シングルマザーの真帆さんに頼られて俺は
春風秋雄
今日も俺は海翔を保育園に連れていった
「海翔君!おはよう!」
保育園の佐藤先生が明るく挨拶してきた。
俺は「よろしくお願いします」と言って海翔(かいと)を先生に預けると、先生は「いつもご苦労様です」と言って労ってくれた。保育園の出口に向かうと、むこうの方から慌てた様子の親子がやって来た。美琴ちゃんと美琴ちゃんのお母さんだ。
「海翔君のお父さん、おはようございます」
笑顔で挨拶してきた。
「おはようございます」
俺も気さくに応える。海翔と美琴ちゃんは保育園で仲が良いらしい。海翔はいつも家で美琴ちゃんの話をしている。ちゃんと自己紹介をしたことはなかったが、以前海翔が「あれが美琴ちゃんだよ」と教えてくれたので、俺がお母さんに「いつも海翔が仲良くしてもらっているようで」と挨拶したことがきっかけで、会えば挨拶する程度の関係になった。ただ、美琴ちゃんのお母さんは働いているようで、保育園に美琴ちゃんを預けると、そそくさと足早に保育園を出て行く。だから、まともな会話をしたことがなく、美琴ちゃんのお母さんは、俺が海翔の本当の父親ではないということは知らない。
俺の名前は今井陽太。現在34歳の独身だ。俺には2つ違いの弟の健太がいた。健太は7年前に結婚して実家の近くのマンションに新居を構えていた。結婚した翌々年に海翔が生まれ、健太の家族はよく実家に遊びに来ていた。3年前、奥さんの君江さんの祖父の法事で、健太は海翔を実家に預け、夫婦で法事に出向いた。その帰りに居眠り運転の車と正面衝突して、二人とも帰らぬ人となってしまったのだ。海翔はまだ2歳で、両親が亡くなったことすら理解できず、俺の両親と俺の三人で海翔君を引き取り、育てることにしたのだった。未成年者後見人には俺がなった。だから、俺が海翔の親代わりということになる。
親父はまだ現役で仕事をしており、日中家にいるのはお袋ひとりになる。海翔がいては、お袋は買い物にも満足に行けないので、2歳のときから保育園に預けている。朝は俺が保育園に預けに行き、夕方お袋が迎えに行くということにしている。
美琴ちゃんは今年の春から保育園に入園したそうだ。海翔の話によると、どこか他の地域から引っ越してきたようで、お父さんはいないということだった。事情はわからないが、母子家庭のようだった。
その日は俺の仕事が早く終わり、夕方家に帰ると、お袋は夕飯の支度中だったので、俺が海翔を迎えにいくことにした。送りは毎朝だが、迎えに行ったのは今までに数回しかない。今年になってからは初めてだった。海翔が俺の姿を見て駆け寄ってきた。
「迎えにきたよ」
「美琴ちゃんのママ、今日は遅いんだって。美琴ちゃんのママが来るまで、一緒に遊んでいてもいい?」
俺は先生に事情を聞いた。美琴ちゃんのママは仕事で遅くなり、あと1時間くらいしないと迎えに来ないらしい。同年代の他の園児はすでに帰っており、残っているのはもっと小さい子たちだけだった。
「美琴ちゃんのお母さんが迎えに来るまで、一緒にいていいですか?私も一緒にいますが、延長料金が必要なら払いますので」
俺が先生にそう言うと、先生は快く承諾してくれた。俺は電話でお袋に事情を話して遅れることを伝えた。
二人の子供を見ていると、微笑ましくなるほど仲が良い。男だとか女だとか、まったく考えずにこうやって仲良くなれる年代はいいなとつくづく思う。俺は今まで何回か恋愛はしたが、気心が知れた女友達はいなかった。友達になったかなと思うと、どちらかが異性を意識し出し、そのまま付き合うか、振って終わり、もしくは振られて終わるということを繰り返した。そして、海翔を引き取ってからは、彼女すらできなくなってしまった。俺は何より海翔を第一に考えているので、休みの日は海翔と遊びに行くし、仕事が終れば同僚からの誘いも断って真っ直ぐ帰るようにしている。本当は海翔の母親代わりになってくれる人と結婚できれば良いのだが、そんな奇特な女性が現れるとは考えられない。だから、俺は生涯独身でも良いと思っている。
19時を過ぎて、やっと美琴ちゃんのお母さんが迎えに来た。子供たちは遊び疲れて仲良く並んで寝ていた。先生から俺たちが待っていたことを聞いた美琴ちゃんのお母さんは、恐縮して何度も謝った。
