第33話 言っただろう。俺は有能な人間を利用したいんだ。
『少佐。私はどのような処分を下されるのでしょうか』
「処分? なぜそう考えるんだ」
『身分詐称です。ロー・アイアスに登録されている私の情報は全て虚偽です。また、情報共有していなかったとはいえマードック医師はバビロンの人間で、私も同じ組織に所属しています。彼の行動は軍規定違反および反逆罪に問われるもので、私も内通者として嫌疑がかけられると考えます』
確かに、普通に考えればその罪状が出てくるか。
しかし、俺は肩を竦めた。
「今はなにもしない。ネフィリム対策が優先だ。このまま部隊に合流するぞ」
『よろしいのですか』
「言っただろう。俺は有能な人間を利用したいんだ。シンヨウみたいにな。使えるものは使うまでよ」
別にイリエスはシェヘラザードを裏切ったわけでも、逃亡したわけでもない。
なら問題は随分と小さくなる。
イリエスの正体はいくらでも隠せるだろう。
マリアは、俺を見ながらくすくすと笑っていた。
何となく恥ずかしくなったので咳払いする。
「ということだ、イリエス准尉。今回の作戦にも引き続きの参戦を命じる」
『……了解しました』
納得したのかしていないのか、イリエスは小さな顎をコクリと引く。
今はこれでいい。このあとバビロンと戦うときにイリエスをどうするかの問題があるが、ひとまず置いておこう。
「よし。急いでシェヘラザードに戻ろう。この男の身柄は独房にでもぶち込んでおいて、後で尋問する。うかうかしているとネフィリムが――」
『少佐、お取り込みのところ失礼します』
シェヘラザードから通信が入る。副艦長からだった。
『ネフィリムの全体像を監視衛星が撮影しました』
映し出された映像に、ざわりと鳥肌が立つ。
それはまるで、羽を広げた爆弾のようだった。
両翼を広げた塊が宇宙空間を突き進んでいる。その塊には大きな一つの目がついていた。
今までのネフィリムとまるで違うのは、一目で分かった。
『ネフィリム……! なんて大きさなの……!』
マリアが愕然と呟く。彼女もまた、通信端末に映し出された映像を見ていた。
原作を見ていたからある程度は覚悟していたが、実感してみると予想以上だ。
しかしそれよりも、時間を浪費しすぎた事実に焦った。
監視衛星が撮影できるくらいだから、もうすぐ敵個体が成層圏に到達してしまう。
成層圏に達っした場合、単純計算で2分程度で地上に激突する。
(まずいぞ……! いまからシェヘラザードに拾ってもらう時間はない)
原作のことを思い出す。
第13話はこの空から降ってくる巨大ネフィリム――通称メテオ型に対して、空中戦で仕留めることになった。
地表に落下すれば周囲は凄まじい被害が出る上、ネフィリムも地中深くに潜る。
VNが手出しできなくなるため、地中成分の吸収を許すことになってしまう。
そうなると、再び現れたときにはVNでは仕留めきれない巨大さになっているだろう。
そこで原作のマリアは、空中でメテオ型を仕留める作戦を立てた。
シンヨウはそれを承諾し、シェヘラザードの上からメテオ型に飛び移るという大立ち回りをすることになる。
俺もそのやり方を踏襲するつもりだった。
しかし今は地上だ。ここから空の上に戻ろうにも、フライトパックでは機体を上昇させるための推進力が足りない。
(どうする……もうすぐ連絡が来るはずだが)
予想した途端、マリアの端末に着信音が鳴った。
マリアが応答し、俺が乗るヴェス・パーにも通信が同期された。
『第6独立遊撃部隊セミラミス艦長、ナイル・テセウスだ』
渋い男の声だった。
原作の記憶が蘇る。ナイル艦長は口ひげを生やしたナイスミドルの男だ。
マリアは本人もいないのに直立不動で敬礼する。
『閣下。わざわざ通信いただき恐れ入ります』
『御託はいい。オフェリウス、艦にいないと聞いている。どういうことだ』
『申し訳ございません。航行に支障の出かねない重大インシデントの発生により、一時離艦しておりました。現在は解決しております。速やかに帰還し、閣下の陣営に合流いたします』
『そうか、ならば丁度いい。布陣には合流するな』
『……それは、どういう?』
『貴校らは戦線を離脱しろ。シェヘラザードと合流できるよう調整しておけ。我が部隊も第10独立遊撃隊も、一時現場を離脱する』
困惑による沈黙の間、砂埃が俺達の間を駆け抜けていった。
『理解が、できないのですが』
『そのままの意味だ」
『ネフィリムの墜落を見過ごすというのですか』
『そう言っている』
マリアは息を呑んだ。
『閣下! いけません! ここは砂漠地帯で影響を受ける生命が居ないとはいえ、砂漠の大地はあまりにも脆い。地中深くまで埋没すれば我々には手出しできません!』
『その前に駆逐すればよかろう』
言っていることが矛盾しているようで、マリアが訝しむ。
だが聡明な彼女はすぐに、ナイルが何をしようとしているのか察した表情になった。
「核を使う気ですか」
俺は二人の会話に割り込んだ。
同時に、副館長との通信は維持しておく。
これからの判断のために、聞いてもらう必要があった。
『聞かん声だな? 副艦長でもない。誰だ』
「ご無礼をお許しください、閣下。デュラン・ワグナーと申します。シェヘラザード部隊のチームリーダーを拝命しています」
『ほう、アルビレオのところの息子か。そういえばその隊に出向中だったな』
その名は俺の父親、つまりジュライ首長の名前だ。
父とナイル艦長の関係は知らないが、呼び捨てにしているところを聞くに、割と付き合いがある仲なのか。
『ワグナー少佐。現場の人間が入ってくる場ではありませんよ』マリアが窘めてくる。
とはいえ、彼女の顔には“割って入ってくれて助かった”と書いてあった。
『構わん。彼も関係者だ。特にジュライ防衛軍所属であれば、聞き捨てならん話だろう』
「やはりそこが前提ですか。ならば具申させていただく。核の使用は控えるべきです。爆心地はVNが近付くことができなくなり、万が一にもネフィリムが生き残った場合に対処できない。何より、核はもう残り2発しかない。ここで使うべきではありません」
このやり取りは原作通りだった。
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