第16話:家具と就労について
「よし、こんなもんだな」
「ありがとう。ワファリンさん。運ぶだけでなく設置まで手伝って貰ってしまって」
「気にするもんじゃない。恩人でお得意様へのサービスだよ」
老ドワーフにして家具職人のワファリン氏。彼が怪我をしながら作った家具を、治療のお礼とばかりに全部無料で貰えることになった。代金はちゃんと払うと言ったものの、そこは頑固なドワーフだ、全然聞いてくれない。
結局、私の方が折れて、そのまますぐに自宅に運ぶことにした。
ワファリン氏が持ち運び用に用意した荷車を貸してくれた上、手伝ってくれたので、私達はその場で市を後にして工房に向かった。
私用の工房は、すでに清掃がすんでいた。イロナさんがやってくれたんだろう。
殺風景な古い部屋に、新品の棚や机が次々に運び込まれ、設置されていく。
ちょっと時間がかかったが、リビングと寝室がそれらしい見た目に整えられた。
使っていなかった何もない工房に新品の家具が並ぶのは、いかにも新生活という感じで悪くない。
「本当にいいんだな? 何ならもっといいモン作ってやるぞ」
「これが気に入ったんだ。ワファリン氏にとっては怪我をしていた頃の作品なので、満足いく出来じゃないかもしれないが、私からすれば十分だよ」
「まあ、普通に使う分にはいいように作ってあるけどよ」
「殆ど空っぽのこの部屋に、貴方が本気で作った家具は似合わないよ。そのうち改装工事ごと頼みたいね」
イロナさんが頑張って掃除してくれたとはいえ、私にあてがわれた工房は古い上に痛んでいる。歴戦のドワーフ職人の作品を置くなら、もっと綺麗にしてからが良いだろう。その時は、ワファリン氏にリフォームの計画から相談したい。
「そいつは嬉しい話だな。あんたのことだから、すぐにそのくらいの大金稼いじまいそうだ」
「ご期待に添えるように頑張るよ」
テーブルや棚の位置を確認しながらそんな話をする。腕の方は全く痛まないようだ。そのことに、作業中の本人が一番驚いていた。
「じゃあ、俺は職場に帰るぜ。腕を試したくて仕方ない」
「ありがとう。しかし、本当に無料で良かったのかい?」
「当たり前だ。俺の工房はここから近い、二つ向こうの通りだ。ワファリンのとこって聞けばわかるから、たまに来てくれよ」
「うん。必ず行かせてもらおう」
その後、じゃあなと言い残してワファリン氏は足早に去って行った。治った腕の調子をすぐに確かめたいのだろう。実にドワーフらしい、正直な行動だ。このくらいの方が付き合いやすくて個人的にも助かる。
○○○
家具の設置を終えたらちょうど昼食の時間だったらしく、アルクド氏が呼びに来た。
今日のお昼はスープとパン、それに近くの店で買ったという焼いた肉がついてきた。
イロナさんは仕事でいない。二人での昼食である。
「と、いうわけで無料で家具を手に入れることができました」
「なんとも。ワファリンという名は聞いたことがありますな。昔は腕の良い職人だったとか。しかし、短い時間で色々と起きますなぁ」
家具を手に入れた話をすると、アルクド氏が楽しそうに笑った。
「家具は揃ったし、後は仕事かな」
「それですが、午前中のうちに師匠が更に動いてくれましてな。思ったより早く、ことが進みそうですぞ」
「助かるね。この町で大手を振って魔術師ができないというのは大変そうだ」
「ええ、近い内に魔術師として認める試験が組まれるでしょう。マナール殿なら問題ありませぬ」
「試験があるのか。大変そうだな」
「簡単なものですぞ。きっとすぐに魔術師としての仕事が入ってくることでしょう」
その後、アルクドから魔術師の仕事について教えられた。貴族や金持ちの治療や、駆け出しの指導。冒険者の治療など多岐にわたるそうだ。場合によっては魔獣討伐に参加することもあるとのこと。
「なんだか忙しそうだな。研究もままならないのでは?」
「仰る通り。だから、魔術師はあまり組合の依頼を受けたがらず、沢山仕事が転がっているのです」
そういうことか。とにかく魔術師組合に登録してもらえば、食い扶持には困らなそうだ。ついでにこの町の色んな人から話を聞いて、師匠の目的にも迫れるかも知れない。
普通の生活をするという目的と魔術師という職業の相性は悪いように思えるけど、まあ、これは仕方ない。私はこの生き方しか知らない。なにより、魔術師として活動してしまった。ここはアルクド氏のように魔術師をしながら人としての人生を送る方向を模索していこう。
「ともあれ、他の魔術師との接触には気をつけることですな。中には過激な者がおりますゆえ」
「うん。それは気をつけよう」
にこやかに笑って私達は昼食を終えた。
○○○
昼食後、自室に戻った私は家具の揃った部屋を見て、大変な満足感を得ていた。これは新生活の証だ。少しずつ必要なものをそろえていくのは楽しい。工房内はどんな風にしようか。実験機材とかそのうち買おうかな。
そんなことを考えながら、自室に戻るべく、扉を開ける。
「やあ、おじさん。待っていたよ」
入った瞬間、子供の魔術師に話しかけられた。
あどけない顔つきの子供が、私の椅子に座ってにこやかな表情を向けている。
さっき市場にいた魔術師の弟子だといっていた子だ。
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