第2話 好敵手

 あれから翌日、レモネードはいつも通りの朝を迎えた。しかし、昨日の出来事が頭から離れずかなり頭を悩ませていた。


「はぁ、何でこんなことになってんだよ……」


 ぼやきながらベッドから起き上がろうとしたその時、不意に声が聞こえた。


「やぁ、レモネードさん。 良い朝だね」


 顔を上げると目の前には黒髪ポニーテールに簪を挿している先輩、野々宮可憐ののみや かれんが立っていた。彼女はベッドの前で微笑んでおり、レモネードは驚きのあまり後ろに吹っ飛ぶと壁に頭を勢いよくぶつけてしまった。


「え!? 野々宮さん!! どうしてここに!!?」

「ん、窓ピッキングして開けた」


 野々宮は親指を立ててグッドサインを見せた。そのあまりにも自然な態度にレモネードは思わず引き気味になりつつも、驚きから抜け出せないでいた。


「まぁここに来たのも理由がしっかりあるから、早く身支度して身支度~」


 野々宮はニコニコしながらレモネードをベッドから引き上げ、無理やり立たせた。


「はいはい、わかりましたから、外で待っててください」


 レモネードは渋々言いながら身支度を始めるよう促した。


「了解~」


 野々宮は軽く敬礼するとあっさりと窓から飛び出していった。


 相変わらず彼女の行動は掴みどころがなく、知り合いの間でも謎が多い人物だ。レモネードはいつもの服を着てピアスを耳に付けると部屋を飛び出して階段を駆け下り、洗面台で爆速で残りの身支度を済ませた。そして靴を履いて玄関を出ると、彼女は腕時計を見つめながら口を尖らせていた。


「遅い!」

「いや、これでも五分で済ましたんだぜ」


 レモネードは軽く反論したが野々宮の視線にはまだ不満が残っているようだった。


「とりあえず登校するよ」

「わかりました」

「で、バッグは?」

「あ……」


 野々宮の一言でレモネードは忘れ物に気付き、家に戻ろうとしたが彼の襟を彼女は掴んで制止された。


「ほら何戻ろうとしてんの、行くよ」

「でもバッグが……」

「君がやらかすと思って野々宮さんが持ってきてたから」


 振り向くと野々宮の片手にはレモネードの黒バッグが持ち上げられていた。それをありがたく受け取り、何度も頭を下げて感謝する。それから数分歩いている途中、レモネードは気になったことを野々宮に尋ねた。


「そういや野々宮さん、なんで俺んとこ来たんすか?」

「えーっとね、君のボディーガードができると思ったんだよね」


 彼女は顎を指でトントンと軽く叩きながら返答した。


「え? どゆことすか?」


 レモネードは「ボディーガード」という言葉に心が引っかかり、頭が混乱していた。


「まぁ、この辺りに数十人の殺し屋がいたんだけど全く出てこないね。 諦めて帰ったか……それとも」


 彼女が言いかけたその瞬間、家の屋根から何かが飛び出すと同時に木刀のようなものを手にした人物がレモネードに向かって素早く振り下ろしてきた。


 レモネードは咄嗟に片腕で襲撃者の木刀を受け止め、重い音が響き渡りると同時に地面に亀裂が走った。よく見れば襲撃者は伸び切った長髪に着こなせていない着物が特徴の西園寺星七さいおんじ ほしななだった。


「よぉ、レモン。 グッドモーニングだな」

「オメェのせいでグッドじゃなくなったよッ!!」


 レモネードは星七を振り払うと星七は空中で体を捩らせて華麗に着地した。次の瞬間、彼の視線が隣の野々宮に向かうと一瞬硬直した。


「あ、スマン。 野々宮パイセンとデート中だったか?」

「レモネードさん、やっちゃっていいよ」


 野々宮は微笑みながら腕を組んでいたがその笑顔からは計り知れない殺気が放たれていた。


「じゃ、朝の軽い運動ってことで」

「俺は強くなったぜ。 今度こそお前をぶっころ――」


 数十分後、レモネードが学校の門まで歩いて行くとちょうど左側が長い短髪に臙脂色えんじいろのパーカーに黒いズボン。青いリュックサックを背負っている【玄花はるか】とボサボサ髪で中性的な体つき、目は紺色こんいろ。ショートパンツにダボい猫耳パーカーを着た【双葉舞夜ふたば まや】が登校しているところに出くわした。


「お、玄花と双葉じゃん」


 レモネードの声に気づいた二人がこちらを振り向き、元気よく手を振ってきた。


「その声はレモネードォ~……」


 玄花のトーンが落ち、視線も下へと落ちていく。レモネードが片手で引きずっていたのは顔面がたんこぶだらけの星七だった。


「何があったんですか?」


 玄花が星七を見つめながら呟くとレモネードは頭を掻きながら答えた。


「コイツが喧嘩ふっかけてきたから潰した」

「汝は何やってんだか」


 双葉が呆れたように呟いたがそれよりも野々宮に元気な挨拶をするのに必死だった。


「じゃ、学校頑張ってね~」


 野々宮は三人に手を軽く振りながら去っていった。その後ろ姿を見送りつつ、三人は星七をとりあえず持ち上げて保健室まで運んでいった。


 この高校は自由服だが保健室の先生は困った顔をしながらも星七の世話を引き取ってくれた。それから三人は別々のクラスへと向かい、無事に朝の会を迎えた。


 それからは変わらず退屈な日課が流れ、勉強が嫌いなレモネードは窓際の席に座りながら校庭で授業を受ける他クラスをぼんやりと見つめていた。ペンを回しながら気の抜けた時間をただただ過ごしていた。