「海翔が一緒に遊びたいと言うので、一緒にいただけです。気にしないでください」
お母さんに起こされた美琴ちゃんは、お母さんに抱きついた。俺も海翔を起こして「帰るよ」と言うと、寝ぼけた顔で美琴ちゃんがお母さんに抱きついている姿を見て、ニコッと微笑んだ。こいつなりに気を使っていたんだと思うと、やっぱり海翔も男だと思わずにはいられなかった。
美琴ちゃん親子と一緒に保育園を出る。美琴ちゃんがお母さんに言った。
「ママ、お腹空いた」
「ごめんね。遅くなっちゃったね。今から帰って作るから、それまで我慢してね」
俺はお袋が作っていた料理を思い出した。
「美琴ちゃんは、カレーは好きかな?」
「大好き」
「じゃあ、今日はうちに来て、海翔と一緒にカレーを食べる?」
「海翔君のお家に行っていいの?」
「いいよ」
それを聞いたお母さんが慌てた。
「そんなことしてもらっては、申し訳ないです」
「いいじゃないですか。皆で食べた方が楽しいでしょ?お母さんもご一緒にどうですか?あ、でもご主人が待っていますかね?」
俺は美琴ちゃんの家庭が母子家庭だということを知らないふりをして聞いた。
「うちは、主人はいないので・・・」
「そうなんですか?じゃあ、お母さんも一緒に食べましょう。大したものはないですけど」
俺の言葉に流されて、お母さんは一緒に来ることになった。俺はお袋に人数が増えると電話した。
皆で食べるカレーは美味しかった。海翔は大好きな美琴ちゃんと一緒に食べることに興奮して大騒ぎだった。それを見ている美琴ちゃんのお母さんも笑顔だった。
美琴ちゃんのお母さんは名前を大友真帆(おおとも まほ)さんといった。22歳のときに授かり婚で結婚し、美琴ちゃんを産んで、生活は苦しくとも、共働きで何とか暮らしていたそうだが、1年前に旦那さんが他の女に走り、とうとう離婚したということだった。そして職場に近いこの街に引っ越してきて、この春から美琴ちゃんを保育園に入れて二人だけの生活が始まったということだった。話から推測すると、真帆さんは現在27歳のようだ。
海翔の両親は亡くなっていることを話すと、真帆さんは驚いていた。朝は俺が送りに行き、迎えはお婆さんが来るので、てっきりシングルファーザーだと思っていたということだった。話を聞いて真帆さんは、早速仏壇に線香をあげてくれた。
美琴ちゃんが眠そうな顔をしてきたので、大友さん親子は帰ることになった。お袋が夜道なので送ってこいと言うので、俺は一緒について行くことにした。
「弟さんのお子さんの面倒をみるのは、大変じゃないですか?私は自分の子供でも大変なのに」
「うちは両親がいますので、私一人で面倒を見ているわけではないです。私一人では大変だったと思います。でも、弟の子供ですから、自分の子供と変らないですよ。弟とは、子供の頃から仲の良い兄弟でした。あいつの無念を考えると、俺が海翔をなんとかしてやらなければと思うのです」
「でも、今の環境では、よほど理解のある女性をみつけないと陽太さん自身の結婚は難しいのではないですか?」
「結婚だけが幸せではありません。私は海翔と一緒に過ごす今の生活は、充分幸せだと思っています」
真帆さんのアパートは意外に近く、俺の家から10分足らずで着いた。
「じゃあ、また保育園で」
真帆さんがそう言うのに応えて俺は思わず言った。
「何か困ったことがあったら、遠慮なく頼って下さい。うちは両親もいますので、何かお役に立てることもあると思いますので」
俺はそう言ってスマホを取り出し連絡先を教えた。
「ありがとうございます。じゃあ、お休みなさい」
真帆さんはそう言ってアパートへ消えて行った。
家に帰ってしばらくすると真帆さんからLINEのメッセージが入った。
“今日はありがとうございました。楽しい時間を過ごさせて頂きました。とても温かいご家庭で、羨ましかったです。また保育園でお会いしましょう”
女性からメッセージをもらうのは、何年ぶりだろう。たまには良いものだと思わずにはいられなかった。
真帆さんと連絡先を交換して1ヵ月ほどした日曜日の午後に、真帆さんから連絡がきた。
