくれることを。
太陽が昇り、日が差し始めたのに目を細める。
テッド君は止められましたけれど、あの二人は無理でしたね……。
冒険者二人組。彼らもまた、開拓基地から出発していた。行き先は北東。マナールと同じだろう。
さすがに冒険者が冒険に出るのを止めるわけにはいかない。イロナは彼らを見送るしかなかった。
マナールさんのことだから大丈夫でしょうけど。何か起きないか心配ですね。
「イロナ姉ちゃん、どうかしたの?」
「いえ、早起きしたので眠いなーと。後でお昼寝しちゃいますね」
「姉ちゃんは気楽だな。マナール先生が心配じゃないの?」
「んー、心配なところはちょっとありますねー」
笑顔で応えながら、イロナは厨房の手伝いをするべく、開拓基地へと戻っていく。
ちなみに、この場合の心配とは、やりすぎないかどうかである。
◯◯◯
例の工房の入り口は簡単に見つかった。隠蔽されていたけれど、ある程度の実力のある魔術師なら簡単に見破れるものだった。
これが試験ということだろう。
イロナさん、無事にテッド君を止めることが出来ただろうか。多分、あの子は一人で父親を探しに出てしまう。それはあまりに危険だ。
ああ見えて、イロナさんは結構腕っ節に自信があるみたいなので、しっかり止められたと信じるしかない。
それはそれとして、工房である。
私は無事に内部に侵入した。入ってすぐの広間にいる。作りが全体的に、開拓基地に似ている。同系統の魔術師なのかもしれない。
魔力探索。周囲の魔術をチェック。工房は魔術の塊なので、流れを追えば、どこに誰がいるかまでわかる。
「……ふむ」
複数の生命反応。そのうち人間らしいものがいくつか。
妙に魔力が強いのが、試験官の魔術師だろう。他にも三つほど反応がある。性別や年齢までわからないが、テッド君の父親である可能性が高い。
それとは別に、各所にまとまって魔力反応。特に生命体らしきものはキメラだろう。あとは魔術具が大なり小なりあって、詳細は不明。
推測だが、この魔術師はたまに冒険者を捕まえて実験をしていたのではないかと思う。
ヴェオース大樹境に入った冒険者が行方不明になるのは日常だ。それを利用する魔術師がいるものまた、不思議なことではない。
あまり、好きなやり方ではないな。必要性もない。魔獣がそこらじゅうにいるこの場所で、あえて人間を対象にする利点がない。むしろ、犯罪者として狙われる危険が増す。あるいは、私のようなものに見つかることもあり得るわけだし。
とにかく、ここの魔術師に会わねばならない。
調査を済ませた私は、真っ直ぐにここの主の元へと向かって歩みを進めた。
十分後、いくつめかの扉の向こうで、目的の人物とあっさり邂逅を果たすことが出来た。
「ノック無しで失礼するよ。私はマナール、試験官をしている魔術師で間違いないね?」
ゆったりした服に痩せた神経質そう顔をした男性が、こちらを睨む。
「ようこそ。我が名はジグラト。一つも罠にかからず、ここにたどり着いたこと、見事と言おう」
「それはどうも。魔術には少し自信があるんだ。試験は合格でいいかな?」
「勿論だとも。それどころではない、君には資格がある。我ら、『真実同盟』に入る資格が」
なんだか雲行きが怪しくなってきたな。
「いや、遠慮するよ。私は魔術師として登録できればいいんだ」
とりあえず、私は勧誘をお断りした。
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