第17話:話し合い(家具編)

「何の用かな? 勝手に入ってくるのは感心しないな」

 

 これは私がうかつだった。生活を整えるのを急ぐあまり結界などを張っていなかった。

 市場で出会った魔術師の弟子。まだ子供だ。普通に後をつけてきたのだろう。魔術的な追跡は感じなかった。


「悪いね。どうしてもお師匠様が連れて来いっていうんだ」

「それでつけてきたのかい?」

「ううん。ローブ羽織った人を見なかったか聞いて歩いたら自然に」

「…………」


 魔術師らしい服装としては申し分ないけど、問題があるな、この格好。


「お誘いは断ったはずだけれどな」

「そう言わずに。僕達は有力な仲間を集めてるんだ。おじさんにも悪い話じゃないはずでしょ?」


 ぴょんと椅子から降りて、のぞき込むように聞いてくる少年。……多分、少年だと思う。声が高いし髪が長いからはっきりわからないけれど。


「何を目的とした集まりかわからないが、印象が悪いのでついていきたくないな」

「そりゃ勿論、魔術師としての高みに至るためさ。その点では、この家に居着くのはあんまり良くないと思うよ。それに引き換え、うちの派閥は色々と頑張ってるし将来性もある」

「ふむ……」


 私は熟考した。時間にして五秒くらい。


「やはり断るよ。この家の人達と知り合ったのも何かの縁だしね」

「わからないかなぁ。ボクは君を連れてこいってお師匠様に言われてるんだよ!」


 いらついたのか子供が手のひらをこちらに向けた。

 そこに宝石の収まった魔術具の指輪が見えた。彼の魔力が集まっていくのが見える。攻撃用の品だな。


「そんなもの、私には通用しないよ」

「でも、こっちの家具なら違うでしょ」

「なっ、やめっ」


 直後、魔術具から魔力の矢が放たれて一番小さな棚に直撃した

 光り輝く矢は当たった瞬間爆発して、衝撃で室内が少し揺れた。

 当然、木製の家具が耐えられるものではない。破砕音と共に、棚が崩れていく。


「お……おぉぉぉ……あぁぁぁぁ……」


 近寄って確認してみた。粉々だ。魔術では修復不能。家具は魔力や魂を持つ生き物ではないので、いかに私といえど、修復できない。

 これは、この町に来て初めて知り合ったドワーフとの記念の品だというのに。傷つきつつも職人魂を失わない素晴らしい人物が苦心して創った作品が、こんなことで……。


「おぉ……な、なんてことを……」


 崩れ落ち、嗚咽を漏らす私に向かって少年は語りかけを続ける。


「さ、わかったでしょ。お師匠様からは多少の実力行使は許可されてるんだ。痛い目に遭いたくなければ……」

「うぅ……おぉぉぉ……私の家具がぁああ……」

「これ以上痛い目にあいたく……」

「うっ……うっ……まだ使ってなかったのに……」

「聞いてる?」


 少年が何を言っているかなんて気にしていなかった。この家具を使うのを、私は楽しみにしていた。心の底から。

 許せない。ささやかな日常を、幸せを踏みにじって。せっかく良き出会いのあった思い出の品を破壊するなど。


「聞いているとも」


 静かに答え、私は少年を視た。


「ひっ……ぐっ」


 見習いといえど、気づいたのだろう。少年は即座に顔を青くする。

 強力な魔術師は思考だけで魔力をある程度操れる。私はそれ以上の事も可能だ。

 少年が全身に身につけていた護身用の魔術具が次々に光を放って砕ける。パンパンと軽快な音が室内に響いた。

 視線による魔力干渉で、少年が身につける魔術具に莫大な負荷をかけて破壊。これは警告だ。


「君の師匠のいるところに案内してくれたまえ」

「うぇぇ……」

 

 実力差がわかったのだろう。恐怖のあまり泣きじゃくる少年に構わず私は言葉を続ける。


「話し合いをしようじゃないか」


○○○


 話し合いの場は、工房から北にいった先、町の城門近くに設けられた小さな公園の中だった。

 ミュカレーの町は東に行くほど土地に余裕があるそうだ。その点でいうと、この辺りは土地的には余裕がないはずなんだが、行政の関係で緑が残されており、そこに魔術師の隠れ家があるとのことだった。


