第35話 上等よ! やってやるわ!

「だ、そうだ、ナイル艦長。悪いが俺達は単独で行動する。そうすれば被害があっても、最低1部隊のみで済む。俺達が失敗したら、そのときは核でも打ち込んでくれ」

『――まったく、血気盛んな馬鹿者共が』


 苦渋を込めた男の返事があった。

 しかし俺の耳には、どこか笑っているようにも聞こえた。


『調整する時間はない。我々にできることは援護射撃くらいだ。一斉射撃と同時に現場を離脱し、核ミサイルを誘導させる。それでいいな?』


 原作と同じ提案だった。

 俺は、俺達は、シンヨウ主人公がいなくても、正しいと思える道筋に導くことができているんだ。


「ナイル艦長。ご配慮、痛み入ります」

『生きて帰れよ、ワグナー、オフェリウス』


 そうして通信は切れた。

 俺は短く息を吐き、継続中の回線に向かって声を張り上げる。

 ネフィリム落下まで、残り10分。


「そういうことだ貴様達! いまからシェヘラザードのみで単独作戦を決行する! すまんが命を預けてくれ!」


 そうして俺は、通信越しに聞いているシェヘラザードの面々に作戦を通達する。

 どよめきが端末越しに聞こえてきた。

 その中で、アサミの笑い声が高らかに響いた。


『ははは! いいわねその無茶苦茶なやり方! ほんと、あんた変わったわね』

「不服か?」

『上等よ! やってやるわ! スタンバイするから合図よこしなさい!』


 俺は笑って頷き「後は頼む」とマリアに引き継ぐ。

 彼女は頷き、副艦長と詳細を話しあったあとに通信を切った。

 そうしてマリアがVNに近寄ってくる。

 砂嵐のような風が吹きすさんでいて、綺麗なホワイトブロンドの髪が砂まみれだった。

 まるでネフィリム落下に気づいた大地が荒れているようだ。


『……申し訳ありません、デュラン様。勝手に話を決定づけてしまって』

「まったくだ。あれで後に退けなくなった」

『ででででですよね!? 本当に申し訳ございませんなんとお詫びしたらよいか……!』


 マリアが土下座し始めたので俺は慌てて付け足す。「冗談に決まってるだろ!」


「マジにならないでくれ……君が言ってくれて助かった。おかげで間違えずに済んだ」


 立ち上がったマリアは尚も不安そうだが、少しはホッとした様子だった。

 まったく、本当に俺の言ったことは真正面から受け止める。放っておけない女だ。


「さて、セッティングするぞ、イリエス准尉」


 俺は頭上を見上げる。

 まだ視認できないが、そのうち凄まじい姿が顕現するだろう。

 ナイルとの会話中に思いついたこの策は、原作通りではない。

 通じるか分からない。

 だが、マリアの言うとおりだ。俺達は変わらなければいけない。

 主人公がいなくてもやっていけると、証明しなければいけない。

 第15話で原作にない方法でネフィリムを倒そうとしているのだから、その前哨戦と考えればいい。


「了解しました。イリエス准尉、レイン・キグバスに搭乗します」


 俺は頷き、レイン・キグバスの拘束を解除する。

 そして起動した青いVNの機体から、ジェットパックを剥ぎ取った。


 ***


 原作のメテオ型の倒し方は、落下中にコアを破壊するというものだった。

 地表衝突までのわずか1分という間にレイン・キグバスとサンナイト・ミッドの二機でメテオ型に取り付いて共振を仕掛け、マギ・ログリスがジェット加速によって最大威力に高めた一撃を叩き込み、コアを貫いた。

 残念ながらこの状況で同じ事はできない。

 だが飛び移れなくても、

 シンヨウが上から貫いたのであれば、俺は下から貫くまでだ。

 そのためにレイン・キグバスの装備していたジェットパックをヴェス・パーに装備させ、リミッターを外した。

 最大推進力による上昇でメテオ型に肉薄する算段だ。

 しかしジェットパックだけでは8メートルの巨人をロケットのように打ち上げることはできない。

 そこでレイン・キグバスの出番になる。

 いま俺が乗るヴェス・パーの両腕は、イリエスのレイン・キグバスの両腕が掴んでいる状態だ。


『人工筋肉を脚部に80%、腕部に20%で固定。いつでもいけます』


 イリエスから通信が入る。

 俺は軽く深呼吸して告げた。


「いいぞ、やってくれ」

『了解。回転開始』


 レイン・キグバスがヴェス・パーの腕を引っ張り、砲丸投げをするように回転を始める。

 凄まじい回転力でコクピット内も物凄い圧力がかかっていたが、俺は奥歯を噛みしめて耐えた。


『放出します』


 イリエスの微かな声の後、ヴェス・パーは空高くへ放り投げられた。

 同時にジェットパックの噴射を全開にする。

 モニターが空を映し出す。そこに小さな異物が垣間見えた。

 羽の生えた黒い塊が、炎をまといながら落ちてきている。

 メテオ型のネフィリムだ。

 ついに成層圏を突破し、巨大隕石のごとく落下してきている。

 大気圏に突入することで空気の圧縮加熱と摩擦から、火球のように燃え始める。

 だが奴らは燃え尽きることはない。ほぼ原型を保って落ちてくるだろう。

 300メートル級の物体が宇宙から飛来したとき、摩擦熱や空気抵抗、そしてネフィリムの形状にもよるが、およそ2分で地表に激突する。

 俺達に託された時間はほとんど1分かそこらだ。


(まだだ、もう少し……!)


 凄まじい加速によりヴェス・パーはぐんぐんと空を登る。

 ネフィリムもまた落下してきているのでその距離は一気に縮まるが、その数秒間が永劫のように長い。

 と、そのときだった。どんどん巨大になりその姿を表したネフィリムの前に、度重なる閃光が迸った。遅れて重低音が響く。

 セミラミスからの援護射撃だ。

 TNT爆薬を搭載した空対空ミサイルがメテオ型に次々と着弾し黒煙が上がる。

 衝突時に炸裂するように設計されているので、吸収される前に破壊エネルギーを浴びせることができる。

 従来、ネフィリム落下時は対象が小さく音速を超えているので爆撃を当てることは至難の業になるが、今回は図体がでかいおかげでほとんどの攻撃が当たっていた。

 だが――黒煙が晴れたとき、メテオ型の形状にほとんど変化はなかった。

 破壊された箇所はあってもすぐに復元して、ダメージが与えられていない。

 俺はすぐに気づく。原作でもやつはミサイルを

 ぬか喜びに終わった。

 だが、援護射撃のおかげで接近する時間は稼げた。

 ナイル艦長のおかげだ。


(いっけえぇ……!)


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