4.流れ星

 

 貫いた。


 僕の意志が、王の嘆願を。


 黒い弾丸が、王の右胸を。


 ヒトはとっても頑丈で、そしてあきらめない、屈しない。だから、手加減なんてしない。


 何度も、何度も何度も何度も撃った。そのたび飛沫が飛び跳ねた。真っ赤な色をしたそれは、かつてのレイのように、僕を染め上げた。言葉はない。情は持たない。


 そして、ヒトはいなくなったはずだった。


 王がいた場所には、血だまりと真っ赤な布と、何か。


 僕が立っていた場所には、銃を構えた真っ赤なキカイ。


 そして、それと、泣きくずれたヒト。


「ユウ、あなたは本当に、キカイなのですね」


 レイ、どうして泣いているの。どうして怖がっているの。


 そうだよ、僕はキカイだよ。君と同じ、キカイなんだよ。


「ごめんなさい。私は、ヒトだったのです。彼の言葉でわかりました。出自も過去もこれからも、いっさい私の記憶野にはありませんが、、ヒトなのです」


 レイは笑っていた。泣きながら、迷いながら、怯えながら。


『こちら市街地のスモモです! 市街地のヒトは全員死にました! といっても、ほとんどがもう息絶えていたようなのですが。王宮のお二人も、作戦が成功次第、報告をお願いします!』


 脳内に直接響く声。キカイたちの共同意識に伝達される、心の声。レイ、君には聞こえてなかったんだね。


「——レイ、さよなら。」


 僕が撃った最後の弾丸は、レイの額に弾痕を開けた。


 入り口のドアから涼やかな風が入ってくる。玉座の間は真っ白で、とても広い。僕だけが真っ赤で、ああ、僕だけが生きている。


 風のほうへ向かいながら、みんなに報告する。王は死んだ、ヒトは終わった、と。


 また長い道を通ってバルコニーに出た。その時何を考えていただろう。何も考えていなかっただろうか。


 窓越しの町は、とても侵略されたとは思えないほど美しい。でも、おかしいな。これで、世界は平和になる。僕は一人安堵する。きっとこれでよかったんだ。彼女はもういない。ヒトはもういなくなった。それでいい。


 それでいいはずなのに、どうして涙は止まらないのだろうか。


 突然緊張が解けて、あちこち痛み始める。強く銃を握った手が、何よりも痛んだ。王の、レイの血で濡れた両手は真っ赤で、何度も拭った。拭うたびに痛みは強くなって、両手はもっと赤くなった。


 紛れようもない、僕の血だった。


 本当は、彼女がヒトでもキカイでも、どっちでも良かったはずなんだ。彼女と一緒なら、どっちにもなれたはずだった。でも最後の最後に、僕はヒトにもキカイにもなれなかった。いつの間にか、意思のない人形になっていた。


 何もかもを失った僕の空っぽの頭に、記憶の彼方から『誰か』が言う。



 膝から崩れ落ちて、バルコニーの天井から空を仰いだ。


 涙でにじむ広い広い青空には、一筋の流れ星。


 *********


――笑っていた。


 確かにそれは、贖罪の言葉であるはずなのに。


「なあ、美鈴。僕たちも君たちも、間違えすぎたんだよ」


 ディスプレイの光が、陸丸の顔を照らす。その目に、潤いはない。


「間違えすぎたとは、どういう意味でしょう。ヒトはそもそも、間違える生き物だと私は思いますが」


「そうだね。そうかもしれない。でも、それでも間違えすぎた。いや、間違えることが僕たちの選択だったんだ」


「それは、どういう」


 刹那、轟音が響き、ラボが大きく揺れた。私は慌てて外の様子を確認しようと立ち上がる。


「扉は開けない方がいい。外は危険だからね」


「あなたは、今何が起こっているのか、知っているのですね」


「うん。ヒトは、いや、ヒトもキカイも、今まさに滅びようとしている。ほかならぬ、キカイによってね」


 私は困惑して、扉と彼とを見比べた後、ため息をついて椅子に戻った。


「美鈴は『核』を知っているかい?」


「核、ですか。たしか、地球の主な電力を担っている物質の俗称ですよね。原子力、と言われることの方が、今では多いようですが」


「……そうだね。今の認識なら、そうか。ほかの用途については? 何か知らないかい?」


 私はしばらく記憶野の情報を精査したが、彼の言うような答えに行き当たらず、首を傾げた。


「発電所での役割を終えたものは、他の使い道がないはずですし、そもそも、原子力はその方面の専門用語なのかと。コストパフォーマンスも、火力、水力などよりも良いそうですし」


