出会いは運命的に
レンタル彼女を利用したら、待ち合わせ場所に母親が来た。
その日、僕はレンタル彼女の予約をして駅の西口で待っていた。大学生なのにと思われるかもしれないが高校生という短い期間で得られなかった貴重な青春を享受したく、制服デートで予約した。
待ち合わせに来たのは母だった。
母は俺が指定した、セーラー服を着て悠然と歩いている。何が起こっているのか。
見間違いだと何度も目を擦ったが、それは母で間違いなかった。「まさか母が」という悲痛な感情と、「チッ、ババアかよ」という落胆の気持ちがあり、しばらく僕はその場を動けなかった。
意識が戻ったのは母親が僕に気付いた時だった。こちらを見て目を丸くしている。その表情は僕がするべきだ。
仕方がないので声をかけようとしたら、母が顔を真っ赤にして「違うのよ」と言った。
何が違うのかを説明してほしい。
プロフィールに二十五歳と書いてあった事だろうか。母の年齢は四十五歳だ。それともプロフィール写真が別人のよう、というか別人だった事か。最近の加工技術はすごいものだ。
「母さん……」
落胆というかなんというか、母親のそんな姿は見たくなかった。母は僕のスマホを覗き込みながら、むっとした顔をした。
「自分はレンタル彼女を頼んだくせによく言うわよ」
「それは、ちょっと友達に進められて話のネタに頼んだだけだよ」
「話のネタねぇ。本当かしら」
ニヤニヤと笑っている。まるで自分の方が優勢だと言いたそうだった。
確かにこの状況は話のネタにはなるだろう。しかし、友人に何を言えばいいのか。あったままを言えば、僕の母が笑われる。そうなれば、僕まで笑われる。
ハッとする。
制服を着た母と話している今の状況は、かなりおかしいのではないだろうか。熟女好きと勘違いされては困る。僕が好きなのは同じくらいからちょっと年下だ。
僕は自分の着ていた上着を母に渡して着てもらう事にした。同じ制服ではあるが、セーラー服が隠れるのだからマシだろう。母は残念そうに上着を羽織った。
「母さんの事をとやかく言う気はないよ。僕にだって言えない事くらいあるしね」
「例えばレンタル彼女を頼んだ事とか?」
母がプッと噴き出す。イラっとした。
「いや、僕の事はどうでもいいんだよ。そういうのは普通、家族に見つからないようにするものでしょう。母さんは自分の年齢をわかっているのかな。恥ずかしくないの? そもそもそんなに顔変えていたら、間違えてもしょうがないよ」
「あらやだ、そんなに顔違う? 化粧のせいかしら。和彦さんは似合うって言ってくれたんだけどねぇ。昔のままだって」
母が頬を赤らめ恥ずかしそうに腰をくねらせる。親が恥じらう姿を見る事程、つらいものはない。
ふと、母が言った言葉が引っかかる。和彦さんは似合うと言った。それはつまり、父は母がレンタル彼女をしている事を知っている?
「父さんはさ、この事知っているの?」
「もちろん、知っているわよ。和彦さんだって喜んでくれたんだもの」
まさかの父公認。
男とデートをするんだぞ。それを父が許しているというのは驚きだった。もしかして、うちは貧乏で母はお金を稼ぐ為に少しでも時給の高い仕事をしているのだろうか。そう考えると胸が痛んだ。
「うちって、貧乏なの?」
「え、さぁ? つつましく暮らせるくらいにはお金、あるんじゃない?」
となると、お金を稼ぐ為ではない? つまり、父の性癖なのか。
「父さんってその、母さんが他の男の人と話をしていても気にしないの?」
「平気なんじゃない? 男性とも話をしなくちゃ、やっていけないでしょうよ」
性癖か。いや、別の理由があるのかも。だって息子の僕には父のネトラレという性癖は存在しない。普通に彼女が別の男と話をしていたら腹が立つ。
いや、もしかしたら、うちの両親の仲はとっくに冷めきっていた可能性もある。だから母は寂しさを紛らわせるために年を誤魔化してまでレンタル彼女をやっている。
きっとそうだ! だが、そうだとすれば、なんだか悲しい気持ちになった。涙が出そうだ。僕は家族の事を何も知らないのかもしれない。
「母さん、僕はもう、大丈夫だよ。離婚、したかったらしてもいいんだよ」
母が豆鉄砲を食らった顔をした。眉間に深いシワを刻む。
「何言っているのよ、離婚なんてしないわよ!」
くそ、やっぱり父の性癖か。僕にもいつか、そういった性癖が表に出て来るのだろうか。想像してみたが、やはり彼女が男と話をしている姿には怒りしか湧かない。どこかで耐性をつけたほうがいいのだろうか。
考えていると段々と冷静になって来た。なぜ息子だからと父と同じ性癖にならなければいけないのか。そして父の性癖に付き合う義理もない。ここのレンタル彼女はチェンジができないのでキャンセルするしかないだろう。
