第15話:傷ついていたドワーフ
魔術師見習いの子供に言われたとおり会場の隅に向かってみると、たしかに家具が沢山並んでいた。
家具などの大物を扱う人は、スペースを広く取ってまとめられているようだ。
軽く見て回ると、年老いたドワーフが静かに椅子に座っている店が目に止まった。うん、ここだな。
並んでいる家具はどれもシンプルだが頑丈そうなのが良い、好みだ。売れ行きは今ひとつなようだけど、その理由は通路を睨むように見つめている老ドワーフにあるように思える。
しかし、ドワーフの老人が露店とは珍しい。彼らは年を取ると、こういう外仕事は若者に任せて、籠もって自分の仕事に熱中するものだが。
「どうした、兄ちゃん。気になるものでもあったかい?」
「ここに良い家具が置いてあると聞いてね。本当にドワーフの品が並んでいるとは思わなかった」
通常、ドワーフ職人の作品はこういった市に並ばないはずだ。中古であっても、高い価値をもつので、それなりの店に並んでいるのがふさわしい。
「格安で売っていいもんを並べてるだけだよ」
白く豊かな髭に鋭い目つきの老ドワーフは、見た目に反して穏やかな口調と声音だった。
ドワーフは小柄ながら、頑丈で手先が器用な種族だ。寿命が長く、探究心とその頑固さから職人の道へ生涯を捧げるものが珍しくない。魔術的には火、地、闇と関わりが深く、得意属性を活かして鍛冶を行い、魔剣や魔術具といった特別なものを製造するドワーフの魔術師も多い。
意外というと失礼だが社交性も高く、弟子をとって大規模な工房を作り、複雑なものを作り出したりもする。
気難しいところもあるけど、仲良くなるととても頼もしい。そんな人々だ。
「……ふむ。これは、誰が作ったのかな?」
机や椅子に棚、しっかり出来ているが装飾は簡素。これは若い弟子の作ったものだろうか。よく見ると、大きさの違う材木を上手く組み合わせたものもある。思ったよりも手がかかっているな。
「俺だよ」
短くそう言われた。
気になったのは、彼の表情だ。
そこには諦念があった。なにかに疲れ、諦めた者の気配。魔術師の世界でも、よく見たあの気配が、目の前の老ドワーフからはにじみ出ていた。
「なにか事情が?」
「あんた、単純に俺の腕がヘボだって思わないのか?」
「ドワーフの職人は総じて正直だ。これが若手の品ならそう教えてくれるだろう。貴方が年老いて衰えた場合も同様だ。これを並べる理由があると思った」
「これが、今の俺の精一杯というだけだ。店に並べる気は起きんが、捨てるのも忍びなくてな」
「つまり、本来は店に並べる出来のものが作れたというわけだね」
「ああ……歳とってから怪我して、手が言うことをきかなくてな。余った木材で頑張って、これが限界だ」
情けねぇ、といいながら老ドワーフは右腕を見せる。小さな丸太を思わせるがっしりした右手の肘近くに、深い傷跡があった。
「……魔術師に治療を頼んだことは?」
「もう無理だと言われたよ。時間がたちすぎてな」
たしかにそうだ。もう傷が塞がってしまっている。彼の腕の大事な部分を傷つけたまま、怪我は治ってしまったのだろう。こうなると、並の治癒魔術では治せない。
「良ければ、私にも挑戦させてくれ」
「ん? 別に構わんが」
既に諦めきっているのだろう。老ドワーフは特に拒むことも無く、治療を許してくれた。
傷跡に手を触れて、回復魔術の行使する。右手の平が軽く光り、ドワーフの右腕を優しい光が包みこむ。
通常の回復魔術は、生き物の持つ治癒力を高めることで傷を癒やす。このやり方は、時間もかかるし、効果も薄い。なにより、この老ドワーフのような古傷には効果がほぼ見られない。
だから、もっと良い回復魔術を使うことにした。『塔』の一部の魔術師が生み出したより強力な魔術だ。
魂の覚えている形に、怪我を治療する。その肉体の本来あるべき姿に戻す回復魔術。通常の回復魔術よりも数段上の方法である。
これならば、彼の腕を本来の姿に戻すことができる。体の傷を魔力があるべき姿に戻すのだ。使いこなすのが難しく、当時の『塔』の中でもあまり普及しなかったものだが、幸いにも私には使うことが出来た。
「どうかな?」
「む……。おおい、これはどういうことだ? 傷跡が消えてやがる」
そう言って、戸惑いながら、近くの箱から道具を取り出す。
しばらく道具を持って何かした後、震える声で老ドワーフが声を絞り出した。
「腕が、震えねぇ。痛みもない。道具を握るだけで痛くなっちまってたのに」
「良かった。上手く治療できたようだね」
そういった直後、老ドワーフがその場で地に伏して、頭を下げた。完全に平伏する姿勢だ。何があったのか、周囲がざわめく。人の少ないところで良かった。賑やかな場所だったら、騒ぎになっていたかもしれない。
「きゅ、急にどうしたのかな?」
「なんとお礼を言えばいいのか。このワファリン、生涯をかけて恩を返す。名前を教えてくれ、魔術師殿」
「マナール……」
「マナール殿、あんたは俺の恩人だ。もう職人としては終わった俺を助けてくれた。何でも言ってくれ、できることなら力になる」
ワファリンと名乗った老ドワーフが、立ち上がって、感激の涙を浮かべて迫ってくる。凄い勢いだ。小柄ながら、体格の良いドワーフが泣きながら寄ってくると言うのは、なかなか迫力があるな……。
「と、とりあえず家具を買いに来たんで選んでいいかな」
思った以上の結果になってしまった。私は家具を少し買いに来ただけなんだがな。
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