5.人

 それはすさまじい衝撃だった。轟音が大地を駆け、爆発は大地を拓いた。それがすべての始まりであり、終わりであった。地上の建物は跡形もないほどに消え失せ、当然ヒトの気配はしない。無秩序な爆撃のように見えて、しかしそれはただヒトを根絶するために考え抜かれた、最善策だ。


 核を載せた流星――ミサイルが地球に着弾し、分け隔てなく絶望をまき散らす。次々と放たれたそれは、さらに住宅街のあちこちに隠されていた核を誘爆し、さらに甚大な被害を生む。


 もちろんキカイとて無事ではいられない。陸丸のラボの贄となっていた『零号機』たちと違い、チープな素材で作られたキカイたちはヒトと同じように融解し、その意識ごと消滅していった。最後に流れ星を見た彼らの顔は、笑っていたという。


 地上の轟音はやがて、地を割るほどの振動を地中にまでも与えた。そしてそれは、地球の地下に作られた、三橋が私有する研究室にまで到達した。


 *****


 その時、一斉にガラスが割れた。


 いや、それは俺の記憶じゃない。俺が目を覚ます数秒前の記憶だ。辺りには割れたガラスと、俺を漬けていた液体が散乱している。


 呼吸。ふと自分が、呼吸をしていないことに気づく。吸い方が、吐き方が、体に刻み込まれていない。そもそも呼吸をするようにつくられていない。


 両手を地面につき、人魚のような姿勢で自分の体を確認する。


 肌は白い。決して健康的とは言えない、まるで日光に一度も触れたことのないような白さだ。性別は? 分からない。男なのか、女なのか、それとも。それを示すに値する器官が見当たらない。


 ふと、地面を流れる液体に、自分の顔が反射した。それはどこかで見たような、忘れてはならないような。


「小倉……?」


 水しぶきを上げて立ち上がる。動作を確認するように両手を見て、開閉する。辺りを見回すと、幾本ものガラス柱が並んでいたことが分かった。俺のものと同様に、先ほどの地震が原因だろう。


 土台部分を残して完全に割れたガラスに気を付けながら歩を進める。倒れた何人かの顔を見てみると、やはりそれらには、小倉の面影があった。


「……キミ。少しいいかな」


 突然の他人の存在。前方から聞こえてきた声に、俺は声を出すことすらできない。やがて、ガラス片の浮いた液体を歩きながら、一人の少女(声から察するには少女だったが、俺と同様に人格が男である可能性も否定できない)が現れた。


「ボクは真紅。キミは、夏樹。いいかい、キミはボクに聞かなければならないことがあるはずだ。他人の体に怯えている場合かい? さあ、口を開いて。」


「あ、あんたが、ストアの別人格か? なら、ヒトを救う方法を考えてくれないか。俺だけの力では、何も、できない」


 眼前の何者かは、俺の言葉を聞いてにやりと笑った。


「そう、それでいい。でも、それに答えるには、まだ少し君に情報が足りていない。少しついてきてくれるかい?」


 そう言うと彼女? は悠々と液体をかき分けて進んでいった。


 この場所は案外広いらしく、水をかき分ける音は遠くまで反響していった。


「あんたは――」


「女なのか、かい? それは今、重要な事柄じゃない。でも、そうだね。ボクは自分が女だと思って生きて――いや存在している。それより、着いたよ。」


 彼女が指し示した先には、人が一人収まっていたような跡のある棺桶――ちょうど、俺が脳を移植するときに入ったものと同じだ――が直立していた。棺桶にはあらゆる方向から、虹のようにコードがつながっていた。


「ここにあんたがいたのか?」


「そ。ボクはここで、三橋の実験体として、人間の脳の限界に挑戦していたんだ。まあ、ほとんど人間じゃないけどね。」


「脳の限界とは、つまりどういうことだ?」


「記憶の人口注入。要するに、人間からスタートしてどれだけ機械に近づけるかってことだよ。体は人工、内臓は無いし呼吸もしてない。代わりに、体の八割を元の人間の脳に侵食されている。そして、その脳のほぼ全域で、思考thinkだけをしている。」


「思考だけということは、記憶野やほかの機能はどうなったんだ? 思考野だけでは脳が存在できるはずがない」


「そうだね。ボクは実験の途中、過剰な情報供給によって破損しそうになった。だから、人格を分裂させたんだ。君も会っただろう? ボクの記憶野store表現野speechに。そうやってボクは、三つの世界にいわば同時に存在しているんだ。そして同時に、世界で起こるすべての事象を演算、記憶している。スモモが死んで、表現野にフィードバックが入ったから、今の僕は純粋な思考野の存在じゃない。もっとも、ずっと前にそのことも演算し終えていたのだけれど。今ボクが話しているのも、ずっと前にボク自身が、そうするよう自分を規定したからさ」


「なら、これから何が起こるのかもお見通しってことか。」


「そうだね、じきに彼が来る。そうしたら、ボクはキミを説得することになる。」


「ヒトは滅びるのか?」


「もう滅びているさ。でも、それだけじゃあないんだ。」


 それはどういう――問いを口にする前に、右側に続いていた道の先から、怒鳴るような声がした。


「——さあ、人と機械の、最後の対話だよ。」

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