第34話 デュラン様は決して、浅慮なお方ではありません
メテオ型に飛び移るという作戦を決行する前のやり取りだ。
3部隊の総指揮を務めたナイル艦長は、落下してくるメテオ型を地表で倒すことを諦め、落下直後に核ミサイルを打ち込んでメテオ型を駆逐する作戦を立案した。
だが俺が指摘したように、人類が所有する核は2つしかない。
ここで1発でも使えば、人類が持つ強力な切り札はもうほとんど使えなくなる。
なにせ核爆弾というのは、精密で複雑な製造技術を要する。
人類が移動都市に移ったことで、前世のような工業形態は維持できなくなった。
結果、核爆弾の新規製造は不可能になっていた。
だからこそマリアは、自分達だけでネフィリムを破壊するとナイルを説得し、シェヘラザードだけの単独作戦に踏み切った。
そして彼女の意を汲んだシンヨウ、アサミ、イリエスの三人だけでメテオ型に空中戦を挑み、勝利したのだ。
まさに原作通りの流れだ。本来ならここでマリアが突っぱねる流れになる。
しかし、原作とは状況が違う。
シンヨウがいない。肝心のVN2機も地上に降りている。
アサミだけではさすがに空中戦を勝つことができない。
『それは、核を保有するジュライ都市防衛軍の意向か?』
と、ナイル艦長が腹に来る低音で聞いてくる。
「シェヘラザードに属する一将校としての意見です。ジュライの連中が核を出し惜しみしたがってるなんて事情は、どうだっていい。将来の戦線を考慮しても、ここで切り札を使うべきじゃない」
だが、俺の中には確かな迷いがあった。
ここでメテオ型を倒せなければ将来もクソもない。
せっかく第15話をクリアしようというのに、このままだと俺達は全滅だ。
出し惜しみしている場合だろうか。
『ふむ』ナイルが相槌を打った。
『あの
「では……!」
『長としての話なら別だ。貴重な人員と機体を失うことは避けなければならん。無謀な挑戦を断行して、みすみす3つの部隊を失えばそれこそ人類にとっての損失だ』
ぐうの音も出ないほどの正論だった。
『我々の命だけで済まない。移動都市の数百万の命も危険に晒すのだ。何を天秤にかけるべきか冷静に判断せよ、ワグナー』
俺はモニターに映るタイムリミットを確認する。無情な速度で進んでいる。
それが0になったとき、ネフィリムが地上に激突する。
残すところ、20分。
決断しなければいけない。
『お言葉ですが、閣下。デュラン様は決して、浅慮なお方ではありません』
凛とした声が、俺の迷いを吹き飛ばすように響いた。
『我らがチームリーダーは今後の人類の戦局と戦略を鑑みて発言しています。決して核兵器を出し惜しみしているのではなく、今は有効な戦術があるということでしょう。適所適材であるべきという考えは私も同じです』
『オフェリウス、いま様づけで呼んでいたか?」
『すみません間違えました気にしないでください』
マリアが早口で捲し立てる。その横顔は冷や汗だらだらだった。
見ている俺もハラハラしてくる。
名前呼びで切り替えるの、失敗だったかなぁ。
『そ、そもそも核は移動都市防衛のために使う条約であり、ネフィリム討伐に使用することは条約違反です』
『許可なら取ってある。ここでネフィリムを討伐できなければ移動都市が危険に晒されるからな。連中も使い所は分かっているのだろう』
『いいえ、やはり分かっていません』
ちらりと、マリアが俺に流し目を送った。
全幅の信頼を置いた、熱い眼差しだった。
あなたを信じている――そう言われている気がした。
ネフィリム落下まで、あと18分。
『ここ最近のネフィリムの形態は、過去30年に見られなかったくらい異変が生じています。おそらく今回限りではありません。進化なのか変容なのかは定かではありませんが、我々は、今後も不測の事態に直面するでしょう。だというのに、対応策がまだ存在するこの場面で切り札を投入するのは、それこそ短絡的ではありませんか。変わらなければいけないのです、ロー・アイアスは、我々は』
鳥肌が立った。
それは第13話、マリアがナイルに啖呵を切った台詞そのものだ。
そう、
『……言ってくれるな、オフェリウス。その口ぶりでは、貴校らに策があるということか?』
『それは――』
「ある」
俺の声に、マリアが弾かれたように振り向いた。
あのイリエスすら、軽く驚いて俺を見ている。
「艦長の言うとおりだ。俺達は強くならないといけない。少し姿形が変わったからといって逃げ回っていたら、もっとどうしようもない奴が来たときに何の抵抗もできなくなる。臨機応変、それを実践するためにVNが、
俺は原作でシンヨウが発した啖呵を引用してみせた。
「そうだろう? アサミ」通信機越しに聞いているであろう、シェヘラザードの中のパイロットに向かって語りかける。
「申し訳ないが、作戦に関わることだったのでシェヘラザードの回線は維持させてもらった。これはブリッジだけでなく待機中のパイロットも聞いているはずだ」
『貴方って人は……』
マリアの呟きが聞こえる。
呆れているのか驚いているのか感動しているのか、それとも全部なのだろうか。
「どうなんだ。アサミ・ヨースター准尉。やれるか?」
『――はっ。ったりまえじゃん』
アサミの声がした。
あの夜の泣き声ではない。
いつもの彼女の、ふてぶてしく自信に満ちた声だ。
『あいつがいなくたってあたし達はやれるわよ。第6も第10もいらない。勝手にいなくなったあいつの分まで、あたしの活躍で埋め尽くしてやるわ』
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