1-5.再会
目を疑った。なぜフィルが今、自分の目の前にいるのか、と。
休みの日はいつもそうしているように、アレクサンダー・エル・フォルデリークは時間帯をずらし、遅い昼食を取ろうと食堂に向かっていた。途中、珍しく人気のほとんどない鍛錬場の片隅で、新人いびりをしているらしい同期を見かけて思い出した。そういえば今日は入寮日か、と。
自分の相方もイオニアという騎士から、新人に変わるらしい。そして、その新人が今まで一人だった自分と同室になるという話だ。
(俺と一緒ではそいつも大変だろうな……)
そんなことを考えて溜め息をつくと、とりあえずの問題は、とアレックスは青い顔をしている新人たちに視線を向ける。
目の前の彼らを助けるべきか、それとも、これもまた日常なのだし、早めに適応できるよう放置すべきかだな、とつかの間逡巡した。
そこにまた新たな新人が二人通りかかった。
一人は茶髪で平均身長より少し下という上背。長い手足とまだ発育しきっていない筋肉が、彼をアンバランスに見せている。
もう一人は濃い目の金髪、背は平均より頭半分高い。長い手足のせいもあってずいぶん華奢に見えるが、実際にはかなり鍛えられた無駄の無い筋肉で全身を包んでいる。隙のない足運びや重心の取り方、物腰からも一目でかなりの使い手だと窺い知れた。
そういえば、副騎士団長でアレックスの師でもあるポトマックが、先の入団試験で一人だけ桁の違う受験者がいたと言っていた。彼がそうかもしれない。
新人いびりをしていたバン・スワットソンは、彼らにも絡み始めたようだ。入団から四年、筋自体は悪くないスワットソンが、屈折した性格のせいでイマイチ伸び悩んでいるのは、自身よく絡まれるので知っている。
(だが、今回ばかりは相手が悪そうだな……)
そう考えてアレックスは微妙に顔を顰めた。師の話が確かなら、スワットソンはいらぬ恥をかくことになるだろうし、そうしたらあの屈折した性格もますますひどくなるだろう。
そう結論付け、内心溜め息をつきながらも彼らを止めるべく、近寄っていった。
その途中、スワットソンが新人に真剣を投げた。危なげなくそれを受け取り、とっさにその剣を調べている新人を見て、アレックスは自分の予想が正しいことを知る。彼の行動は剣に、しかも真剣に慣れた者の仕草だ、と。
ただ、声をかけたアレックスを振り返った彼の姿は、予想を完全に裏切った。
緩く波打つ鮮やかな金の髪、額に掛かったその髪の合間から覗く濃い緑の猫目、凛としたその視線……
「……」
すべてに心臓を鷲づかみにされた。
(――……うそ、だろう?)
彼の顔を凝視する間に、その前髪が風に煽られて額を露にする。
「っ」
左目の真上、生え際の深い傷跡を確認した瞬間、息が止まった。
(違う、本物だ……)
心臓が壊れたかのように早鐘を打ち始める。
(……フィル、だ)
「アレク……」
彼女の呟きに再度強く心臓が跳ねた。
(なぜ、なぜ今、こんな、ところに……?)
「っ」
全身から力を総動員して、こちらを見つめている彼女からなんとか目線を離す。
(何が、どうなっている……?)
心臓は有りえない速さで拍動を続けていて、それを表に出さないよう必死だった。
(本当に、フィルか……?)
何気なさを全力で装いながらも、全身の神経が勝手に彼女に集中する。
確かめたい。だが、確かめて、何かまずいことが彼女におきないか?
頭が真っ白でうまく働かなくて、動揺と焦りのせいで喉が干上がっていく気がした。
「さっさと行け」
それでも、彼女に関わらない部分の思考は何とか動いて、掌に汗をかきながらもスワットソンたちをその場から去らせた。
(駆け寄って彼女の顔を覗き込みたい。だが、この状況では多分まずい――)
そんな直感が働いて辛うじて衝動を押しとどめる。そして、痛いほど拳を握り締めつつ、取り返しのつかない事態を招く前に、と踵を返した。
「っ」
背後から「フィル」と呼びかける声が聞こえた。努力空しくまた足が止まる。
(やはりフィル……っ)
振り返って駆け寄り、抱きしめようという衝動に、再び全身を支配されそうになる。
「っ」
(やめろ、状況がわからない。第一、まだそんな資格は……)
それを堪えるためにかみ締めた歯に痛みを覚えた。
「ヘンリック」
内心の衝動とそれを制そうとする理性の間で、振り返ることも足を進めることも出来ないアレックスの耳に、どこか懐かしい彼女の声が響いてくる。
「近衛騎士団ってなに?」
……コノエキシダンッテナニ?
(って、知らないのか? ……本気で?)
唖然として思わず振り返った先、音源の彼女はアレックスを含めた周囲からの視線に顔を引き攣らせている。
「……」
(……葛藤していた、はず、だったんだが)
結局何もかも忘れて振り返ってしまった自分に気付き、アレックスは彼女同様に顔を引き攣らせた。
「じゃ、じゃあ、私は部屋探しがあるから! またね、ヘンリック。あー、そっちの人たちもっ」
沈黙にいたたまれなくなったと明らかにわかる不自然さで、彼女が慌てて場を離れていくのを、真っ白になった頭のまま呆然と見送った。
「……」
アレックスは、夏の残滓と秋の始まりを含んだ風に乱され放題になっていた前髪をかき上げる。
色々考えなくてはいけないことがある気がするが、相変わらず上手く頭が働かない。だが、ただ一つ、言える事がある。
「フィルだ」
――人の葛藤も何もかも無視して俺を捕らえる、そんなことができるのは、この世にあの彼女だけ。
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