「ま、いいや。キャンセルするから帰んなよ」
「は?」
「だからキャンセルだって」
「意味がわからないんだけど」
母は首を傾げている。キャンセルになるとお金がもらえないからわからないふりをしているのだろうか。父にとっては性癖、母にとってはお小遣い稼ぎか。
仕方がない。僕もバイトをしていることだし、お小遣いだと思ってキャンセルしないでおくか。
「わかったよ。それで、これからどこ行く?」
「遊園地!」
母は嬉しそうに言った。セーラー服を着た母と遊園地はきついな。どうにか別のところにできないか。
「ええ、遊園地なんて面白い年でもないでしょ」
「何言っているのよ。いつ行ったって面白いものよ。昔を思い出すわ。お父さんと初めてデートしたのは遊園地なのよ」
「映画にしようよ」
「は?」母が真顔になっていた。どうしても遊園地に行きたいらしい。ここは折れてあげたほうがよさそうだ。
「わかったよ、遊園地に行こう」
「え、いや、だから、なんであんたと制服を着たまま行かなきゃいけないのよ」
「え? だって、レンタル彼女……」
「は?」母の顔が真っ赤に変わる。
「ふっざけんじゃないわよ! あたしがいつレンタル彼女をやっているって言ったのよ。和彦さんが許す訳ないでしょ」
耳に響くほどの大声で周りにいる人が全員こちらを見ている。周りからはレンタル彼女に振られた男と見られているかもしれない。違う、親です! と否定もできない。
誰か、僕を透明人間にしてくれ!
「ちょ、ま、ど、どういう事?」
「今日は和彦さんと制服デートの日だったのよ。若い頃を思い出そうねって、たまにやっているの!」
「そんなことやってんの?」
かれこれ二十年以上一緒に暮らしているが知らなかった。教えてくれていればこんな勘違いはしなかったのに……。
「ったく、普通母親をレンタル彼女とは間違えないわよ。何考えてんのかしら」
「いや、ごめん。だって、制服着ている母さんと会うとは思わないじゃん」
「こっちだって思わなかったわよ。しかも彼女ではなくレンタル彼女だなんて。あんた、モテないのね?」
胸に言葉が刺さる。その場に膝をつきたい程の衝撃だった。
けれど安心した。母はレンタル彼女をやってはいなかったし、父とはすごく仲よしなのだ。それを知れたのだから、今日はいい日だと思えばいい……いや、思えんな。
「本当にあんたはそそっかしいんだから」
そそっかしいのは母親譲りです。勘違いが多いから気をつけなくては、と改めて決意した。
「ごめん、ごめん。でも、父さんは? いないみたいだけど」
「駅で待ち合わせ。西口だって言ってたのに」
母がスマホを出した。父にメッセージを送るようだ。横から父とのやりとりの履歴を覗き見る。
「ねぇ、東口って、書かれているけど」
母は不思議そうな顔で僕を見ている。『東口』と書かれたメッセージ部分を指でさすと、母は「あらあら」と子供のイタズラでも見たかのように頬に手を当てた。
「本当に母さんはそそっかしいんだから」
そう言った後、もしかして自分も? と思ってスマホを開いてレンタル彼女のホームページにアクセスし、予約内容を確認する。待ち合わせ場所は東口にしていた。
自分で決めた癖に間違えた事が恥ずかしい。今頃相手は向こうで待っている事だろう。母にバレないように表情を隠す為に眉を寄せておく。
「あら、ちょうどお父さんから電話来た」
母が応答し、嬉しそうな声で今どこにいるのかと父に尋ねた。声がどんどんしぼんでいく。何があったのだろうか。
電話を終えた母はがっくりと肩を落としていた。どうやら父は急遽会社に行かなくてはいけなくなったらしい。あまりに落ち込んでいるので心配になる。
「まぁ、仕方ないじゃん。今日は帰ってテレビでも見てなよ。じゃね」
母の相手などしていられない。僕は急いで東口に向かった。
東口に着き、目を爛々にして彼女の姿を探したけれど、どこにも見当たらなかった。予定の時間から十五分も過ぎている。きっと怒って帰ってしまったのだろう。肩を落とし、僕も家に帰る事にした。
翌日、いつもの朝がきた。
昨日、レンタル彼女の店からも電話は来なかった。料金は当日に手渡しだから向こうも気にせず新しい客のところへ行ったのか。連絡が来ないのだから心配しなくてもいいか、と気にしない事にした。
朝食を食べ終わり、食器を片付ける為に父の後ろを通った。その時、父が見ているスマホの画像に目がいった。
学ランを来た父と、俺が頼んだはずのレンタル彼女が一緒に映っていた。
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