第31話 イリエス。戻るんだ
「貴様ぁ!」
伸びたヴェス・パーの腕は、しかしレイン・キグバスが転がるようにして回避した。
接近に気づかれていたか。
だが、反応速度が圧倒的に遅い。
俺は攻撃発動と同時にフライトパックを切り離していた。
腕を引き戻しながらヴェス・パーを砂漠の大地に着地させる。
そして脚部に人工筋肉を集め、一気にレイン・キグバスまで肉薄する。
青いVNは尻餅を突きながらも、さっき使ってみせたニードルガンの射出口を俺の方に向けた。
発射される弾丸を、俺は人工筋肉を凝集させ斧状にした手刀によって払いのける。
障害物排除やネフィリム以外の敵用の標準兵装など、白兵戦に特化したVNに効くわけがない。
俺たちVNパイロットが脳波によって制御した筋肉の武器は、さしもの巨人が振るう名刀になる。
レイン・キグバスはおたおたと砂漠を這いずったが、俺はVNの足を踏みつけて動きを止め、更に軟体動物のように緩めた腕で胴体を縛る。
その上で、斧状の手刀を背部ユニット――コクピットに突き付ける。
「終わりだ、マードック。投降しろ」
呼びかけても反応はない。籠城されると貴重な時間も減ってしまう。
強制的にコクピットをぶち破るか?
『私が外からコクピットを解放します。お待ちくださいデュラン様』
すぐにヴェス・パーの視点を動かす。
砂漠の上を歩くマリアとイリエスの姿があった。
後方ではVTOLが砂漠に着陸していたが、黒煙は止まっている。
「無事だったかマリア……!」
『ご心配をおかけして申し訳ありません。少し無茶をしましたが、イリエス准尉共々損傷はありません』
「まったく……肝を冷やしたよ」
俺が安堵の溜息を吐くと、ヴェス・パーの近くまで来たマリアが懐から銃を取り出す。
それから俺の方をギロリと睨んできた。
『ですが少佐も少佐です。あともう少しで作戦開始なのに地上に降りてきてどうするのですか! 空母に合流するにしても時間がかかりすぎます!』
「待て待て待て! 自分のことを棚に上げるな! 俺が来なかったら君たちは撃墜されていただろうが!」
『いざとなれば特攻してでも奪い取るつもりでした』
「ばっ……!」
カーッと頭に血が上った。
「ふざけるな!」
ビクリとマリアが肩を振るわす。
後ろにいるイリエスも珍しく驚いていた。
「いいか、そういうことは二度と考えるな。自分を犠牲にしてでもなんて、絶対にやめろ」
『で、ですが』
「わかったな?」
有無を言わさずに命令する。
マリアは銃のセーフティを解除しながら、渋々という感じで頷く。
「……とりあえず、ここで俺が下りて拘束を解くわけにはいかない。マリア、君がレイン・キグバスのコクピットを開けて奴を引きずり下ろしてくれ」
『了解しました』
いつもの声音だが、少し怖がらせてしまっただろうか。
それでも安易に自分を犠牲にする手段なんて考えて欲しくない。
マリアは、俯せに倒れているレイン・キグバスの胴体を伝って背部ユニットに上がる。
銃口を向けながら緊急脱出用の外部パネルを操作し、ハッチを強制的に開けた。
発砲音。
ハッチが開いたと同時に、銃を撃ちながらマードックが飛び出してくる。
「マリア!」
咄嗟に叫んだが、彼女は回避行動を取って無事だった。
しかし背部ユニットから落ちてしまって、マードックと距離が開く。
「イリエス! 援護だ!」
俺の指示に従ってイリエスが太股に備え付けていた短銃を取り出し、VNから飛び降りてきたマードックに向ける。
しかしマードックもイリエスに銃口を向け、二人は銃を向け合った状態で硬直した。
『銃を下ろしなさい、マードック』
近付いてきたマリアがマードックに銃口を向ける。二対一だ。
どちらかを撃ってもどちらかが男を撃つ。
追いつめた。
だが、男は降参するどころか、不気味な笑みを浮かべた。
「ここにイリエスを連れてきたのが間違いでしたね」
ニヤリと唇の端を吊り上げる。
途端、俺の前世の記憶が揺り動かされた。
「まずい……! イリエス!」
『イリエス准尉。最上位命令です。私を連れて帰還するよう、お父様からの指示です。ここにいる二人を排除し、レイン・キグバスを起動させなさい』
『お父様が……?』
イリエスの不審げな声が届いた。
お父様というのはバビロンの親玉のことだ。
そいつは自分のことを部下やイリエスに、お父様と呼ばせている。
『そうです、貴方の任務に変更が出ました』
イリエスは黙り込んだ。
マリアが眉をひそめる。『なにを……?』
分からないのも無理はない。
イリエス、いやイリエスシリーズは、バビロンが作った人造人間だ。
堕天システムを発動させるための生贄であり、バビロンが宇宙脱出した後も忠実な私兵になるよう育てられている。
ほとんど洗脳状態にあって、イリエスはお父様からの最上位命令を何を置いても遂行するように仕込まれている。
原作でも、それでシンヨウがバビロンに捕まっている。
つまり、このままだとイリエスは俺達を裏切る。
原作を見ていた俺なら気付けたのに、あまりにも予定外過ぎて頭からすっぽ抜けていた。俺の失態だ。
「……イリエス」
洗脳をどうにかできるとは思えない。
だが、一縷の望みを託して、俺は彼女に語りかけた。
「命令だ。シェヘラザードに戻れ」
『ははっ! 無駄ですよ少佐ぁ! あなたは知らないでしょうが、いや、知ってるのかな? まぁどっちでもいいんですがね、彼女の創造主がかけた制約は絶対遵守なんですよ。あなたの命令なんて届きません』
「イリエス。戻るんだ」
俺はマードックの挑発を無視して語りかける。
銃を構えたままのイリエスは反応しない。
もはや言葉も届いていないのだろうか。
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