第8話ミロクのSNS救済(後編)

待ち合わせの当日、私は「パパ探してます」というアカウントの主と会うため、約束の場所へと向かっていた。菩薩として人々の救済に尽力する決意を胸に、どんな迷える子羊が待っているのか、期待に胸を膨らませながら歩を進めた。そんな私を心配してか、すずと樹奈もわざわざ同行してくれることになった。二人は少し緊張した面持ちで私の横を歩いている。


「ほんとに大丈夫やんね、ミロク様…?なんか、また変なことにならんといいけど…」


「すずよ、安心せよ。私は菩薩として、全てを受け入れ救うのみだ」


樹奈はため息をつきながら、「ほんと、あんたピュアすぎて逆に危なっかしいんだよ…」と、あきれたように言い放った。


「だが、純粋なる心こそ救済の力となるのだ。邪心のない心で相手を見つめることで、迷いを晴らすことができるのだよ、樹奈よ」


「…まぁ、どうせあんたに何言っても無駄ってこと、知ってるけどね」と樹奈が少し投げやりに返した。


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待ち合わせの場所に着いた私たちは、そこで長い黒髪を腰まで伸ばした美しい少女に出会った。彼女は「パパ探してます」のアカウント主、宇佐美ララという少女だった。すずと樹奈が彼女を見て「あ、ララさん!」と驚きの声を上げる。


「え、ララが“パパ探してます”って…な、何かの冗談?!」と、すずがぽかんとした表情でララを見つめる。


ララはすずたちを一瞥し、少し怪訝そうな顔を浮かべてから私に視線を向けた。彼女の目に宿る嫌悪感を感じ取り、私は少しだけ戸惑った。


「…あなた、なんか礼子に似てるわね。なんで亜依には、あんたみたいな家族が必要なの?」と、ララが辛辣な一言を放つ。


その言葉が私の心に少し刺さり、私は言葉に詰まった。しかし、心の中で「これは迷える心の現れ…私はこの子を救わねばならない」と自分に言い聞かせた。


「亜依が私の家族だということは、すなわちあなたもまた私の家族同然…心の迷いを晴らすために、どうか私にその心を開きなさい」


ララは冷たい視線をこちらに向けながら、「…なんでそうなるのよ」と、ますます不機嫌な顔をしている。


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その時、ふとすずが間に入って、「みんな、仲良くしたらよかろうもん!」と元気よく声を上げた。場が少し和らぐかと思いきや、ララの視線は冷たいまま。


ララが再び私に目を向け、挑むように言った。「で、あんた、救済ってどういうつもりなの?」


私は真剣な表情で彼女を見つめ、「すべての迷える心を、私は救済しなければならぬ…それが菩薩としての務めだ」


「…あっそ。なんか、いい子ぶってて気に食わない」と、ララが口を尖らせる。


そんなララの態度に、私は何かを感じた。彼女の迷いと怒りの混じる視線は、私に試練として立ちはだかっているように思えた。その瞬間、私は心の奥底から強い意志が湧き上がってくるのを感じた。


「百式観音よ…この迷える子の心を、どうか救い給え…」


私が無意識にそう呟き、両手をかざしたその瞬間、ララが少し驚いた顔で私を見つめる。そして、次の瞬間──


樹奈が突然、自分の胸元を見下ろして真っ赤な顔で叫んだ。「ちょ、ちょっと!なんで私、ノーブラに…?!ミロク、あんた何やってくれとん!」


すずが大爆笑しながら「ミロク様、またやっちゃったね~!」とケラケラ笑い、ララも思わず吹き出してしまった。


樹奈が私をジロリと睨みつけ、鋭い一言を投げつけた。「やっぱり、あんた嫌い!」


四人がその場で笑い合う中、一瞬雰囲気は和んだ。


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しかし、宇佐美ララと私、ミロクの間に漂う緊張は、まだ完全には解けていなかった。ララはじっと私を睨みつけ、何か言いたげにしている。


私は穏やかな笑みを浮かべつつ、心の中で問いかける。「なぜララ殿は、これほど私に敵意を向けているのか…。もしや、迷える心が彼女の中に潜んでいるのかもしれない」と。そして、私はそっと声をかけた。


「ララ殿、どうやらあなたの心には、何か深い憂いがあるように感じるぞ。それが何であれ、私はその影を払うお手伝いをしたい」


ララは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに顔をしかめて、苛立たしそうに言った。「…なんか、あんたってほんとに礼子に似てるのよね。礼子も、いつも私の大切な人の隣にいる変人でしかないんだから」


その名前が私の中でかすかに響く。「礼子…という方は、あなたにとって特別な存在だったのか?」


ララは溜息をつきながら、「特別なんかじゃないわよ!礼子なんて…大嫌いだった!」と断言した。


私は驚きつつも、静かに彼女の言葉を待った。ララはしばらく目をそらしていたが、やがて重い口を開いた。


「…だって、あいつ、何かって言うとすぐに服を脱ぎたがるし、それでいて無駄に胸が大きいし…。そんなの、他の人の迷惑って分かってないのよ!巨乳で脱ぎ魔なんて、いつも大切な人を私から取り上げる!」


私はその言葉に少し頬を赤らめた。どうやら、ララ殿は礼子殿の「脱ぎ魔」と「巨乳」という二重の存在感に対して、複雑な感情を抱いていたらしい。しかし、私は胸に手を当てて考えた。「迷える心がここにあり、それを救済するのが菩薩の務めであるならば…」


すずがそこで口を挟んだ。「ララさん、ミロク様も巨乳やけど、脱ぎ魔じゃなかよ。むしろ、恥ずかしがり屋さんでお風呂誘うと、いつも逃げるとよ。顔を真っ赤にして…」


「だって、あんな破廉恥な姿を私に見せるなんて…仏道修行にあってはならん」


「女の子同士なのに、変!」とすずは残念そうに私を見つめてきた。


ララは呆れた顔で「礼子だけど、礼子じゃない…?」と小声でつぶやいたが、少し表情が柔らかくなった。どうやら、すずが絶妙なタイミングで入れてくれたツッコミが、ララの心の硬さを溶かし始めたようだった。


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すずはさらに追い打ちをかけるように「ララさんも、うちの家に来るんやけん、もっとリラックスしていいんよ。ミロク様はちょっと変わっとるけど、悪い人じゃなかし」


ララはそれを聞き、ふっと肩の力を抜いて、少し照れくさそうに微笑んだ。


「…まあ、亜依ちゃんが気に入ってるっていうなら、少しは信用してもいいかも。でも、あんたがお兄…いや、変なことしないか様子を見させてもらう」


私はその言葉に、頭を下げた。「ありがとうございます、ララ殿。これからも迷える心を救うために精進する所存。もちろんあなたも…」


ララはそれに対してあきれ顔で「本当に不思議なやつ…」とつぶやいたが、心なしかその目には少しの親しみが宿っていた。そしてすずがにっこりと笑って「やったー!みんな仲良くなれたばい!」と跳びはねたことで、場の空気が一気に和やかになった。


こうして、私とララとの間に漂っていた緊張が解けた。この瞬間が、私にとって一つの「救済」の形なのかもしれないと、心の中で感謝を込めて祈った。


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そういえば、ララ殿の迷いはお父上を探すことではなかっただろうか?そんな疑問は残っていたのだが、まあいいだろう。ララ殿の安堵した顔を見ているとそんなことはどうでもよく思えてきた。


「明日はどんな迷える子羊を救えるか楽しみだ!!」

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