第21話:それはそれ

 文明に帰ってきた。少し大樹境の中を歩いて開拓基地に帰ってきただけで、安心感がある。

 綺麗な水、排水設備、暖房に明かり。少し埃っぽいが、現代らしい生活空間がここにはある。さすが元魔術師の工房、これだけの環境が整うのは素晴らしいことだ。

 魔術機の恩恵を受けられる場所に戻り、私は自分にあてがわれている第二医務室でお茶を飲みながら考えていた。

 机の上には、今日の探索で発見したテッド君の父親の識別札がある。


 これを、テッド君に見せるべきか。

 恐らく、そうすることで彼の父親探索は打ち切りになるだろう。既に仲間の冒険者二人だけがやっている活動だが、終わりにするに十分な理由だ。

 しかしそれは、子供にはあまりにも辛い現実だ。


「いや、違うな」


 冒険者は死と隣り合わせの危険な仕事だ。いつか来るかもしれない時が今来た。子供とはいえ、それを知らないでいる方が残酷だ。先延ばしにして良いことはない。


「こんにちは。マナールさん。探索はどうでしたか?」


 ちょうど、ノックと共にイロナさんが入って来た。彼女の方は開拓基地内で大活躍だ。調子の悪くなった魔術機を次々に直している。元々才能があるのだろう。近い内にアルクド氏が魔術師としての教育を始めるとも言っていた。先が楽しみな子だ。


「イロナさん、テッド君と父親を探してくれている冒険者二人はいるかな? ここに呼びたいのだけれど」

「それならさっき見かけましたけれど。なにか見つけたんですか?」

「うん。これをね」

「…………これは」


 識別札を見たイロナさんは、静かに目を伏せた。


「私の口から見解も含めて話すべきだろう。悪いけれど、呼んできてくれないかな」

「わかりました」


 無関係であるにも関わらず、イロナさんは静かに頷くと関係者を呼びにいってくれた。


○○○


 数分後、第二医務室に、テッド君と父親の仲間の冒険者二人組がやってきた。テッド君の母も来て欲しかったのだけど、厨房の仕事で手を離せないそうだ。


「イロナさん、ありがとう。自分の部屋に戻っても……」

「いえ、ここにいさせてください」


 どうやら、イロナさんはことの次第を見守るつもりのようだ。

 小さなテーブルを挟んでテッド君の方を向く。医務室に椅子はそんなにないので、冒険者二人はベッドに腰掛けて貰っている。


「先生、なにがあったんだい? もしかして、なにか見つけてくれたの?」


 テッド君の声にはいつもの元気さがない。このメンバーで呼び出されたことで、察しているのかも知れない。


「これを、北東方面で見つけました」

「…………っ」


 そっと識別札を置くと、テッド君達は目を見張った。


「……これ……父ちゃんのだ……」


 識別札をひったくるように掴むと、その表面に刻まれた文字を穴が空くかのように何度も確かめながら、テッド君が言った。


「北東っていうと、例の魔獣に襲われたところか」

「少し、離れていたね。恐らく、戦いながら誘導したのでしょう。ただ、魔獣の死体は見つからなかった」

「と、父ちゃんは?」

「……残念ながら」


 周辺には魔獣もテッド君の父親もいなかった。痕跡もない。すぐそこに限りなく怪しい魔術師の工房があるが、それは伏せて置いた方がいいだろう。


「う……ぐ……父ちゃぁぁん……」

「テッド君……」

「まだ諦めるには早いぜ。魔剣だって見つかってないんだから、生きてる可能性はある。この識別札も、戦いの中で落としただけかもしれねぇ」


 泣きじゃくり始めたテッド君を、冒険者二人が慰め始めた。まるで、自分自身に言い聞かせるような言葉で。

 

「マナール先生、魔術師ってのは魔力探知で色々見つけられるんだろ。これがあった所に、他に反応はなかったのかい?」

「残念ながら……。ヴェオース大樹境は魔力反応が多すぎて、魔力探知が難しいのです」

「そうかい……」


 実際、私の魔力探知でも工房の中までは詳しく反応を追えなかった。これだけ開拓基地近くで隠蔽できているのだから、作りからして違うのだろう。内部の方はなかなかしっかりしたものになっているようだ。


「テッド君、こんな報告しか出来なくて申し訳ない。お母さんには……」

「俺から話すよ……。父ちゃんは冒険者だから、覚悟はしてるって言ってた……」

 

 涙をぬぐいながら、テッド君が言う。少し、辛い光景だ。子供が泣くところを見るのは、苦手だな。


「先生、話はこれだけですか?」

「はい。お二人も呼び出して、申し訳ありませんでした」

「いえ、おかまいなく。ありがとうございました」


 冒険者二人が、テッド君を支えて立ち上がると、深く頭を下げた。

 そのまま三人は、静かに退室していく。


「テッド君のお父さんの件は、これで終わりなんですね……」


 目尻の涙をぬぐいながら、イロナさんが言う。

 終わり、普通ならそうだ。テッド君の父親は死んだものとされ、残された者達はそれぞれの生活を続ける。


「いや、実はまだ可能性がある。実は識別札が落ちていた辺りに、魔術師の工房があった」

「え、あの、それって?」

「私の試験担当の工房だよ。状況的に、テッド君の父親はそこに収容された可能性が高い」

 

 謎の魔獣と一緒にね、と付け加える。


「なんでそのことを教えてあげなかったんですかっ。テッド君、あんなに泣いちゃって、可愛そうに」


 イロナさんに怒られてしまった。必要な情報を教えなかったのには勿論理由がある。


「魔術師の工房にいて、無事だとは限らないからね。それに、この話を聞いたテッド君が、単独でヴェオース大樹境に行ってしまう可能性もある」

「…………」


 私だって、生存の希望があることを伝えてあげたかった。しかし、魔術師の工房というのはあまりにも剣呑な代物だ。テッド君の父親がどんな風に扱われているか、想像もつかない。


「イロナさん、私は明日の朝早くから留守にするよ。頼まれた分の仕事はもう済ませているからね」

「行くんですね。マナールさん」

「勿論だとも。ついでに、試験も終わらせてくるよ」


 さて、怪しいことをしている試験管殿の所に、乗り込むとしようか。

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