第27話 宇佐美ララは牛尾礼子を振り返る
リビングの陽だまりの中、ララは頬杖をつきながら、じっとミロクを見つめていた。無邪気なはずのその瞳には、どこか複雑な色が混じっている。テーブルには飲みかけの紅茶と、食べかけの焼き菓子が置かれ、微妙な沈黙が漂っていた。
「ミロクちゃんが、礼子さん。確かに、初めてあったあの日。礼子さんに似てるとは思った。でも、ミロクちゃんはミロクちゃん。どう考えてもミロクちゃんが礼子さんなんて…」
ララはミロクが礼子という事実を受け止めきれない。すると、ミロクはララのしせんをかんじたのか。
「何を見ておるのじゃ、ララよ。」
ミロクが眉をひそめながら問いかける。その声にはわずかな苛立ちと照れが混ざっている。
ララは答えず、さらにじっとミロクを見つめ続けた。その視線はミロクの顔を通り越し、遠い記憶の中へと向かっているようだった。
ララの過去と思い出
「礼子さんのことを思い出してるんだ。」
ぽつりと、ララが呟いた。
瑠美が目を細め、興味深そうに続きを促す。
「礼子さん……伊賀で一緒に訓練していた礼子のこと?」
「うん。」
ララは、懐かしむように瞳を細めた。
「あの人、本当に完璧すぎてさ。スタイルもいいし、顔も美人。でもさ……性格が無理!」
ララは声を大きくし、テーブルを指でトントン叩いた。
ミロクが少し首を傾げる。「性格が無理……とは?」
「男癖が悪いし、酒癖も最悪だったんだよ!私たちがどんなに頑張って訓練してても、礼子は遊びほうけて、男連れてふらふらしてたんだから!」
ララの声は、少し怒りを帯びていた。けれど、その裏にはどこか捨てきれない親しみがあるようだった。
瑠美は目を閉じ、思い出すように言葉をつないだ。
「確かにね。礼子は自分の才能を無駄遣いしてるところがあった。でも、いざというときは違ったわ。」
ララの表情が揺れる。
「……そうなんだよ。あの人、なんだかんだ言って、私が泣きそうになったときは、いつも最後には助けてくれたんだよ……。」
その言葉にミロクは目を丸くした。
「泣きそうになったとき?」
ララは小さく息をつき、声を潜める。
「例えば、訓練で失敗して落ち込んでたときとか……礼子、私の手を引いて『お前が倒れるなら私が引きずってでも連れて行く』って、笑って言ってくれた。」
「ふむ……それは良い者ではないか。」
しかし、ララはテーブルを叩きながら声を上げた。
「でも許せない!私の男友達にまで手を出してたんだから!最低だよ!」
「しかも、たかし君。私の初恋の人だったのに…『もう、礼子さん意外の人を女として見れない』って振られた。」
ララは礼子が嫌いだった。
瑠美の冷静な視点
瑠美はそのやり取りを静かに見守っていた。やがて、お茶を一口啜ると、静かに口を開いた。
「礼子は忍者としての才能はピカイチだったわね。身体能力も、洞察力も、誰よりも優れていた。でも、それを生かしきれない性格が問題だったのよ。」
瑠美の目には、かつての礼子の姿が浮かんでいるようだった。
「私が一番印象に残っているのは、酒に酔い潰れた礼子を何度も迎えに行った夜のこと。『何してるの?』って聞くと、『あんたが迎えに来るって分かってた』なんて笑いながら泣いてるんだもの。」
瑠美は苦笑を浮かべる。
「本当にめんどくさい子だった。でも、どこか憎めなかったのよね。」
ララは黙り込む。そして、少し間を置いて口を開いた。
「でもさ……それでもやっぱり複雑なんだよ。だって……」
ララの視線がミロクに向けられる。
「礼子の体がミロクちゃんに引き継がれてるなんて……正直、どう思えばいいのか分からない。」
ミロクは驚いた表情を浮かべたが、次の瞬間、何かを悟ったように静かに頷いた。
ミロクの気づき
「そなたが礼子という者にどれだけ複雑な感情を抱いているか……少しだけ分かる気がする。」
ミロクは手元の湯呑を見つめながら続ける。
「だが、それはわらわの中に宿る記憶とは別物なのじゃ。礼子という者の過去は、そなたたちの記憶にのみ存在している。」
ララは戸惑ったように眉をひそめる。
「でも、ミロクちゃんは礼子の体を持ってるんだよね?それって……」
ミロクはララの言葉を遮り、しっかりとした口調で言った。
「体は借り物。だが、魂はわらわのものなのじゃ。だから、わらわが新しい記憶を作ることで、そなたたちの思い出を上書きできると信じている。」
ララは目を丸くしてミロクを見つめた。その言葉には、少しだけ救われるような気がした。
新しい可能性
瑠美は二人のやり取りを見て、穏やかな微笑みを浮かべる。
「ララ、ミロクの言う通りよ。過去は変えられないけど、未来はどうにでもなるわ。礼子の体がミロクに引き継がれたのは、きっと新しい可能性を示すためよ。」
「新しい可能性……」
ララはその言葉を反芻しながら、再びミロクを見つめた。
「……そうかもね。少なくとも、ミロクちゃんは礼子みたいにめちゃくちゃな性格じゃないし。」
ミロクは少し苦笑しながら、「それはどう受け取れば良いのじゃ?」と肩をすくめた。
瑠美とララは笑い合い、リビングの空気が少しだけ柔らかくなる。
そして、その日の夜、ララはそっと自分の部屋で呟いた。
「ミロクちゃん、新しい可能性を作ってくれるかな……」
ララの瞳には、希望の色が少しだけ宿っていた。
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