「申し訳ないですが、今日美琴を2時間ほど預かってもらうわけにはいかないでしょうか?」
「それは構わないですが、どうかしたのですか?」
「別れた主人から養育費が振り込まれていないのです。何回も催促したのですが、一向に振り込まれないので、弁護士さんにお願いしに行こうと思って。離婚調停でお世話になった弁護士さんに無理を言って日曜日だけど1時間だけ時間をとって頂けることになったのです」
「わかりました。じゃあお待ちしています」
真帆さんは16時半頃になって美琴ちゃんを連れてやってきた。
「本当にごめんなさい。私の実家は県外なもので、他に頼める人がいないものですから」
「全然構いませんよ。海翔は大喜びですよ」
これから弁護士に会いに行くということもあり、真帆さんは緊張した面持ちだった。離婚は調停で成立したようなので、調停調書が存在するはずだ。調停調書は裁判の確定判決と同じ効力があるので、すぐにでも給与差押などの強制執行ができる。弁護士に任せておけば安心だろう。
海翔と美琴ちゃんは仲良く遊んでいた。お袋は皆のために夕食を作っている。
18時半頃になって真帆さんが帰って来た。
「遅くなってすみません」
「大丈夫ですよ。夕食を作ってありますので、皆で食べましょう」
「いいのですか?」
「皆で食べる方が楽しいでしょ?お袋も張り切って作っていましたから」
お袋はちらし寿司を作っていた。主菜には鶏のから揚げとミニハンバーグも作ってあった。
「弁護士さんの方はうまく行きましたか?」
「ええ、何とかなりそうです。養育費が入ってこないと生活が苦しくて、家賃も払えないので、一安心です」
真帆さんの稼ぎだけで美琴ちゃんを養っていくのは大変なのだろうなと思った。
2回目ともなると、真帆さんはうちの家族ともうちとけていた。お袋は美琴ちゃんが可愛いので、女の子もいいねとしきりに言っている。うちは俺も弟も男で、孫の海翔まで男の子なので、余計にそう思うのだろう。
真帆さんが弁護士と会って来た3日後に事件は起きた。夜いきなり電話がかかってきた。
「陽太さん、助けてください」
「どうしたんですか?」
「別れた主人が怒鳴り込んできたんです」
「いますぐ行きます」
真帆さんのアパートに着くと、真帆さんの部屋のドアをドンドン叩きながら大声を出している男がいた。俺は学生時代にラクビーをやっていたので体格は良い。この男なら取っ組み合いになっても負ける気はしなかった。俺は駆け寄って男に詰め寄った。
「近所迷惑ですから、お引き取り下さい」
「誰だ?お前は?」
「ここの住民の友達の保護者です」
「え?誰の友達?」
「美琴ちゃんです。美琴ちゃんの保育園の友達の海翔の保護者です」
「なんだそれ?」
「お宅は誰なんですか?」
「俺は真帆の元亭主だ」
「元ということは赤の他人ですよね?」
「真帆とは他人でも、美琴の父親だ」
「父親なら、ちゃんと養育費を振り込みましょうね。ちゃんと振り込んでいますか?」
「そのことで話があってきたんだよ」
「その件は弁護士さんにお任せしたと真帆さんが言っていました。話があるなら弁護士さんと話して下さい」
「俺は真帆と直接話したいんだよ」
「それは養育費をいつ振込むかという話ですか?それならドア越しに何月何日に振り込みますと言えば済むことでしょ?」
「そうじゃなくて、給与を差押えるという通知が来たんだよ」
「給与を差押えてもらえば振り込む手間が省けていいじゃないですか」
「給与を差押えということになれば、会社に迷惑がかかるだろ」
「じゃあ差し押さえられる前に振り込めば済むことですよね。いつ振り込むんですか?それまで差し押さえを待ってもらうように弁護士さんに伝えるよう真帆さんに言っておきますが」
「もういいよ」
男はそう言って去って行った。
「もう大丈夫ですよ」
俺はドア越しに真帆さんに言った。するとガチャっと鍵を外してドアが開いた。
「ありがとうございました」
「じゃあ、俺は帰ります」
「待ってください。また来るかもしれないので、上がってしばらく様子を見てもらえませんか」
確かにそうだ。俺が帰ったと知ったら再び来るかもしれない。俺は言われるまま部屋にあがった。