 案内されたのは、小さな倉庫だ。中には四角い水晶のはまった魔術具が一つ。


「これは魔術機じゃないね」

「はいぃ……お師匠様との連絡用ですぅ」


 すっかり怯えた少年が教えてくれる。どうやら隠れ家ですらないらしい。

 今から話す相手には、ワファリンさんの家具分の制裁を受けてもらう。組むつもりなど毛頭無い。


「では、起動します……」


 魔術具が起動。仕込まれた魔術陣があらわになった。なるほど、連絡用か。風の魔術の応用かな。案外光属性かもしれない。映像や音声を送る実験を何度か見た記憶がある。

 しばらく待つと、箱に埋め込まれた宝玉から声が聞こえはじめた。


『はじめまして。名前を聞こうか。新参の魔術師よ』

「名乗りたくないね。君の弟子に家具を壊された。その抗議に来たのでね」

『……どういうことだ?』

「君の弟子である少年は暴力と脅迫で私を従えようとした。それに対して厳重に抗議する」

『……つまり、文句を言うためだけにわざわざここに来たと?』

「その通り。私の家具を壊したことは許しがたい」

『それで我々と敵対することになっても構わないと?』

「敵対はしないよ。余計なことをしないようにと釘を刺しに来ただけだ」

『はははははははは!』


 空気が震えるほどの笑い声。ちゃんと音の大きさまで反映するなんて、よくできた魔術具だ。


『釘を刺す? どうやって! 私は魔術具の向こうだぞ! どこの田舎魔術師か知らんが、とんだ間抜けがいたものだな』

「こうやってさ」

 

 私は宝玉に触れると、素早く魔力の流れを解析。

 向こう側の存在を把握し、強引に魔力を流し込む。風と水の属性を応用した、電撃のやつを。


『ぐぎゃああああああああ!』

「どうだい? 効くだろう。これは師匠直伝の「おしおきの魔術」だ。気絶しないがとても痛い電撃だぞ」


 向こうで魔術具を起動している以上、道具に触れているはず。魔力を使っている以上、向こう側にいる魔術師も部品の一つみたいなものだ。

 故に魔術具に攻撃すれば向こう側の魔術師もダメージを受ける。


「ああああああああ! ばばばばばばばば!」

「ひっ……」


 後ろで少年が軽く声をあげて、怯えてうずくまった。人間の悲鳴を聞くのは初めてのようだ。

 しばらくして満足したので、魔術を停止。話し合いを始めなければね。


「さて、これで君は、私がその気になれば、いつでもどうにでもできる状況だと理解できたはずだ」

「ふぁ……ふぁい」

「さて、話し合いをしよう。今後、私には余計な勧誘をしない。いいね?」

「ふぁ、ふぁかりましたぁ」

「本当に? もう少し刺激が欲しいかな?」

「わ、わかりました! 絶対に手出ししません!」

「よろしい。君の魔力は覚えた。もし、私と私の周りに何かあった場合、問答無用で犯人だと断定し、確実に見つけて制裁を与える」

「ぜ、絶対に余計なことをしません!」


 力強い返答だ。よい話し合いだった。

 ちょっと脅迫めいた行為だけど、このくらいやっておくべきだろう。どうも、この町の魔術師は野蛮なようだ。恐らく、ヴェオース大樹境の存在が大きい。研究競争で派閥ができて、大分激しくやり合っているのだろう。


「よろしい。今回の家具破壊に関しては、謝罪の言葉だけで許そう」


 元々お金を払っていないしね。


「も、申し訳ありませんでした……」

「今後、余計なことをしないように。次からは簡単に家に入れないよ?」

「も、勿論です」


 これは私もうかつだった。工房を貰ってすぐに結界の一つも作るべきだったのだ。

 今日の午後はそれに時間を費やそう。

 連絡用の魔術具から手を離し、心底怯える少年に私は告げる。


「それじゃ、私は帰るよ。君の師匠にくれぐれも宜しくね」

「…………」


 無言でガクガク首を縦に振る少年を残し、私はその場を去った。

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