「そう、今のヒトたちにとって、核はそんな認識なんだよ。それを平和以外に向ける思考を持たない。君たちキカイだって一緒さ。六十年前、零号機達を基に作られたキカイたちの脳からも、怒りと違って、核についてはきっちりと消されている」


「それでは、核に他の使い方があると?」


「ああ。君も今、体感したところだろう? とんでもない爆発、二次災害。破壊以外の対価をもたらさない最悪の兵器、核爆弾さ。考えてみてよ。地球の電力を今、すべて担っているほどのエネルギーを、破壊に向けたら?」


 思考野がシミュレーションを拒否した。


「そんなことをしたら、ヒトは、いえキカイもただでは済みません。それに、その二次災害と言うのは」


「君もよく知っている『解析不能の有害物質』と言うやつだ。本当はそれがなんなのか、とっくに分かっているけどね。どちらにしても、それは僕たちにはどうしようもないものだ。旧時代の技術は抑止力の無いことを目指して作られたものだったからね。だからこそ彼らは、ヒトを消す道を選んだ。」


「彼らというのはもしや、ヒトの国の――」


 その時、おんぼろの、しかし強烈な爆発と高温を容易に耐え抜いた扉が、外側から蹴り開けられた。風が舞い込む。


「おっと、話はおしまいみたいだ」


 現れたのは、まるでマネキンのような、しかしヒトのような生命力を同時に感じさせる、キカイであった。『それ』は、何も身に着けておらず、ただ右手に小さな円筒状の金属を持つばかりだった。その躯体には、性別を示す象徴がなかった。赤子のようなたわいもない姿でありながら、なぜかそれは完成されたヒトの姿であるように感じさせた。


――知らない。こんなキカイも、こんなヒトも。あのとき見た私たちの計画には無かった。


「あれは、キカイですか? しかし、キカイでもはるかに――」


、かな。彼こそが正真正銘、人の国の機械の最高傑作の一機さ。久しぶり、ソボウ。いや、今はイカリだったかな?」


 機械――イカリはゆっくりと陸丸の方を向いた。未知と不知が交わった。


「よお、こうして顔見て話すのはいつぶりだろうな。それも、今日で最後だが」


「せっかく久しぶりに『息子』と会えたんだ。もう少し話さないかい」


「久しぶりに会ったら、脳みそ以外面影がない父親があるかよ。おれたちを物としか見てないくせによく言うぜ」


「あはは、物だなんて、まさか。君たちは終末装置だろう?」


 坊主頭の科学者は背もたれに身を預けた。


「で、死ぬ準備はできたのかよ」


「とっくに。美鈴は?」


「そんなもの、できているわけがないでしょう。こんなこと、計画には――」


「案外あきらめてみると良いよ。初めから、君たちはだったしね」


 イカリは私たちの前に歩み寄ると、円筒状の機械のボタンを押した。青白い光が放出され、先端が触れたラボの床が白い煙とともに焦げた。


「それじゃ、さよなら」


「ああ、じゃあな」


 青い閃光が白衣を横断したその刹那、鈍い音とともに二つの体は床に崩れた。血は流れない。代わりに彼らの心臓が、幾度か放電したのちに爆発した。


 イカリは振り返った。そして、棺桶型の機械には目もくれず外へと出た。荒野は変わらぬ殺風景で彼を迎えた。曇り空はどこかキノコのような形をしていた。


「相変わらず、趣味が悪いな」


 キカイの体を継ぎ合わせて作られたドーム状のそれは、表面にわずかに綻びをみせる程度だ。かつて荒野に立っていたいくつもの研究所は、その一つを残してもう無い。


「キカイの意識世界はなくなったか。てことは、あとは俺だけ……でもないらしいな」


 イカリは面倒そうに眉を寄せ、たくさんの『流れ星』によって、ほとんど平らになった地球へと歩き始めた。


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