美琴ちゃんはもう寝ているようだった。真帆さんがお茶を出してくれた。
「本当に助かりました」
「あの様子だと、会社にバレるのが嫌そうなので、養育費の支払いはすぐにしてくると思いますよ」
「そうならいいんですけど」
「家賃はちゃんと払えますか?」
「養育費が入れば払えるのですが、それがいつになるのか」
「じゃあ、養育費が入るまでお貸ししましょうか?調停調書があって、弁護士が介入しているのですから、養育費が入るのは間違いないと思うので」
「本当ですか?貸して頂けると助かります。養育費が入ったら必ずお返ししますので」
家賃はいくらかと聞くと、6万円だという。今は手持ちがなかったので、明日持って来ると約束した。1時間ほど居たが、元旦那が再び来ることはなかった。俺は帰ることにした。
翌日、約束していた6万円を持って俺は真帆さんのアパートへ行った。何時に伺えば良いかと聞くと、俺が行くと美琴ちゃんが興奮して寝ないので、美琴ちゃんが寝てからにしてほしいということで、9時半を過ぎてから伺うことにした。
「わざわざすみません」
「美琴ちゃんは寝ましたか?」
「ええ、ぐっすり寝ています」
「じゃあ、これ」
俺はそう言って6万円が入った封筒を渡そうとした。
「せっかくなので、上がって下さい」
こんな時間に独り身の女性の部屋にあがるのはどうかと思ったが、昨日も上がっているので、少し躊躇しただけで俺は部屋にあがった。昨日と同じように真帆さんがお茶をいれてくれた。
「じゃあ、これ。6万円入っていますので確認してください」
真帆さんが中身を確認してから、言いづらそうに言った。
「あのー、お返しするのは、2回に分けてでもいいでしょうか?」
なんで?養育費が入ったら返すと昨日は言っていたのに。と俺が思っていると、真帆さんが言葉を続けた。
「実は養育費は毎月4万円しかもらってないのです。調停での話し合いで、裁判所の算定表に基づいて金額を決めるということになって、別れた主人は年収が少ないので、それで4万円になってしまったのです。そして、今回弁護士さんに依頼したものですから、その報酬も分割にはしてもらえたのですが、毎月2万円ずつ支払うことになっていて、だから、本当に虫の良い話ですが、出来たら2回に分けてもらえると助かるのですが」
「そういうことなら、別に2回と言わず、1万円ずつの6回でも構いませんが、生活の方は大丈夫なのですか?」
「正直な話、苦しいです。私は美琴の世話があるので、正社員のように残業とかできませんから、パート勤務しかできなくて、もらえる給料も雀の涙です。離婚なんかしなければ良かったって、後悔もしました。あの人が外に女を作ろうが、私さえ我慢すれば美琴にもっと色々してあげられたのにと思うこともあります。先日、今井さんのお宅で御馳走になったとき、こんなご馳走、美琴に久しく食べさせてあげてなかったなと悲しくなりました。ご馳走を作ってあげたくても、お金も時間もないですから」
「真帆さん・・・」
「誰か、こんな私でも、もらってくれて、美琴と私を養ってくれる人がいればいいのですけどね」
真帆さんはそう言って、俺を見た。俺は思わず視線を外した。
「じゃあ、返済は1万円ずつの6回でいいですから、無理のないように返済してください。では私は帰ります」
俺はそう言って部屋を出て行った。
俺は家に帰って、自分の部屋にこもり考えた。真帆さんは、明らかに俺に結婚してくれと言っていた。結婚してここに住めば、今の生活から抜け出せる。幸い美琴ちゃんと海翔は仲が良い。兄弟としてうまくやっていくだろう。将来お互いが異性として意識するようになれば結婚させれば良い。養子縁組をしているわけではないので、法律上も問題はない。俺の経済事情から言っても真帆さんと美琴ちゃんが増えても何ら問題はない。海翔の進学の費用などは健太が残してくれた保険金や賠償金が手付かずで残っている。それに、うちのお袋も今年還暦で、海翔が高校生になる頃には70歳を過ぎている。いつまでもお袋に家事を任せておくわけにはいかないことも事実だ。そう考えると、俺と真帆さんが結婚すれば、すべてが丸く収まることになる。
しかし、本当にそれでいいのだろうか?