 しかし次の瞬間、黒いミニバンが五台とその前を仕切るように一台の黒いセダンが校庭へ荒っぽく侵入してきた。


 車が止まると中から黒スーツを着た大人の集団が降りてくる。その中でもセダンから降りてきた顔に傷のある強面の男が、隣の肩幅の広い男からメガホンを受け取って大声で叫び始めた。


「このチンケな学校に住み着くカクヨムの蛆虫うじむし共!! 今からこの学校にいる人間全員撃ち殺す!! それが嫌だったら校庭に出て、俺達に大人しく首を出しな!!」


 その馬鹿げた声に嫌気が差したレモネードは回していたペンを握り潰し、席から勢いよく立ち上がった。先生が止めようとするも無視して、教室を出て廊下を突っ走り、昇降口から校庭へと飛び出していく。


 強面の男はニヤつきながら、周りの男達にアサルトライフルを構えさせた。


「聞き分けの良い蛆虫が一匹湧いてきやがったな」

「授業中だぞ、社会について義務教育で習わなかったかクソ共」


 レモネードは両手をポケットに突っ込み、反抗的な態度を見せた。その態度に苛立ったのか、強面の男は血相を変える。


 その時、後ろから足音がして振り返るとダルそうな顔をした玄花と双葉が現れた。玄花は顔を瞬時に切り替えてポケットから無数の手裏剣を取り出し、双葉は澄んだ青い水晶のような特殊な鋼でできた日本刀を鞘から引き抜く。


 さらには窓ガラスの割れる音が響き、二階の窓から木刀を片手に持った星七が会心の笑みを浮かべて地面に降り立った。


「あなたの出る幕じゃないよ」


 玄花は苦々しい表情で手をシッシッと追い払う仕草を見せるが星七は木刀を肩に乗せながら前髪をかき上げて言い返す。


「あ?知らねぇよ。 俺は俺のやりたいようにやるんだよ」

「駄目だ、コイツら……」


 レモネードは呆れながら呟いた。


「面白れぇ、全員撃ち殺せ!!」


 男の指示と共にアサルトライフルの銃口がレモネード達とその背後の校舎に向けられた。流石にまずいと感じた彼らは散り散りに走り出そうとするが時すでに遅く弾丸の嵐が彼らを襲うその瞬間、空から何者かが降ってきた。


 2メートルの大太刀を振り回し、全ての弾丸を弾き返して彼らを守ったのだ。男達が驚きに目を見開く中、レモネード達が視線を向けるとそこには高身長でセクシーな体型の少女が立ち塞がっていた。


 その少女は腰まで届くロングヘアで右目を隠しており、右目は緋色、左目は桜色に輝いている。黒地に赤いラインのセーラー服とロングスカートを着た彼女は自信に満ちた微笑みを浮かべながらレモネード達に声をかけた。


「間一髪だったね」

「姫百合か」


 レモネードが答えると【姫百合ひめゆり】はピースサインを向けた。


「後、双葉に招待されたのは私だけじゃないよ」

 

 姫百合が指を空に向けると全員が頭上を見上げる。そこにはヘリが飛んでおり、そこから二人の人物が飛び降りて来て、見事に着地した。


 黒髪のウルフカットをセンター分けにし、黒目が鋭い【オオキャミー】は上にクロップドTシャツとパーカーを羽織り、下はデニムショートパンツを着こなしていた。彼の両手には爪甲クローが装着されている。


 その隣に立つのは黒髪の短髪でやや高身長の【ゆう】。彼はスポーツブランドの洋服に身を包み、深々と帽子を被っている。


 二人の登場により、その場の緊張感が一気に高まった。


 男達は予想外の助っ人の出現に一瞬驚きを見せながらもすぐに醜悪な表情を浮かべ、構えを崩さない。一方、レモネード達はそれぞれの得意な攻撃体勢に入っていく。


 風がピリピリと張り詰めた空気を運んでいた。


 カクヨム特殊警備隊【緋炎組ひえんぐみ】のメンバーであるオオキャミー、ゆう、姫百合の三人はそれぞれが150億の懸賞額をかけられた強者つわものだ。この三人はカクヨム界でも突出した実力を誇り、その名を聞いただけで恐れられる存在である。


 緋炎組はカクヨム界において最も優れた組織の一つとされ、数々の危険な任務を成功させてきた。彼らの目的は単に警備をするだけではなく、カクヨム界の秩序を守り、悪を排除することにある。


 その実力と影響力は他の組織も簡単には手を出せないほどであり、彼らの登場は事態の終息を予感させる。戦闘が始まる前から、緊張感と共に希望の光が差し込んでくるような空気が流れていた。


「此処からは緋炎組の十八番おハコだな」


 ゆうが軽い準備運動をしながら呟くとオオキャミーと姫百合はお互いをバチバチと火花が散るような眼差しで睨み合い、まるで互いに言葉を交わすことなくその緊迫した空気が伝わってきた。


 レモネードは周りの様子を見て、息を深く吸い込んで目を鋭くする。


「開幕じゃぁぁぁ――ッ!!」









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ワンハンドレッドの絆 葛原桂 @keibun09

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