今の時代に、そんな、取り巻く環境の都合だけで結婚していいのだろうか?
そういう取り巻く環境を抜きにして、俺は真帆さんと結婚したいと思えるのか?真帆さんは良い人だと思う。特別美人ではないが、十人並みで、嫌いなタイプではない。ただ、今のところ恋愛感情はもっていない。
じゃあ、真帆さんは俺のことをどう思っているのだろう?俺に対して恋愛感情はあるのだろうか?おそらくないのではないか。ただ単に、美琴ちゃんの幸せのことを考えて、手っ取り早く俺と結婚したいと考えているのではないか?
昭和の時代は、そういう結婚というのは結構あったのではないだろうか。お見合いで結婚する場合もそうかもしれない。そのとき男性は、どういう気持ちで女性を受け入れたのだろう?そして女性は、どういう気持ちでその男性に抱かれたのだろう?
俺はそんなことを考えていたら、寝られなくなってしまった。
俺が真帆さんのアパートへ行ったのは、あれから1週間後だった。事前に話がしたいと連絡したら、前回同様9時半過ぎにということだったので、9時半に家を出ようとしたら、まだ美琴ちゃんが寝ないので、10時過ぎにしてほしいと連絡があった。
10時過ぎにアパートに着き、美琴ちゃんを起こしてはいけないのでチャイムを鳴らさず、小さくノックするとドアを開けてくれた。
「美琴と一緒にお風呂に入ったあとなので、こんな格好で申し訳ないです」
と言った真帆さんは、スウェットの上下姿だった。しかし、顔には薄化粧を施していた。
今日はお茶ではなく、ビールを出してくれた。真帆さんは俺の話をある程度予想しているのかもしれない。
「真帆さん。真帆さんはこの前、真帆さんをもらって、真帆さんと美琴ちゃんを養ってくれる人がいればいいのにと言っていましたね?」
「はい」
「その相手、私ではどうでしょうか?」
「本当ですか?私をもらってくれるのですか?」
「私も色々考えました。その結果、そうすることが、お互いにとって一番良いことではないかと思ったんです」
「とても嬉しいです」
「ただし、私は真帆さんに対して、まだ恋愛感情はそれほどないです。結婚しようと考えた一番の理由は海翔のためです。それは真帆さんも同じではないですか?」
真帆さんは虚を突かれたように黙り込んだ。
「結婚するということは、普通に夫婦として暮らしていくということです。私は、普通に夫婦として真帆さんを抱いてもいいのでしょうか?真帆さんにその気持ちはあるのでしょうか?」
しばらく黙って俺を見つめていた真帆さんが立ち上がった。
「こちらに来てください」
真帆さんはそう言って、寝室とダイニングを仕切る引き戸を開けた。俺は言われるままについて行く。就寝灯だけの暗い部屋は所狭しと荷物が置かれており、奥に美琴ちゃんが寝ている。そして手前には真帆さんの布団が敷かれていた。真帆さんは自分の布団の傍に行くと、いきなりスウェットを脱ぎだした。そして、自分の布団に入った。
「美琴は一度寝たら多少大きな音がしても起きません。どうぞ、こちらに来て下さい」
俺は覚悟を決めて自分も服を脱ぎ布団に入った。すると真帆さんが抱きついてきた。
「陽太さんが言うように、私も陽太さんに対して、そこまでの恋愛感情はまだ湧いていません。でも、初めて会った時から、このたくましい体に抱かれてみたいと思っていました。それではダメですか?」
「ダメではありません」
俺はそう言ってから、真帆さんの唇をふさいだ。
世の中には、お互いに惚れて惚れぬいて、離れたくなくて結婚する夫婦がどれぐらいいるのだろう?もちろんそういう夫婦もたくさんいるだろう。
しかし、世の中の夫婦の中には、何らかの妥協をして結婚する夫婦も少なくないとおもう。
その点、俺は何に妥協しているのだろうか?確かに真帆さんも俺も、今の時点で恋愛感情はそれほどもっていない。しかし、今こうして真帆さんと交わいながら、俺には海翔と美琴ちゃんを含めた4人が、幸せな未来を歩んでいる姿しか想像できなかった。
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